『最底辺高校!アカペラ部!』

その日、ユータはテレビを見ながら衝撃を受けていた。六人の人間が楽器を持たずに声だけでなんとまぁ色々な音を奏でていたのである。テレビ上端に見慣れない文字がカタカナ四文字で映し出されている。

「ア、アカペラ?なんやこれは!」   

馴染みの無い言葉を見るのは知らない外国の名前を言われたリアクションとほぼ同じであった。

「高校のクラブでアカペラってやつあるんやろうか?」

若さゆえに影響されやすく、特に熱中できるものが無かったユータは高校からアカペラを始めるのだと早くも意気込み始めた。
なにせ明日から"答案用紙に名前を書けば入学できる"という地元にある最底辺の真門(まかど)高校での新たな日々が始まるのである。

ちゅんちゅん

去年から世界を脅かしている未知のウィルス"ゴラルド"が蔓延しているため、入学式も最低限のみでさらさら〜と終わり、これから泣いても笑っても一年間を共にする"1-2"の教室の扉を開けた。
クラス分けが張り出された紙に中学での仲の良い友達はいなかったので、ウキウキとそわそわが入り混じったテンションで窓際の席に着く。みんなマスクをしているので表情が見えないが、可愛い子がいっぱいいるような気がして興奮するユータ。
すると一人の化粧ケバメ女子がこちらに近寄ってきた。

「あんれ〜ユータ君やんなぁ?」

「えっそうやけど…(誰やーこいつぅ)」

「なにそのリアクションー!中学一緒やったん覚えてないん?」

ユータはそのケバ女のことをこれっぽっちも覚えていなかった。それもそのはずで、彼女は近所のおっさんも分からないほどに正々堂々の高校デビューを果たしていたからなのである。

「てかてかてかさーユータ君は何部に入るんか決めたん?」

「いやっまだなんも決めてへんけど」

「それやったらさ、おもろそうなクラブあったから一緒にそこ行けへん?」

「んんん〜(おもろそうなクラブ?)そんな謎めいた部活あんの?」

「ほらこの前テレビでやってたやつあったやん〜なんやっけ、ほらっあの、え〜とア、アスパラみたいなやつ!」

「ぷっなんやねんそれぇ、アスパラみたいなって、緑の棒状のやつ使って打ったりするんか?」

「なにそれぎゃははっあれやん、歌を歌うやつやんか!楽器の伴奏無しで5、6人で歌うねん!」

「えっ!マジで!テレビで見たあれか!ほんまにアカペラ部あんの?!」

「なんや知ってるんや〜そうっそのアカペラってやつ、さっき一階の廊下でな貼り紙に部員募集中!って書いてておもろそうやなぁって思ってなぁ」

まさかこの最底辺と言われている高校に、あのいかにもインテリな人達がやりそうなアカペラをやる人間がいることによる驚きと、どうせハズレだろうと思って買ったスクラッチくじから"一万円"が出たような思わぬ喜びが入り混じり、なぜか少し悲しい顔になったユータであった。

担任になった初老の男がマスクの中でごもごもとオリエンテーション的なことを無味乾燥気味に説明し「まぁこんな状態なので、あまり騒がずに真っ直ぐ帰宅してください」と"生徒には何の興味も無いような目"をして言い残し、教室を静かに去って行った。その後すぐに同じ中学であったらしいケバ女が来て「行こっ」っとまるで長年連れ添っている彼女であるかのような顔をされたまま、まさかの最底辺の高校にあると思われるアカペラ部の扉を二人で叩いた。

「しつれいしま〜す」
先にケバ女が大胆さと繊細さを兼ね合わせて中に入る。
「あれ?誰もおれへんやん」
「ほんまか、ほなまた誰かおる時に来たらええんとちゃうかぁ」
ほぼ物置と化した部室にはズタボロの譜面がそこらじゅうに散乱しており、壁には見たことのあるような無いような黒人が、みかんを一口で食べれそうな大きな口を開けて歌っているポスターが貼ってある。
そして奥に扉があり、その扉に"勝手に入ったら半殺し"と比較的丁寧に書いた張り紙がついている。

「あんれ〜?ユータ君、なんか声聞こえへん」

「え?どっからやろ、あぁあの扉の方からちゃうか?」

「行ってみようや!」

「あほかお前っ入ったら半殺しにされんぞ!」

「大丈夫やってぇーうちらはかわいい入部体験者やんかぁ」

高校デビューというのは凄いパワーがある。見込みもない女子に次々と告白してことごとく振られてもヘラヘラできるぐらいのパワーが高校デビューにはある。
ドアノブをゆるく回して中をそうっと覗き込んだら、そこには男女合わせて六人がなにやら譜面を見ながら歌い合っていた。

「ちょっめちゃくちゃやばくないぃ」

「おぉ…思ったより本格的やなぁ」

最後はなにやら『フー』と口を揃えて全員で歌い、心地の良い音の塊になって演奏が幕を閉じた。思わず拍手をしそうになったケバ女をユータが声を出さずに注意する。          休憩なのか換気のためか、1番高い声を出していた背の低い女の人がこちらの扉にやってきた。

「おろろーあんたらなにやってんの?」

扉を静かに閉めようとしすぎたので、全然間に合わず覗き見がバレてしまう。

「あ!えーと、体験入部しにきました疋田です!あっこっちはユータです!」

体験入部という言葉を聞いて、一瞬女の人の顔が華やいだ。

「勝手に覗いてすいません、あのーほんまにここでアカペラってやつやれるんですか?」

「疋田さんにユータ君やねぇ、あたしは三年の溝田!全然ええよ〜てか体験入部とかめっちゃ嬉しいわ!うん、アカペラ出来るで、この学校にあるのめっちゃ意外やろぉ?笑」

アカペラが出来る…その言葉を聞いて、まさか自分がとりあえず入った、いやっ他に候補に上がるようなレベルの高校が無かっただけだが、あのテレビで見たアカペラを自分も出来るなんてなんて運がいいのだろうか!俺ってツイテルー!っとユータは心の中でガッツポーズをした。

「じゃあ今日からアカペラやらせてください!」

「なはははは!勢いあってええけど、入部届けもまだやろ?」

「あっ!ほんまやー!また明日にでも持ってきます!」

ユータのアカペラ熱に驚きを隠せない疋田元ケバ女。

「でもあれやで、そんなすぐにできるもんちゃうで〜まずは譜面の"音取り"から始まってそれを自分で出来るようになってから、ようやくメンバーと合わせるねんよ。そこからがほんまの練習スタート。だからアカペラやってるって感じれるの少なくとも1か月は先やと思うわ〜」

「えーそんなにかかるんすかぁ!?でも音取りでもゴミ拾いでもなんでもやるんで、俺頑張ります!」

「ユータ君っておもろいなぁー、ほな明日一年生へのミニライブもあるし、鼻息荒くしてまたおいでっ」

溝田先輩はそう言うと、扉を開けて部室を出て行った。休憩に入ったのだろう。他のメンバーさん達はスマホをイジったり、飲み物を飲んだりしてくつろいでいる。疋田が半笑いの顔で

「ユータ君ってほんまにアカペラやりたかったんやなぁ〜やる気マンマンやん!」

「えっ、あぁこの前なテレビで見てからな、実は…ビビビっときててん!めっちゃかっこええー!って」

「あの番組おもろいよねぇ、確か『ハモネピアン』略してハモネピ!」

「あぁそんな名前やったかもなぁー」

「あたしもアカペラ部に入るからさ、明日入部届け持ってまた来ようや!」

「疋…田?さんも入るんや!うん、ミニライブも楽しみや〜」

「さっき初めて名前知ったみたいな言い方やめてぇよぉー特別にヒッキーって呼んでええで、あたしはユータって呼んでいい?」

「お、おう、別にええでぇ〜同じ中学やけどあんま喋ったことなかったもんっヒッキーよろしくな!」

こうしてユータとヒッキーがアカペラ部に入ることを決定したわけではあるが、後に初めて組むメンバーのキャラが個性的すぎるやつらばかりだということを、まだこの時の二人は知りもしないのだった。

ちゅんちゅん

ユータは豪快に名前を書いた入部届けを握りしめて、アカペラ部へと向かった。

「おっすーユータもちゃんと来たんやなぁ〜!」

「当たり前やんけってかやばいで、なんか音聞こえてきてるで」

「あっほんまやん!早く入ろうー!」

急いで扉を開けると、アカペラ部のミニライブのマイクチェックが始まっていた。

「ボンボン!タン!ピシャ〜ツッツッ 先生ぇこんな感じで大丈夫??」

顧問の先生は優しそうな40代の男であった。音楽が好きで家にレコードとかありそうなタイプに見えた。

「ええ感じやで!1年間でええ音出るようなって先生も嬉しいわ〜」

「まだ全然でけへんし!」

「はいっじゃあマイク1番から声出していってー」

「はーいっ」

本番前のサウンドチェックでの一連の流れをどうゆう気持ちで見たらわからない二人。一年間なにをやったらあんなドラムみたいな音が出るのか不思議でたまらない困惑顔のユータ、その隣で堂々と人前で高々と歌っていく二年生らしきものをあんぐりと口を開けているヒッキー。そして準備が整い、溝田先輩が出てきて1組目のバンドの紹介を始める。

「アカペラ部のウェルカムミニライブにご来場頂きありがとうございます!さて時間も無いので早速ですが、トップバッターは"かもんぬ"の登場です!拍手でお迎えくださいー!」

パチパチパチパチ

「なぁなぁヒッキーあそこにある紙見てや、なんや3グループあるらしいで、最後は3年生なんかなぁ〜」

「3グループも見れてお得やわぁ!」

「いや、別に金払ってないやん…あっ始まるで!」

照明が暗くなりっといっても部室の電気を消しただけだが、後ろの方からステージへ向けて光を放つものが緊張感を漂わせる。するとさきほどサウンドチェックをしていた面々が出てきた。よくよく確認すると男2人で女4人のグループであった。端っこに申し訳なさそうにたっている背の高い男がポケットから丸いものを取り出した。

「ちょっあの人なんなん!?なんかお菓子食べようとしてへん?」

ヒッキーの予想は大幅に外れ、その先輩は丸いものを口元に持っていき"ピー"と笛を吹いた。

ユータとヒッキーが「えっ?」っと思ったのと同時にこれまた端っこから二番目のぱっとしない男の先輩がワン、ツー、とカウントを取る。するとセンターに立っている気の強そうな女が豪快に歌い始めた。

真っ赤に燃〜える〜太陽だかぁからぁん〜♪

ど頭からエッジの効いた声が響き渡る。そしてリードボーカルに引っ張られるようにコーラス隊がなにか呪文みたいなものを歌い出した。

ハーールラルラリーダッダッ オーモレモレ!

「あれ、後ろの人達なにいうてんのかなー?」

初めてアカペラを目の前にしたヒッキーはリードボーカルよりもコーラス隊の"スキャット"と呼ばれる言葉が気になるようである。
一方ユータは1番端にいるボイスパーカッションに夢中になってしまい、なにが真っ赤に燃えているのかさえも分かっていない。
ただユータは、テレビで見たものと今目の前にあるものが同じ"アカペラ"であることに多少の違和感を覚えた。

だぁぁかあぁらーウォウウォウ!

「なぁヒッキー、凄いけどなんかテレビで見たやつとちゃうよなぁ?」

フーフーティ ティ ティ パーン!

「当たり前やんかっあれはプロの人達が歌ってるんやから、高校生と比べたらあかんでぃでぃ」

2年生の演奏が終盤にさしかかかった頃、気の強そうな女リードボーカルの歌が途切れた。リードボーカルは太陽よりも顔を真っ赤にし、誰から見てもテンパっているのがわかる。そう、すぱーんと歌詞が飛んだのである。ライブの経験もあまり無いのでただただあたふた。コーラスの女が心配そうな目で歌詞よ出てこいー!と祈るようにリードボーカルを見つめ、ベースはリードボーカルがいないことによって歌う場所を間違えに間違えて、どんどんと収拾が付かなくなってきた。

「あぁぁぁなんかがんばーって感じやなぁ」

ヒッキーがどんどん心配になってきて、少し涙ぐんでいる。

ボイスパーカッションの男がリーダーなのか、「俺に合わせろ!!」と言わんばかりに主張をしだし、全体の音量がわちゃくちゃになっている矢先、リードボーカルがやっとこさ歌詞を思い出した!と言わんばかりに顔を上げた瞬間、曲が終わった。

終わったんか?というより止まったんか?
ユータの心の声はその場にいる人々と同じ疑問であった。

「はいー!ありがとうございました!!かもんぬにみなさん大きな拍手をー!」

冷えついた空気の中、唐突に溝田先輩の声がマイクを通して大きく聴こえてきた。歌詞が亡くなってしまったリードボーカルの女は肩を落とし少し泣いているようであったが、そそくさと登場してきた方角へ帰っていった。


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