
【HP記事】 メディアは自主規制を見直すべき/250210月
1月30日、日頃の思いを触発する記事が出た。
記事自体はなぜオールドメディアが嫌われるかという切り口だ。影響力を増すSNSをオールドメディアの好敵手として取り上げている。そしてSNSメディアの問題点として、不都合ごとが議論されない推し文化と共感の世界だとしている。
記事内で不都合ごとを嫌うSNSの空気と、メディアスクラムなどメディア自身の問題に触れている。どちらも、事件やSスト社会現象の認知の妨げとなっている点だ。私には切実な話であり、Xで引用の連投をした。
現代は「正義」よりも「共感」の時代です。政治家もアイドルのような「推し」の対象となり、人々は交流サイト(SNS)を通じて努力し続ける姿を目にし、共感して応援するようになったと感じます。一方、推しと共感の世界には、不都合なことは議論されづらいという特徴があります。
【不信の向こう側~既存メディアはなぜ嫌われるのか③】
47NEWS 2025/01/30
不都合嫌う「共感」の世界、違和感すくい上げるSNS 情報社会学者・塚越健司さん【不信の向こう側~既存メディアはなぜ嫌われるのか③】 | 2025/1/30 - 47NEWS https://t.co/Vu2BYPDH4l
— 共同通信公式 (@kyodo_official) January 30, 2025
「現代のSNSが推しと共感の世界であり不都合なことは議論されづらい」という指摘は、おっしゃる通りだと思います。社会問題の当事者として周知活動をしている経験からいうと、現在のSNSは社会のむつかしい問題の議論をよろこばない。確かにそういう状況になっています。
記事内では、気に入らない話題に言及しないネット市民の感情を話題にしています。しかしその不都合ごとをスルーするSNSの態度の先に、社会問題の取りこぼしが起きていることも、忘れないでいただきたい。
また記事内ではオールドメディアへの批判を、推しの政治家批判への反発としています。しかし実際の理由はもっと複雑です。主に選挙戦の支持者を念頭においた記事であるためと思いますが、オールドメディア嫌いが蔓延する理由は、推し批判だけではありません。
おそらく権威や特権的立場への妬み、マウント欲求、説教嫌い、権力や既得層との迎合癒着といった腐敗への反発もあると思います。記事内ではマスコミの問題としてメディアスクラムを挙げていますが、実際にはメディア自身が抱える問題はもっと幅広いものがあります。
例えば報道自主規制。有名記者、記者、ライターの少なくない数が書いているように、敢えて書かない政治部の自主規制、広告主の不祥事への報道控えの問題もあります。これは利益提供でメディアを黙らせたり、圧力をかけたりする側の問題でもあります。
また先日のNHKラジオで出演者から指摘のあった報道の遅さ(硬直)についても、その原因となっている報道“前提の見直しが必要かと思います。裁判や記者会見がなければ報道できないのでは、必要な時に必要な一報がないことになります。また隠れた問題の取りこぼしにもつながりかねません。
現代は、市民の隠れネットワークや市民の犯罪機会増加、市民のモラル低下により、可視化しにくい犯罪が生まれる時代です。その種の犯罪は加害者か被害者から話を聞かなければ可視化されません。
記者会見や裁判、実名告発という公的な事実に固執する態度は、重大な社会の変化を見逃しかねない危険を孕んでいます。
現代は犯罪機会社会です。市民の犯罪文化の様相は一変しています。従来のように足で話を聞こうにも、以前は情報通だった人が組織に属さない人間のやっていることを知らない状況も、十分にあり得るのです。実際、警察も組織に縛られないトクリュウに苦戦を強いられています。
このような時代に従来の報道前提を固守するやり方は、改善の必要があるのではないでしょうか。せめて一報があった際には、話を聞く姿勢が必要かと考えます。また既得権コミュニティのための情報規制については、ジャーナリズムの理念に立ち返っていただきたいと強く思います。
報道が遅れれば、社会認知との乖離も大きくなります。認知の遅れは加害者に有利に働くばかりです。ぜひご一考をお願いします。