何もなかったところに戻るだけだよ

白い天井にある黒い染みは目立たないくらい小さい。俺の心の隙間を埋めるには小さすぎる染みだ。前の住人はもっと汚してくれればよかったのに。朝起きてからただその染みだけを見つめている。早朝から蝉がなきはじめ、カラスがなき、通学する児童の声が通り過ぎ、自動車が通り過ぎていく。朝が来てでもまだ死んでいた。夜は確かに死んでいた。夜は苦しかった、激しい苦悩が襲ってきた。朝になれば生きていると思った。でも朝も死んでいた。睡眠だけが俺を生かす。今の俺に必要なのは、無だった。死にたくはなかった。でも積極的に生きようとも思えなかった。ただ時間だけが経過してほしかった。朝が来て夜が来て、死んだように生きようと思った。
無職になって1か月がたった。次の仕事はないわけではないと思う。でも前職からの落差に耐えられない。エリートだと思っていた。そんなことで足をすくわれるとは思っていなかった。人はくっつくのにはあんなに時間がかかるのに、逃げるときは一瞬だった。貯金があってよかったなあ。金がなくなったらどうしよう。そんな不安と自分のふがいなさに腹が立ち、仕事を奪う経緯となった事件を何度も何度も反芻した。

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