『小説版 星、そして雪と月と花』序章 / 冬季公演2023『散りてなお夢見星』前日譚
ある日、世界が終わる音がした。
ありふれた日常を緊急速報の通知音が壊し始めた。
『ただいま、速報が入ってきました。謎のガスが西から急速に流れてきているとのことです。只今画面に表示されている対象地域の方は今すぐ東の方へ避難を始めてください。対象地域は−−』
その謎のガスはすぐに人類の生活圏を侵食し始めた。
『このピンク色のガスに包まれた、変わり果てた地上をご覧ください。行方不明者の総数は未だにわかっていません。逃げ遅れた人たちはまだこのガスの下にいるのでしょうか』
『専門家の調査によると、世界規模で発生したガスは幻覚を引き起こす作用があることが判明しました。また微量でも死に至る危険な毒ガスです。絶対に汚染地域に近づかないようにしてください』
謎のガスは世界中に拡大。甚大な被害を各地にもたらしていた。
『こちらの病棟にはガスを吸ってしまった人々が収容されており、今も建物内で苦しんでいます。この病棟では親族のみがガラス越しでの面会を認められており−−』
『このガスは自然発生したとは考えにくい。人工的に作られたと推測します』
やがてかつての生活水準を維持できなくなった人類は、新時代の受け入れを余儀なくされた。
『ガスの侵攻に合わせながらベースキャンプを移動する生活。新たな生活様式を我々人類は求められています』
大切な人を失った。
思い出のある家には帰れない。
好きなものも手に入らない。
何もない。何もできない。
しかしその〈大災害〉は私たちに悲しむ暇など与えてくれなかった。
『明日から電力の民間使用が禁止されます。我々テレビ局が皆様に現状をお伝えすることができなくなります。しかしこれは永遠の別れではありません。人類は必ずこの状況を打破し、かつての美しい地球を取り戻します。諦めてはなりません。少しの辛抱です。それではまた会える日までさようなら。さようなら−−』
ノイズが走り、画面が暗くなる。もう元の世界には戻れない、そう伝えられたようだった。
光を失ったテレビの様子は今でもはっきりと覚えている。