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DATEMAKIの国際フリーター

「お、伊達巻のCMなんか流れてる」
 赤だしに口をつけたフリーターの土山は、店内に流れていたテレビ画面を見て思わず声を出す。ここはある回転すしのお店。全国的な大型の店ではないが、ここでは寿司が回っていて、リーズナブルに寿司が食える。

「それがどうしたのさ」土山のフリーター仲間の吉野が返事をしたのは、鯛の握り寿司を食べ終えた直後。
「ああ、ちょっと懐かしくてね。僕が今までの人生で唯一の海外出張が伊達巻のイベント出店だったんだ」

「え、海外出張? 土山君そんなことしてたのですか」吉野は思わず身を見開いた。「吉野君、そうなんだ。えっと2・3年前だったかなあ。はっきり覚えてないや」
「今年が令和元年、ん? それではわからない。西暦で2019年だから2016年か17年ごろの話?」

「うん、多分そのあたりだと思う。ゴメン帰ったら多分わかるんだけど。実はちょうどネット見てたら、期間アルバイトを見つけたんだ。
 それ見てたらやけに『来るもの』があってさ。即応募。バンコクのジャパンエキスポタイランドというイベントのスタッフに応募したんだ」

「バンコクに応募? え、航空券とか出してくれたんですか!」
「まさか。ちょうど僕が長期の仕事の契約が終わった直後。貯金もたまったので念願の海外旅行をと、考えていたときに見つけたんだ」

「応募したら先方もビックリしていた。でも面接受けることになったんだ。   
  そこは小田原にある老舗のかまぼこ屋で社長と面接。この話は社長がバンコクの駐在員の友達から誘われて出ることになったんだって」
「かまぼこが海を渡るか」「そうなんだけど、このときは自慢の伊達巻を世界に売ってみたかったらしい。だから伊達巻がメイン」
「伊達巻かあ」ここで吉野はメニューを見る。
「やっぱりないな。銚子に行ったときに食べた伊達巻寿司」と小さくため息。
 
 その横で土山は話を続ける。
「『僕はデパ地下で蒲鉾屋のバイト経験があります』と熱く説明したら、『航空券と宿代出さないけど君本当に大丈夫』と言ってくる。僕、行く気満々だからすでにLCCの航空券チケット取ってた。その控え見せたらものすごく嬉しそうな顔してくれて、即採用となったんだ」
「スゲーな。やってみるもんだ」吉野は回ってきたうなぎの皿に手を伸ばす。
「本当は現地に住んでいる日本人向けの募集だったんだって。でも俺を選んでくれた。だから前半ここのバイトをして後半は旅行とうわけだ」

 土山は、目の前に回ってきたイクラの軍艦巻きの皿を取り上げると、当時の思い出話を語りだす。

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「あ、社長おはようございます。いやここではサワディクラップのほうが良いですね」
 土山はイベント開催の前日、準備のため会場のCentralWorldに来て社長と再会した。「いやあ土山君サワディクラップ。ちゃんと来てくれたね。それにしてもやっぱりバンコクは暑い。でもほんと大都会だ」
 面接のときと違い、なぜかアロハシャツを着ていた社長は、汗を拭きながら嬉しそう。
「私たちは昨日の便で来たけど君は?」
「えっと一昨日の深夜に出発しました。LCCなのでドンムアン空港なんですねどね」

「そうか。で宿は」「宿というより長期滞在型のアパートのようなところ、地下鉄のLat Phraoという駅の近くです」
「Lat Phraoって結構北のほうだよね」「ええ地下鉄と高架鉄道乗り継いだので渋滞とか気にせずに、ちゃんと時間通りに来れますよ」土山は初めてなのに事前調査で宿の情報などをつかんでいた。英会話がある程度できるのも幸い。これらの宿泊施設の現地人相手に難なく対応できる。

 こうして会場で土山は雑用係として、イベント期間中動き回った。段ボールに入った商品のストックの取り出しがメイン。そのほか販売の店頭に立ったり、急遽足りなくなったものを近くの店まで買いに走ったりをして、出店の縁の下の力持ちに徹した。

「え、いいんですか。本当に!」イベントが終わった直後に僕が社長に呼び出されて。
「珍しかったんだろうな。思ったより伊達巻が売れて完売だよ。君が頑張ってくれたからだと思う。だから市内の交通費は追加で出すよ。大した額じゃないけど気持ちだな」

 こうして無事にイベントが終わり、その日の夜は『打ち上げ』と称して社長やスタッフたちと現地の日本料理店で宴会を行った。

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「というわけだ」
「え、すごいな。でも土山君ありがとう。僕、決心できた」

「決心て、吉野君どうしたの?」土山はイクラの軍艦巻きを素手でつかんで口に入れた。
「あれ言わなかった? ○○寿司のバイト辞めたの。辞めたからここにこれたんだ。あそこはファミリーに迎合していたから寿司以外のメニューも多かったけど。ここは本格的。個人的にはこっちのほうが好きだな」

「そういうことか、でそれで」
「あの大村君て知ってる」「そいつの名前は...... でも会ったことないな」

「大村君2年前にマレーシアに渡航して現地の寿司料理店に就職したんだ」「うぉ、それ僕よりもはるかに上じゃん。就職ということは正社員か」

 吉野は頷く。
「それで待遇がいいからって、この前俺を誘ってきたんだ。海外なんて言ったことないから不安だったけど、今の土山君の話聞いて自信になった。だから行ってくるわ」

「え! マジで」土山は次の言葉が出ない。ふたりの前は静かな時間が流れる。ただ周辺の客の会話をBGMにときおりモーター音を響かせながら寿司はいつもどおり回っているのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 489/1000

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