令和の弥次喜多道中 その2「出発」
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「あれ、眠っていたのか? しかし変な夢を見たなあ。締次さんが出てきて『モトジメ』とか言ってたけど、なんじゃありゃ」
喜多達也が目覚めると、ここは街中である。歩道の上にいるのか、目の前の道路には多くの車が往来していて、エンジン音や時折聞こえる警笛音。
喜多が後ろでもたれかかっている物を見ると橋の欄干である。あと全く意識していなかったが、愛用の鞄を肩にかけていた。
喜多が中身を確認すると、その中には「東海道中膝栗毛」の本だけが入っている。
橋の方向に目を向けると、高速道路の高架。よく見ると「日本橋」と書いてあるのが見える。
「しかし、なんでこんなところにいるんだ? 家にいたはずだけど... ....。少なくとも最近は外出自粛モードだから家から電車で1時間近くもかかるような、東京の中心部なんて来るはずがないのだが」
喜多は今置かれている状況がわからない。
とりあえず、今が何時ごろなのかも皆目見当がつかない。午前中なのか午後なのか、時刻を見るためにズボンのポケットに入っているスマホを見る。
「5月1日? あれ?? いつのまに日が過ぎている気がするな」
まだ4月の終わりごろだと思い込んでいた喜多は、念のため今度はスマホのカレンダーを確認した。
「2019年??」スマホのカレンダーが1年前にずれていることに気づいた喜多は、さらに頭の中が混乱する。喜多が周りを確認していると、さらにあるものが見える。「ええ???」
喜多はその見えた物がビルに貼りつけている横断幕で、「祝!令和元年」と書いてあるのを見たからだ。
「ま、まさか... ...」
喜多は夢と思っていた、「モトジメ」と呼ばれる影との会話を思い出しながら、背筋に生ぬるい水が下に流れ落ちたのがわかる。
すると、橋の対岸方向から喜多に向かってくる人がいた。
その人はこげ茶色の毛糸の帽子をかぶっており、なぜか作務衣姿である。
「あ、おめえさんだな。喜多さんっていうのは?」
作務衣姿の男は、喜多を見ると話しかけてきた。
喜多は見知らぬ男に話しかけられ、少し不安になりつつも答える。
「あ、はい。喜多と申します。ところであなたは?」
「あっしは、弥次郎ってもうしやす。よろしくおたの申します。上方なまりの元締って人から、おめえさんと旅をするように言われまして」
「た・旅ですか? ... ....そういえばモトジメという人が夢の中で言っていた、パートナーと旅ってこの人のこと... ....」
喜多は、弥次郎と名乗る、年齢からして50歳以上と思われる怪しげな親父をもう一度、上から下まで眺める。紺色の作務衣の下は靴下と靴を履いている。ところがそれを察知したのか? 弥次郎の表情が硬くなり、目を鋭く吊り上げて喜多を睨む。
「おい、おめぇ、さっきからなんだよ? 俺をジロジロ見やがって」
「あ、し・失礼しました。ところで、弥次郎さん。どうしてここに?」
「おう、おいらのことか。実は元締めから聞いた話じゃ、なにかこの世界から200年以上前の江戸に住んでいたっているじゃねえか。で、その日ちょっと夜が遅くなって夜道を歩いてたらよ、突然侍が目の前に来て刀でひと思いに切られた。つまり辻斬りに遭っちまった」
「斬られたんですか!」
「おう、見事にスパッとな。するってえと、目の前に川があったから、取りあえず逃げようってそこに飛び込んだわけだ。だけどその後全く覚えちゃいねえ」
「そしてタイムトリップ」
喜多は弥次郎に聞こえない程度の小声でつぶやいた。
「目が覚めると元締ってひとがいてよ。おいらを看病してくれて、切られた傷も残らなかった。そこは全く知らねえところで、見たことのねえ世界だった。ずいぶん未来の世界っていうから何が何やらわからねえや」
「... ...モトジメさんて... ...」
「そういや、江戸のことを今じゃトウキョウっていうそうだな。そういう話を半年くらいかけて元締に教えてもらったよ。
ジドウシャという鉄のカゴとか、バイクという鉄の馬とか、それも人の手ではなくて、キカイというもので動くとか。全くついて行けねえ話ばかりで頭が痛くなちまったよ。あと餌は油とか言ってたな」
喜多は弥次郎のたとえを聞きながら、何度も口に押し寄せる笑いを必死にこらえる。
「うっ、あ・ああ。じゃあ、ある程度この時代の事をわかるんですね」
「おう、元締めと毎日散歩したからよ、もう慣れちまった。例えばこの服装もよ、もともとの服はこの時代にゃあおかしいからって、これを着るように言われたんだ」
と、弥次郎は得意げに紺の作務衣を見せる。
「頭はどうなっているんですか、髷(まげ)ですか?」
「うーん、半分正解だな。月代(さかやき)っていう頭を剃るのが、この時代じゃおかしいって言われちまった。そのまま毛が頭の上に乗って最初は気持ちわりっちゃありゃしねぇ。でも後ろで髪を束ねてよ。お武家さんの浪人みたいになっちまった」
と、弥次郎は毛糸の帽子を外すと、髪を後ろに結んでいる。
「で、その髪形や服装に慣れました?」
軽く頷く弥次郎。再び帽子をかぶりなおした。
「そしたら今朝、突然おめえさんと旅に行って来いって言われてよ。それでここに来たってわけだ」
喜多は少しずつ弥次郎との会話に慣れてくる。そこで手に持っていたスマホを「じゃあ弥次郎さん。これも教えてもらいました?」と見せる。
「おい、弥次郎なんて呼ばなくていいよ。俺のことは弥次って略してくれよ。そうみんなから言われているんだからさあ」
「わかりました弥次さん!」
「おう、で、それも教えてもらったぜ。なに、指で動かすといろいろ出て来るんだよな。俺たちの時代は瓦版とか本の時代だったからなあ。良くわかんねえが便利が良いもんなんだな」
「弥次さん、本なら今でもあるんですよ」
今度は肩にかけていた鞄の中に入っていた「東海道重膝栗毛」の本を弥次郎に見せた。
弥次郎はその本を見ながら「おう、これ一九の本じゃねえか。そうそう元締めがこの本のような旅をしろって言ってたなあ」
「ところで弥次さんて、この本に出てくる弥次さんなの?」
「いやちょっと違うな。ていうか、おいらも驚いたぜ。一九ってのは俺が知っている限り、何かを書いて売っていたがよ、全然売れねえ奴だったんだぜ。だからおいらがあいつの面倒を見てやってたんだが、それがいつの間にかあいつずいぶんすごい作品を出したんだってな。元締からよその作品おしえてもらって驚いちまったよ」
「へえ、十返舎一九も売れない時代があったんだ」
「それにしてもよ、あいつおいらのこと知らぬ間によくここまで観察してたんだな。おいらが旅をしたら、こうなるだろうって考えて書いてやがった」
「じゃあ、あれは弥次さんは元になっているけど弥次さんではないと」
「そういうことだ」
「じゃあ、喜多さんという人は」
「そんな奴、おいら知らねえな。喜多って名前の奴は、おめぇさんがが初めてだ」
「そうか架空の話か」
喜多は口元をゆるませながら、弥次郎から本を受け取り鞄に閉まいこんだ。
「でもよ、元締がいうには、おめぇさんと一緒に上方にある京の都まで旅をするように言われんだ。おいら、何で知らねえ奴と旅をしなくてはとおもったけど、元締にゃ命助けてもらったし、半年の間この時代のこと丁寧に教えてもらったから断れなくなっちまってさ。悪いけど今からおいらに付き合ってもらえねえか?」
「あ、まあ僕も旅をしたいと思っていたら、同じようにモトジメさんにであって。僕は一年後の世界から来たんです」
「へえ、じゃあ、おんなじだな。じゃあ弥次喜多コンビって、一九の野郎以上の旅をしようぜ。よし京の都に向かって出発だあ」
「ええ、よろしくお願いします。ここは東海道の起点日本橋。そこから出発ですね」
「全然イメージ湧かねえな。あの日本橋が石で出来ていりゃあ。そうそうある程度は元締めから聞いたが、おいらはこの時代のことは詳しくねえから、喜多、細かい道順はおめぇさんにまかせるぜ」
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一方、ここはある温泉旅館の部屋。
「ああ、また温泉で長居しちゃった。もう暗くなっているわね。さて後はご飯食べて寝ますか」
と浴衣姿のあゆみが、髪を拭きながら部屋に戻ってスマホを見ると、motojimeの名前でLINEが飛んできた。
見ると男ふたりの画像が送られてきた。背景を見るとどうやら東京・日本橋の様だ。
”作務衣を着た方が弥次。もう一人が喜多いうわけや、でこのふたりが東京から京都まで旅をする。令和の弥次喜多道中いうことやな。それであんたがこれを元にストーリー考えて見たらどうや”
「はあ? 私に何を書かせる気かしら。な・なにそのヤジキタって」
あゆみはもっと違う男女が登場する恋愛小説を書きたかったが、男性ふたりで、それも江戸時代の再現のような旅小説を書く羽目になった。
"ちょっと、何これ?ほかにないのもっと恋愛の男女とかじゃないの”
あゆみの返信に、あっという間にmotojimeからのメッセージが来る。
”そんなもん。ありまへんな。なんやったら、そこはアンタが創作しはったらええんとちゃいまっか”
「そんなのできないこと知っていて!motojime!!」
”もう、わかった。それでいい!”
と不機嫌に返信するあゆみであった。
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