カミナリ様が雨戸をたたいた日
お盆前からずっと梅雨前線のような天気図。こちらはただただ降るだけだからまだいいけれども、被災された地域の方々を思うとつらいです。
ところで、雨と風の音を聞くと思い出す出来事があります。あれは私が小学生になったばかりの頃かな。暴風雨の夜、家に閉じ込められた妹と私が、いつものようにきょうだいげんかで物を壊すか何かやらかしたのでしょう。
たまりかねた母が
「悪いことばかりしていたら、カミナリ様が迎えに来るで!」
と怒鳴ったとたん、雨戸がどんどん!!と激しく鳴り続け、私たちはあまりの恐ろしさに大声で泣いたのでした。今思えば、わずかな時間だったのですが、雨戸を外からたたく音が部屋に響いて、心底恐ろしかったのです。
子どもから見ても不安になるほどボロっちい雨戸で、台風の前になると母がガンガンたたいて何とか閉めたものの、今にもはずれそうなしろものでした。それにしても、全くすごいタイミングで鳴ったものです。
「やっぱり悪いことをしたらあかんのや。」
母は魔法使いだ(!)と真剣に信じていたあの頃の私は、ほんの一時だけですが、深く反省したのでありました・・・。
子どもの頃、世界はなぜあんなにも不思議なことや恐ろしいことが多かったのだろうか?雨戸をたたくカミナリ様だけでなく、昭和の家は、ふだんから勝手にキイキイと床や壁が鳴るし、照明は暗いし・・・いやいやそれより何より、トイレが怖かった(笑)!汲み取りの暗~い穴があいていて、そこから何か出てきそうで・・・田舎のトイレはさらに怖い!!母屋から外に出て歩かないといけないのです。トイレに行かずに済むよう、寝る前にお茶を飲まないようにしたりしてがんばっていました。そんなことしてもあかんかったけどね。。。
けれども、不安と恐れに満ちた世界は、同時に人を謙虚にするものだったと、今改めて思うのです。カミナリ様よりもトイレの思い出よりも、子ども心に強く残っているのは、当時(昭和30~40年代)、駅などで時々見かけた傷痍軍人さんの姿でした。白い着物を着て募金箱を持ってじっと立っておられた姿が頭から離れず、夜寝る前のひととき、考えたものです。
「自分は子供だから、戦争で傷ついたあの人たちのために何もできないけれども、それでも何かできることはないのだろうか。」
枕に頭を付けて3秒で寝落ちする(今もそうだな~)、その一瞬だけれども、そんなことを考えていました。大人になって働くようになってから何となく「自分の収入の5%は寄付に使おう」と決めて自然に続けてきたのも、子どもの頃の思いがどこかで残っていたからだろうと思います。
2回の原爆忌、終戦記念日と続く8月。
「生産しない人間は生きる価値がない」という趣旨の発言をして炎上したユーチューバーがいました。動画をたまたま見たとき、怒りよりもなんとも言えない悲しさを感じました。
子どもの頃誰もが持っていたであろう不安や恐れ。自分が小さく無力な存在であることを知るからこそわいてくる謙虚さ、優しさを思い出してほしいと思います。