『小説版 星、そして雪と月と花』第2話 猪鹿蝶 / 冬季公演2023『散りてなお夢見星』前日譚
「蛍ー! 元気してたかー!」
「蛍ちゃん! 久しぶり!」
手を振りながら現れる、ポニーテールとボブの二人の女の子。それは別の避難所で暮らす、蛍と菜月の親友たちだった。
「え、二人ともどうしてここに? まさか避難所を抜け出してきたの?」
驚きを隠せない蛍に、ボブの女の子、宮島花香が答える。
「まあ、そんな感じ?」
ポニーテールの女の子、天橋雪美も花香を補足するように説明した。
「ほら、新聞屋さんって汚染ガスの中、避難所と避難所を行き来するだろ? ちょっとお願いして連れてきてもらったのよ」
男勝りな雪美は文字通り「ガハハ」と笑いながら蛍の肩を叩く。
「そう言うことか! 菜月ちゃんがお願いしてくれたんだよね? ありがとう!」
「ん? あ、うん! 会えて良かったね!」
菜月のなぜか一瞬だけピンと来ていない様子が気がかりだったが、蛍にとっては親友との再会の方が嬉しく、気にも留めなかった。
「みんなも、本当に会いたかったんだよ」
と、勢い良く雪美と花香に飛びつく。二人も腕を広げ、蛍を受け止めた。
「あたしらも会えて嬉しいよ。こんなに早く再会できるなんて思ってなかったもん」
「そうよね。もっと先になると思ってた。菜月ちゃんに感謝」
そう花香は菜月の方を見て微笑んだ。暗かった空気が、まるで昔に戻ったかのように明るくなる。そのせいか、蛍は二人から一度離れると、「そうだ」と自分のサコッシュを開くが、
「ね、みんなで写真撮ろ! ……ってそうだ、スマホはとうの昔に使えなくなってるんだった」
と、もう昔のような世界ではなくなったことを思い出した。蛍の表情から再び笑顔がなくなっていく。
花香らは目を見合わせると、雪美が蛍へ近づいていった。
「そう言うと思って、あたしたち、娯楽切符でフィルムカメラ買っておきました!」
雪美は自分で秘密道具を出す音を歌いながら、サコッシュから薄桃色のフィルムカメラを取り出した。蛍は雪美の頭上に掲げられたカメラを見上げ、再び笑顔を取り戻す。
「え、さすが雪美ちゃんと花香ちゃん!」
と、手を叩いて喜んだ。
「まあ、一昔前のだからねえ。ちゃんと使えるかわからないけれど」
「大丈夫だって。動くのは動くよ。問題は自撮りできるかなんだよね」
雪美と花香がカメラの画角の調整を始めると、蛍はずっと突っ立ったままの菜月の方に目をやった。
「菜月ちゃん、何してるの。こっちおいで」
と、彼女の腕を引っ張る。しかし、やはり菜月はなぜかよくわかっていない様子だった。
「え、何って」
「ほら、写真撮るよ。記念すべき再会の一枚なんだからぼーっとしないで」
「そうよ。菜月ちゃんらしくない」
いつもと違う菜月を、花香も自分たちの方に寄せる。雪美は全員が集まったのを確認すると、カメラを内側に向けて掲げた。
「ほら、撮るぞー」
フラッシュが光り、シャッターが切られる。しばらくすると、カメラから白い写真が出てくる。そして四人の姿が映った画像が写し出された。
花香が雪美の持つその写真を覗き込む。
「みんないい笑顔」
「なんか菜月だけ変な方向見てるけど」
雪美の指摘に、蛍も写真を確認した。すると確かに菜月だけがカメラ目線ではなかった。
「あれ、ほんとだ。もう菜月ちゃん何してるのよ」
「全く、しっかり者の菜月はどこに行ったんだ」
「えへへ、ごめん」
皆からのツッコミに、菜月は照れと苦笑いが混ざったような顔をする。それを見て皆も声に出して笑った。
笑いが収まると、雪美は撮りたての写真を蛍に差し出す。
「この写真は蛍にあげるよ」
「本当に? いいの?」
「もっちろん」
「ありがとう!」
大切にするね、と蛍はサコッシュに写真をしまった。その後、また何かを思いついたようで唐突に手を叩いた。
「ねえ、せっかくの再会なんだからみんなで遊ぼうよ!」
「まるで修学旅行の夜みたいなテンションね」
菜月はそう言うが、花香は蛍の意見に賛同していた。
「でも気持ちはわかる。私も今テンションMAXだもん」
「よね! 何にしようか! ごほっごほっ」
興奮してしまったせいか、蛍が咳き込むと、すぐに菜月が彼女の体を支えた。雪美らも心配して、蛍の背中を優しく摩った。
「おいおい、まだ肺悪いのか?」
「ちょっとね……。でも大丈夫。良くはないけど、問題もないよ」
「でも、はしゃぎ過ぎない遊びがいね。あ、そうだ」
花香はサコッシュから小さな箱を取り出し、そのパッケージを皆に見せた。
「じゃん、花札です。これなら大丈夫でしょ」
「花香が花札って安直かよ!」
「いいじゃん花札! 楽しそう!」
雪美のツッコミに続き、蛍もやる気になるが、菜月はそうではないようだった。
「え、花札?」
「うん、花札。みんなでしようよ?」
「花札はやめた方がいいんじゃないかなあ。二人でしかできないし。他のしようよ」
「でも他に遊べるのもないし……」
花香は花札の箱をサコッシュに戻そうとするが、蛍はそれを止める。彼女から箱を受け取ると、中身を取り出して地面に広げ始めた。
「そうだよ。それに三人で遊べる『花合わせ』ってやり方もあるんだ。順番にすればいいよ。私たち三人でやってみるから見てて」
「わ、わかった」
広げられた札の周りを囲うように三人が座る。少し離れて菜月もそれを見守った。
「じゃあ配るね」
蛍が六枚の札を並べている間、花香は一人七枚ずつの手札を配っていく。残った山札を中央に置き、準備が整うと、雪美の掛け声でじゃんけんが始まった。勝負は一発で決まり、蛍と花香は負けてしまった。
「あたしが勝ったから、あたしから時計回りなー」
雪美が絵合せをはじめ、手札から一枚出し、場から一枚取る。そして山札から引いた札を場に置いた。
「欲しい札取られちゃったな」
と、言う花香の番が回ってくる。手札からも山札からも合わせられず、蛍の番になった。蛍も手札からは駄目だったが、山札から鹿の札を得ることができた。
「鹿だ」
「まあまあ」
羨ましがる花香を横目に、微笑む蛍。
二週目になり、雪美も花香も一組しか揃わず、順番は再び蛍へ回ってきた。
蛍は待ってましたと言わんばかりに、花香が山札から出した猪の札を取った。
「ああ! 猪!」
「鹿に猪に……こいつ運を味方につけてやがる」
「イシシ。菜月ちゃん! 私今いい感じ!」
悔しがる二人を横目に、蛍は菜月に自分の札を見せて自慢した。
「ううん! 頑張って!」
彼女の声援を受け、蛍は山札から一枚引く。そして文字通り蝶の札を引き当てたのだ。
「こいつやりおったな」
「疑いたくないけど、ズルを疑うレベル」
と、もはや雪見も花香も引いていた。
「私もびっくりしてる」
もちろん本人も目を丸くしていた。狙って出せる奇跡ではないのだ。当然の反応である。
三周目に入ろうとしたところで、チュートリアルが終わる。雪美は菜月の方を向き、
「まあ、こんな感じで絵合わせを七周して、作った役で一番点取れた奴が勝ち」
と、実践を踏まえて簡単にルールを説明し直した。
「見て菜月ちゃん。猪鹿蝶」
連続で得た札で作った役を菜月に見せる蛍。花合せを知らない菜月での猪鹿蝶は聞いたことがあったようだ。
「すごいね、蛍。猪鹿蝶って確か強い役でしょ?」
「一番ってわけじゃないけど。なかなかに良い役だね」
「いやあ、久しぶりにみんなでする花札は楽しいな」
雪美が場に出ている札をかき集め、シャッフルを始める。そして四人分の手札を配った。
「そうね。花札は日本の美しさを感じられるし」
そう言って、花香は配られた手札の絵柄を眺めた。
「なんか、〈大災害〉のせいで日本の自然の美しさなんてものほとんどなくなっちゃったもんね」
蛍も自分の手札を見つめながら、そう呟く。すると盛り上がっていた空気が一気に重たくなった。意図していない沈黙に、蛍は慌てて三人に謝罪した。
「あ、ごめん。なんか暗くなっちゃった」
「全然。しょうがないよ。いや、しょうがなくはないか。でもこの世界で生きていかなくちゃならないんだから」
「そうね。せめて私たちだけでも美しくあろうよ」
〈大災害〉は全てを奪っていった。
森を枯らし、水を汚し、人の命さえも奪っていく。そして生活も変えられた。
会いたい人に会えない。行きたいところに行けない。やりたいことをやれない。
お世辞にも美味しいとは言えない栄養バー。限られた飲料水。
美しい地球はもう消えた。
だからこそ、自分たちが美しくあるしかないのだ。
「そうだね」
蛍がそう答えた瞬間、再び呼吸がし辛くなる。
「ごほっごほっ」
「あ、また。大丈夫?」
菜月が駆け寄り、蛍を支える。しかし、その咳は今までで最も酷いものだった。あまりの辛さに、蛍は立っていられなくなる。
「うん、大……ごほっごほっ。あれおかしいな。ごほっ。大丈夫じゃないかも」
「蛍!」
菜月に支えながら、地面に横たわる蛍。
咳は止まらず、呼吸も苦しくなる。目に涙が滲み、視界がぼやけてきた。
突如、その視界に映っていたはずの雪美と花香が消えた。辺りを見回しても見当たらない。視界が不明瞭だとしても、人の形が見えないのだ。
それがより蛍を混乱させる。
「蛍、落ち着いて」
菜月はそう言うが、落ち着くなどできなかった。
ついに瞳に溜まった涙が蛍の頬を伝う。
まだ動く左手で涙を拭うと、涙を浮かべる菜月の顔と満点の星空が視界に広がっていた。