令和の弥次喜多道中 その4「鉄の鳥」
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「ねえ、弥次さん。今から鉄の鳥を見に行かない。羽田という所にあるんだ」
かつて品川宿があった場所で、際だって何もないことにガッカリしていた喜多達也は、弥次郎に羽田空港に行くことを勧めて見た。
「鉄の鳥? 喜多さんよそんなのがあるんですかい」
「うん、飛行機というこれも鉄の籠だけど、鳥の様に大空を飛ぶんだ」
「へえおもしれえや。そこに行こう。だけどよ」
と弥次郎が途中から声のトーンが急降下。
「え?」
「いや、おめぇさんと出会ってから、何も食ってねえなあと思って」
といいながら、明らかに空腹を意味する音が弥次郎のおなかのあたりから聞こえた。
「そうですね、もうお昼がすぎてましたね。じゃあ何か食べましょう」
そういいながら喜多も空腹であることを思いだす。
「と言ってもこのあたりに良さそうなレストランが見当たらないから、とりあえずコンビニに行こう」
そういって、スマホで近くのコンビニを見つけると、すぐにふたりは向かう。
「あ、弥次さんコンビニのことってわかります?」
「喜多さん大丈夫。さっきも言ったようにおいらは元締めから半年間教えてもらってんだ。
この時代に慣れるためにコンビニとかスーパーそれから、レストランとかカフェとか言う名の、この時代の食堂や茶屋に何度も行ってるから心配いらねえや」
コンビニに入いると、江戸時代から転送された弥次郎であったが、確かに何の違和感もなく、コンビニで食べたいモノの物色を始めた。
「モトジメさんが全部教えたのか」
それを見て安心した喜多もおにぎりやパン、ジュースなどを買い込む。
「取りあえず払っとくね」と支払いは喜多が行った。
コンビニのイートインコーナーで食事をするふたり。よほど腹が減っていたのか、その間は特に会話もなく、食べることに集中。20分程度でコンビニを後にした。
その後、喜多の言うとおりについていく弥次郎。ちょうど北品川からいくつもの屋形船が停泊する運河を見ながら歩く。
「弥次郎さんの時代にも確かこういう船があったんだよね」
「ああ確かに屋形船はおいらの頃にもあったけどよ。そうりゃお殿様やぼろ儲けしているアキンドたちが乗るものだよ。俺たち庶民の出る幕じゃねえ」
「そうか、まあ今でも屋形船にはそれなりの料金するからね」
と口を緩ませながら頷く喜多。
こうして運河の風景を見ながらふたりが到着したのは天王洲。
「弥次さん、今からこのモノレールという籠に乗るよ」
「喜多さん、さっきとはまた雰囲気が違う籠だなあ」
弥次郎は、目を見開きながら駅に入ってくるモノレールを見続けた。
そして乗り込んだふたりは、窓からの風景を見ながら過ごし、終着駅羽田空港で下車した。
「ここだ、鉄の鳥はこの空港という所で普段休憩しているんだ」
「クウコウね。だけど、どこにも鳥がいねえ。代わりに人ばかりいますが、こりゃどういうわけで」
弥次郎はそういいながら首を左右に振りながら、空港ターミナルを物珍しそうに眺めている。
「ああ、ちょっと待って! ここの建物広いから。今らか鳥が見れるところに案内するね」
というと喜多は羽田空港の案内図をさっそく確認。国際線の展望デッキを目指した。
展望デッキについたふたり、屋外に出ると飛行機のジェット音と思われるやや高い音が他の雑音より強調されている。
「あ、あれが鉄の鳥か。いろんな柄のがいるな。それにしてもずいぶん大きいなあ」
「僕たち人間が乗るからね。大きな籠みたいなものなんだ。柄の違いは会社、つまり店ごとに違うんだ」
「喜多さんよ、どうやらあの鳥広い道に向かってやすぜ」
と弥次郎は子供のような目をして滑走路に向かう一機を指さした。
「あ、あれ今から飛ぶよ。鉄の鳥はあの広い滑走路というところで助走をしないと空に飛べないんだ」
「カッソウロ?へえカッコウみてえだな。カッコーとか鳴くのかな」
といってひとりでツボに入ったのか笑う弥次郎。
「あ、ほら弥次さん、今飛ぶよ」
喜多が指差す方向を弥次郎が見る。ちょうど飛行機がジェットエンジンの大きな音を打ちならし、滑走路を前進。どんどん速度が上がる飛行機は軽快に体を斜めに引き上げると、そのまま一気に大空を舞い上がった。
「へえ、すげえな。稲妻のような鳴き声を出しやがる。こりゃ迫力が違うわ」
「こんどは、降りて来るのがいるよ」
再び喜多の方を見る弥次郎。今度は別の所から滑走路めがけて降りてくる飛行機の姿だ。
さっきとは逆だが、スムーズに着地すると一気に速度を落とす飛行機、あっという間に速度が遅くなるとジェット音もストップする。
「こりゃおもしれえや。鉄の鳥っておいらの知っている鳥と比べると図体は大きいだけじゃなくて、飛ぶときや着地するときがやたら大げさだぜ」
弥次郎は童心に返ってはしゃぎながら飛行機の発着を見続ける。
「あの鳥の中の籠に乗って、みんな遠くまで行くんだ。外国とか」
「あ、そうか、確かに元締もいってたなあ。あっしらの時代にゃ、海の外にある国に行くことが禁止されていたけど、今はこうやって簡単に異国に行けるって寸法だな」
「まあ、パスポートという通行手形が必要だけどね」
ここまで言い終えたところで喜多は、ふと転送される前。このときから1年後に当たる2020年春を思い出した。
ウイルス感染症拡大でそれまで国内並みに旅行で来ていた海外に容易に行けなくなったこと。
たとえあの感染症が収まっても、転送されたこの2019年のように気軽に海外に行けるのはいるになるのだろうか? と頭の中であれこれ考えた。
幸い弥次郎は、物珍しそうに飛び立つ飛行機や到着する機体を楽しそうに見続けていて、喜多が頭の中で考えごとをしているのに気付いていない。
しかし突然弥次郎が大声を発することで、現実に戻った。
「そうだ、喜多さんよ。おいらも歌が思い浮かんだぜ」
「え、弥次さんも歌を?」
「おう、今から披露するぜ」
そういうと軽く咳払いをする弥次郎。
”鉄の鳥、大空舞う音 稲妻の 音を残して異国に渡り”
「どうだい、おいらの狂歌はよ」
「へえ、弥次さんでも、なんかそれらしい歌になっているね」
「さあおいらも無事に挑戦が終わった。じゃあ今度は喜多さんの番だな」
「え?ああ。いや今は無理だから... ....。
... ...じゃあどこかで思いついたらね」
そういいながら、喜多は慌ててスマホを取り出して時刻を確認する。
スマホが指し示す時刻は午後5時を過ぎたところであった。
「どおりで夕暮れになろうとしているわけだ。さてそろそろ今日の宿を探さなくては」
引き続き楽しそうに、飛行機を見ている弥次郎の横で喜多はスマホアプリの地図とにらめっこした。
「さて、今日はどこで泊まろうかな。できれば近くで面白そうなところを探して。そうだここがいい。江戸時代の本物の弥次喜多と比べて令和の俺たちは思いっきりスローペースだけど、まあいいや楽しみながら京都を目指そう」
「弥次さん、今から宿に行こう!」
そういって喜多と弥次郎が乗ったのはモノレールではなく京急。
「さっきとは違う京急線だ」
「つまり京急屋の籠ってことだな」
そして到着したのは蒲田であった。駅から降りて蒲田の街を歩くふたり。
「ここは、蒲田という町。昔は映画の撮影所もあったそうだけど、あっ映画のことは弥次さんが知るわけ... ...」
一瞬慌てる喜多。しかし弥次郎は相変わらず左右にあるものを好奇心の塊で眺めつづけている。
「へえ、蒲田郷にきたってわけだ。確かおいらのいた時代で蒲田と言っちゃあ。梅の名所じゃねえのか。しかし、ここもやっぱり建物ばっかりになっちまって。いったい江戸の町はどれだけ広くなってんだ」
「弥次さん今日はこの蒲田で泊まろう。ここまだ東京だけど明日から本格的な旅ということで。ちなみに蒲田には黒い温泉もあるよ。僕、温泉好きだから楽しみだ」
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一方、温泉宿に籠って、小説を書こうとしているあゆみ。しかしパソコンから見ているのはなぜかネットショップ。
「やっぱり小説家なんだから、万年筆買おうかな。どれにしよう。最初は安物で試そうか。いや『安物買いの銭失い』になるか。それなりの物の方が良いかしら。これ一度買えば万年使えるんだし」
するとスマホにmotojimeからのLINEを着信した。
”万年筆なんかいらんやろ。パソコンで入力するのに。そんなことより執筆進んでおりまっか”
「な、なに! ここに盗聴器がついてるの。何でそんなのわかるわけ。」
”私は形から入る人なので。では万年筆に原稿用紙で書いたのをスマホで撮影してそちらに送りましょうか?”
とスマホで返信する。
”は? そりゃあきまへん。勘弁してくれ”
とすぐに返信が来た。あゆみは笑いをこらえる。
”品川の次やけど、それからふたりは羽田空港に行ったみたいやで。取りあえず今回はこれだけや。ほな小説できんの待ってんで”
とのメッセージの後に来たのが羽田空港の展望デッキにいるふたりの画像。
「え?羽田空港!新幹線やめて飛行機に乗る気かしら? 京都じゃなくて海外、いきなりシンガポール行きましたとか。それはそれですごいけど。でも彼らパスポート持ってるの? シンガポールってビザいるんだっけ。ていうか、それじゃあ私絶対まとめきれないわ!」
と、勝手に妄想を繰り返して頭を抱え始めるあゆみであった。
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