【ショートショート】交番と落し物
著:式さん
「あの、落とし物です」
若い女性が命の落とし物を、交番に勤務する俺に差し出した。
「また会いましたね」
「えぇ、最近よく命が落ちていまして」
二十代から三十代の男性の命。俺が命の落とし物の情報をリストに書き加えている途中で、彼女は「それでは」と言って立ち去った。
彼女はこれまでに何度も命の落とし物を交番に届けにきた。最初は十代から二十代の女性の命。次は八十代の男性の命。その後は年齢不詳の男性の命、新生児の命、性別不明の命、大型草食獣の命、未確認生命体の命――。
命の落とし物を取りに来るものはほとんどいない。何より命を落としたものが自分の命そのものを取りに来ることなど不可能である。
交番には命が溢れかえっていた。落とし物の保管期限は三ヶ月であるが、それにしては数が多すぎる。十六名と三頭と種族不明の二つの命。保管期限が経過した七名の命はこれに含まれていない。
命の落とし物を届けにきたのは、全て彼女であった。
「もしかしてあなたは命の落とし物と何か関係があるのですか?」
四名の命の落とし物を持ってきた彼女に、俺は尋ねた。
「いえ、そんなことは――」
彼女はそのまま交番を去ってしまった。
彼女は交番に来なくなった。命の落とし物が交番に届けられることもなくなり、最後の命の保管期限が迫ってきた。
リストを見直していた俺はあることに気付いた。命の落とし物を受け取っていたのは、全て俺。彼女は俺以外の警官には、誰にも命の落とし物を渡していなかった。
その日は雨が降っていた。俺を待っている、びしょ濡れの彼女。
「あなたに会いたくて、ずっと命の落とし物を届けてきました」
彼女は懐からナイフを取り出した。
「あの、落とし物です」
彼女は自らの胸にナイフを突き刺す。彼女は命を落とした。
ただしこの場合は所有者が明白であるため落とし物とはみなされず、彼女の落とした命はすぐに家族の下に届けられた。
二日後、保管期限の過ぎた最後の命が処分された。