愛なんか、知らない。 最終章⑰私たちの、居場所
お正月、大輔さんのご両親に挨拶に行くことになった。
前の晩は緊張のせいであまり眠れなかったよう……。
ガチガチに緊張して、「こここんにち、あ、いや、あけましておめでとう、ござ、ござ」ってどもりまくったら、大輔さんは爆笑していた。
「大丈夫、大丈夫。うちの親相手にそんなに気を使わなくていいから」
「大輔、失礼なことを言わないの」
「こんにちは。大輔から、あなたの話はよく聞いてますよ」
優しそうなお父さんとお母さんだ。お母さん、つまり鈴ちゃんのおばあちゃんには、こども食堂で何回か会ったことがあるけど。
「鈴も、葵さんのことを大好きみたいで、教室から帰って来たら、ずっと葵さんの話ばっかしてるんですよ」
お母さんは優しく微笑む。
「先生、あけましておめでとうございます」
晴れ着姿の鈴ちゃん。うっ、か、かわいいっ。
「あけましておめでとうございます。鈴ちゃん、着物、似合ってるね」
「でしょ? おばあちゃんが買ってくれたの」
「そうなんだあ。よかったね」
鈴ちゃんに引っ張られるように家に入る。
ベージュ色の外壁の、こじんまりとした一軒家。一目見て、手入れが行き届いてるって分かる小さな庭もある。大輔さんは、ここで子供のころからずっと育ったって聞いた。
大輔さんのお母さんが作ったお雑煮を一緒に食べて、おせち料理も食べた。
「私が作ったのは、なますだけ。昔は大みそかから全部作ってたこともあったけど、年をとると長時間台所に立つのがつらくなっちゃって。それに、おせち料理って、よくよく考えてみると、あんまりおいしくないわよねえ」
「まあね。鈴も栗きんとんと煮豆と伊達巻しか食べないし」
「だから、今はデパートで買うことにして。葵さんの家では、おせち料理はどんなのを食べてたの?」
「あ、うち、うちはおばあちゃんが作ってくれて、それを食べてました。こんな風に豪華なのじゃなかったけれど」
「あら、おばあさんのおせち料理なんて、最高じゃない。やっぱり、年配の方はそういうのを作るのが上手だから」
「鈴、栗きんとん、もっと食べる~」
「ハイハイ。ちょっと待ってね」
大輔さんとお父さんは、お屠蘇を飲んで、顔が既に赤い。
5人でこたつを囲んでワイワイと食べる。もしかしたら、こんなお正月、初めてかもしれないな。子供のころはどうだったっけ? おばあちゃん家でお正月を迎えても、お父さんとお母さんがそろって、みんなでおせち料理を食べたことはなかった気がする。
おせち料理を食べ終わったころ、「カルタをやりたい!」と鈴ちゃんが言い出した。
「カルタ、どこだっけ」
「確か、どこか引き出しに入れてたんじゃなかったっけ」
大輔さんは鈴ちゃんを連れて、カルタを探しに行ってしまった。
ご両親と私だけ。こういう時間、気まずい。えと、えと、何か話題。
「葵さん、あの子をよろしくお願いします」
急にお母さんがかしこまって、頭を下げた。
「え、いえ、そんな、こちらこそ」
私も慌てて頭を下げる。
「ホントに、大輔は人が良すぎて……鈴も、あの子が面倒を見る筋合いなんてないのに」
「おい、余計なことを」
お父さんが止めても、お母さんは「だってねえ。血がつながってない子を育てるなんて、あの子、わざわざ大変な道を選んじゃって。ホントに」と、目に浮かんだ涙を指で拭う。
えと。どういうことだろう。血がつながってない?
私が固まってるのを見て、お父さんは私が何も知らないと気づいたようだ。
「その様子だと、何も聞いてないんですね。これはうちらから聞いたことは伏せておいてほしいんだけど、実は、鈴は大輔とは血がつながってないんですよ。前の奥さんと、不倫相手との子供で。だから、育てる義務はない、あっちに任せればいいんだって、うちらは止めたんだけど、あいつは、そういうわけにはいかない、鈴とはもう何年も一緒に暮らしてるから、オレの子供なんだって。あっちに任せたら虐待されるかもしれないって、引き取るって決めて。もちろん、うちらも今では鈴は自分たちの孫だって思ってます。だけどね、そんな風に貧乏くじって言っちゃ悪いんだけど、わざわざ苦労する人生を選ぶのが、不器用なあいつらしくて。だから、葵さんにはあいつを支えてほしいんです」
「葵さんには鈴ちゃんもなついてるみたいだし、きっと、三人でうまくやっていけるんじゃないかって思って」
そこに、鈴ちゃんが「カルタ見つけた~」と戻って来た。
「そう、じゃ、ここを片付けて、みんなでカルタしましょうか」
「オレが札を読む係になるよ」
穏やかな笑顔の大輔さん。
この人は。
すごい人なんだ、ホントに。
私は今、震えてる。大輔さんの、愛情の深さに。
お母さんはあの時、私に言った。血がつながってる娘でさえ愛せないのに、血がつながってない子供を愛せるのかって。
ここに、それをできている人が、いる。
お手洗いに行くフリをして、私は洗面所でこっそり、少しだけ泣いた。
神様。大輔さんに出会わせてくれて、ありがとう。
よかったね。大輔さんに出会えてよかったね。そう鏡に写る泣き顔の私に語りかけた。
夕方、駅までの道を大輔さんは送ってくれた。
「いいご両親だね」
「そうだね。鈴のこともよく面倒見てくれるし。いろいろ心配かけっぱなしだけど、受け入れてくれてるって言うか……オレの頑固さに諦めてるのかもしれないけど」
ハハ、と自虐的に笑う。
私は足を止める。
大輔さんが振り向いたタイミングで。
「私、ホントに大輔さんと家族になってもいいのかな」
大輔さんは目を丸くする。
「え、どういう意味?」
「その、私、2年間ミニチュアを作れなかったのは、その」
あのことを言わないといけない気がして。
「うん、それは、知ってる」
「え」
大輔さんは、フッと顔をゆるめた。
「こども食堂で葵さんが小説のカバーのミニチュアを作ったって聞いて、ネットで調べたら、いろいろ出て来て……作品を盗まれたって。その人と葵さんは、ワークショップを一緒にやっていたって。たぶん、その人とつきあってたんじゃないかなって気はしてて」
そうなんだ。圭さんとのこと、知ってたんだ。
え。それなのに、
「それなのに、私と?」
「うん。だって、葵さんは何も悪くないだろうし、葵さんがいろんなつらい思いをしながら、何とか乗り越えようとしてるのは、見てて分かったから。オレは、そんな葵さんを見て、好きだなって思ったから」
涙で、大輔さんの顔がにじむ。夕焼けで紅く染まっていて。
「よかった~。うちの親に会って、やっぱり一緒になれないって思ったのかと思った」
心底、安心したような顔の大輔さんを見て、私は「そんなこと、ないよ」と泣き笑いになる。
「私、大輔さんと鈴ちゃんと、家族になりたい。ずっと一緒に暮らしたい」
大輔さんはとびきりの笑顔になる。
「うん。そうだね。家族になろう。一緒になろう」
差し出した手に、私の手を置く。包み込む、温かな手。ずっとついて行こう、この人に。
血のつながってない3人が、家族になる。
それでも、きっと、私たちは寄り添って、支えあって、一緒に生きていけるだろう。
そんな愛の形も、あると思うんだ。
夕焼けに染まる道路に、二人の影が伸びる。
その影が重なり合って、1つになる。
この先、絶対に、離れないように。
何があっても、離されないように。
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