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「赤の女王」は双子の詩人と共に故郷に帰る

グレゴリオ暦の5月に入ると、1日遅れて「13の月の暦」では11番目のスペクトルの月が始まる。今年の5/1は、元号「令和」の始まりから5年(=7銀河スピン+5日)ということもあってか、何かが別な領域から(あるいは別な領域へと)解き放たれるかのように、激しい共時性の波が押し寄せて来ている。

色々と重なっていて自分でも混乱しそうになるので、便宜的に以下の3つの切り口から整理して書いておこうと思うが、実際にはそれぞれの時間が相互に織り込まれていて、不可分であるのは言うまでもない。

(1)「赤の女王」帰国と吉野ヶ里「謎の石棺」埋め戻しの共鳴
(2)ホゼの双子の弟アイヴァンの旅立ちと最後の著書
(3)13の月の暦タイムスコア「青い律動の嵐の年」版の完成


(1)「赤の女王」帰国と吉野ヶ里「謎の石棺」埋め戻しの共鳴

2023年2月にパレンケ「赤の女王」の来日情報を知った時から、この来日には深い意味があると直観した通り、ここ1年余りは強烈に多次元的な体験が深まり、パカル王の翡翠仮面がカバーを飾る『自分で感じ、自分で決める13の月の暦』の出版をはじめ、目に見える世界でも様々な出来事が具現化し続けて来た。

細かな日付情報については、既に【123(開封)246(橋渡し)369(太陽意識)】にも整理してあるが、「赤の女王」来日と吉野ヶ里遺跡で見つかった「謎の石棺」発掘との間には、非常に特別な繋がりが見出せるので、改めて時系列で要点を整理しておきたいと思う。

東京国立博物館での「古代メキシコ展」開催を目前に控えた2023年6月5日(KIN123)、吉野ヶ里遺跡で発見された1800年前の石棺が開封された。2022年から10年ぶりに始まった発掘調査対象地は、「謎のエリア」と呼ばれる遺跡のほぼ中央部にある丘のような所で、それまで神社が建っていたため手つかずであった(神社の移転に伴って発掘可能となった)。

4月下旬、エリア内でも特に土地が盛り上がった所で見つかった石棺は、過去に吉野ヶ里遺跡で見つかっている18の石棺墓と比べても大きいものだった上、吉野ヶ里が最盛期を迎えた弥生後期は『魏志倭人伝』に記された邪馬台国(女王・卑弥呼が治めた)の時代でもあり、その開封には期待が高まっていたが、残念ながら埋葬品や遺体は発見されず、中は空であった(流れ込んだ泥で埋まっていた)。

しかし、呪術的な意味があると思われる「×」や「+」印が石に刻まれていたり、赤い顔料(辰砂)が見つかったこと、そして何より石棺が開封された6月5日(KIN123)が、パカル王の石棺開封日1952年11月27日(KIN123)から「13の月の暦」ツォルキンがぴったり99(=33×3)回巡ったタイミングに当たっていたことが、私に強烈な印象をもたらした。

11日後の2023年6月16日(KIN134)、東京国立博物館で「古代メキシコ展」が開幕。この日が、パカル王の墓室(および石棺)が発見された1952年6月15日(KIN218)から「71年と1日」に当たっていたことをメモしておきたい。というのも、パカル王とその妃とされる「赤の女王」の石棺開封キンは以下の通りで、「194-123=71」という関係が導けるからだ。

・パカル王の石棺開封 1952年11月27日(KIN123)
・赤の女王の石棺開封 1994年6月1日(KIN194)

もちろん、これらは全て、パカル王を通じて届けられた新しい時間の知恵「13の月の暦(ドリームスペル)」のツォルキンでこそ見出せる関係性であり、古代マヤ暦のツォルキンではこの関係性は見出せないのである(2つのツォルキンの違いについても新刊では詳述してある)。

さて、私が「赤の女王」と対面したのは、東京で2回、九州で1回、大阪で2回の計5回であったが、最後の5回目は、癒しフェア大阪でりーこワケワケさんとジョイント講演をした2024年4月20日(KIN182)午後のことだった。

その前日の4/19に「吉野ヶ里遺跡では5/3〜5/6のGW期間中に、石棺墓を特別公開。この石棺墓は大変貴重であるため、地中に埋め戻し予定となっており、ご覧いただける最後の機会です」という情報を吉野ヶ里遺跡発掘調査公式Xを通じて知った私は、驚きを隠せなかった。

ひとつは、弥生中期の王たちの墓である「北墳丘墓」と同じように、何らかの形で展示保存されるものと思っていたのが「埋め戻し」という形になることに、もうひとつは、「赤の女王」の展示期間と完全にシンクロして、その公開が終了するということに(しかも私が「赤の女王」に最後のご挨拶をしようとしていた前日に公式発表されたことに)。

そして迎えたスペクトルの月1日(G5/2)は、「赤の女王」の石棺が開封された1994年6月1日(KIN194)から「13の月の暦」ツォルキンが42(7×6)回巡ったKIN194(12・魔法使い)に当たっていた。当然ながら、開封30周年は2024年6月1日で、194に30を加えたKIN224となる。

「260×7=365×5-5」、つまり5年はツォルキン7巡にほぼ等しく、5日だけズレることになるので、「赤の女王」石棺開封30周年の今年は「260×7=365×5-5」をそれぞれ6倍した「260×42=365×30-30」という関係になり、KIN194が30年前の1994年よりも30日手前の5/2に巡って来ることになるのだ。

ちなみに、赤の女王の石棺が開封された1994年は、パカル王の石棺が発見された1952年から42年(=42×365)後に当たっていたので、42銀河スピン(=42×260)後というところにも、365日暦と260日暦の比7:5が示されていると言えよう。

そして、今日5/6(KIN198)が日本での「赤の女王」展示最終日であり、吉野ヶ里での「謎の石棺」公開最終日である。これにて「赤の女王」は日本滞在を終えてメキシコへ帰還し、「謎の石棺」は再び埋め戻されるのである。パカル王、赤の女王(パカル王妃)、謎の石棺(卑弥呼の時代)は「辰砂」を通じて響き合いながらも、見える形での共鳴はここで終わりの時を迎えるのだ。

新刊では260日暦を見えない世界、365日暦を見える世界と対応させ、その比「5:7」については『古事記』との繋がりについても記しているが、吉野ヶ里の「謎の石棺」の主と「赤の女王」のこの完全なシンクロは、見えない存在(吉野ヶ里)と見える存在(赤の女王)の統合を意味しているようにも思える。

尚、KIN194〜KIN198の5日間は「白い倍音の魔法使いの年」の57番目の倍音色彩(ここにも5と7が示されている)に当たり、KIN194は57倍音色彩の始まりであると同時に、41週目の始まりにも当たっていた。「41」が古神道の数霊においては神を意味し9×9魔法陣の中心に来ること、第41代の持統天皇が天照大神を祭る伊勢の式年遷宮を始めた女性天皇であることをメモしておこう。

5日周期の「倍音色彩」の57番目の始まりと、7日周期の「週」の41番目の始まりが、元旦と同じ「白い魔法使い」で同期する理由は、「28×10=20×14」から導かれる。この関係は『自分で感じ、自分で決める13の月の暦』の第7章とも深く関係しており、「13の月の暦」のコアとも言える同期周期なので、ぜひ付録のB4カレンダーと、そのベースとなったA3カレンダー裏面を確認してみてほしい。広い視野で見比べることで、初めて見えてくる世界がある。


(2)ホゼの双子の弟アイヴァンの旅立ちと最後の著書

5/1(KIN193=11・空歩く者)、米国から帰国中の従兄弟(KIN74)に会った。BARNES&NOBLEというNY発祥の書店のエコバックにお土産を沢山詰めて来てくれたのだが、その夜、ホゼの双子の弟アイヴァン(KIN11)が旅立ったという情報がFBで流れて来た(私はこの情報を日本人としてはかなり早い段階でキャッチした一人だと思う)。

そこには有名な詩人だった彼の最近の画像と共に、最新刊の写真が掲載されていた。私は、晩年のホゼにそっくりなアイヴァンの顔と『Talking to Valum Votan: Elegies for Joe and Others』という本のタイトル、そして、エジプトのヒエログリフで飾られた本のカバーといった全てに衝撃を受けたが、より詳細な情報を得ようとタイトル検索をしていて、更にもう一段、驚かされることになった。

検索で一番上に出てくるものを避ける傾向にある私は、2番目か3番目に出て来たものを適当にクリックしてみた。すると、飛んだ先は何と、BARNES&NOBLEのWEBショップであった!米国生活が長い従兄弟やNYでの生活経験があるLにとっては馴染みのある有名書店(後で調べたら全米一)らしいが、私はこの日、従兄弟からもらったエコバックで初めて知ったばかりなのだ。これが驚かずにいられようか?

しかも、そのきっかけはアイヴァンの訃報という思いがけない出来事と共に新刊情報が添えられていたことにあり、日本のアマゾンでは情報が拾えなかったことで改めて検索に掛けたのであり、その中から気分で選んだ最初のリンクで辿り着いたのだ。その上、この本はまだ発売されておらず、2024年6月1日、つまり「赤の女王」の石棺開封30周年当日が発売予定日で、価格は22ドルである!

ホゼ(KIN11)&アイヴァン(KIN11)は、2人でロイディーン(KIN22)という関係でもあることを初めて意識した。(1)に書いた通り「赤の女王」日本初公開は、吉野ヶ里「謎の石棺」の開封から11日後だったし、その終わりが同時に巡ってくる今日は、11番目のスペクトルの月5日である。

ところで、アイヴァンの著作タイトルに登場するValum Votanについて、少し書いておく必要があるだろう。これは、かつてホゼ・アグエイアスと呼ばれていた存在が、高次の自己(多次元的な通路)と統合されたことで生じた新たな存在名で、彼は、パカル・ヴォタン、ケツァルコアトルの預言を成就し、周期を閉じる者としての役割を演じることになった。

ホゼは、1997年に『時間の法則の20の銘板』(以下『20の銘板』)を発表した頃から、銀河ツールの製作者・著者としても、ホゼ・アグエイアス名義ではなくヴァルム・ヴォタンの方を用いるようになった。『20の銘板』の日本語版制作世話人を引き受けた私は、印象深くそのことを覚えているが、ここでは『20の銘板』に登場する「ひと月=1キン」の関係についてだけ手短に触れておきたい。

具体的な対応関係は【「ひと月=1キン」で数える「20の銘板クロノグラフ」】にまとめてあるので、そちらを参照して頂くとして、一連のシンクロが最高潮に加速している今、「スペクトルの月」全体は、その数え方でKIN89(11・月)に対応する。これはヴァルム・ヴォタンことホゼ・アグエイアスが銀河へ帰還した2011年3月23日(KIN89)と完全にシンクロする時間でもある。

だからこそ、それに合わせるかのように双子のアイヴァンが旅立ち、彼が最後に残した本のタイトルが『Talking to Valum Votan』であったことに、私は激しい衝撃と驚きを感じたのだ。だが、時間の法則がもたらす共時性秩序の激しさは、まだその手綱を緩めてはくれないのである。

5/4(KIN196)、アイヴァンの死の日付が気になって調べたところ、英語版wikiに2024年4月28日と掲載されているのを発見する。その日がKIN190(8・犬)で、パカル王の生誕1995銀河スピン(1995×260)に当たっていたのは、もはや偶然ではあるまい。

何しろ、双子の兄ホゼ(KIN11)は、パカル王からのテレパシーを受け取って「13の月の暦(ドリームスペル)」をロイディーン(KIN22)と共に発表したのだ。そして私は、1995年に江本勝氏の研究所のスタッフとなり、2012年にその江本氏との共著『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』を出す直前になって、パカル王の「13の月の暦」ツォルキンでの誕生日がKIN190であることに気づいたのだ。

また、1999年に私をパレンケの旅に誘って下さり、旅のプロとして全てを手配して下さった滝元さんもKIN190。それだけでなく、滝元さんはホゼの名前と2012年(マヤ暦大周期の完了)を世界に知らしめた『マヤン・ファクター』日本語版の監訳者でもあるのだ。

新刊『自分で感じ、自分で決める13の月の暦』は2024年2月29日(KIN131)に発行され、アイヴァンの死まではその日を含んで60日。パカル王の石棺に刻まれている古代マヤ暦ツォルキンでのパカルの誕生の日付は「8アハウ(KIN60相当)」である。

更に書き添えておくと、双子の母エセル・パール・アグエイアスは、双子を産むピッタリ30年前の1909年1月24日生まれのKIN241(7・竜)。つまり、これら一連の符号を発見をした私は、4次元的にホゼ&アイヴァンの母でもあるのだ。ぴったり30年という期間は「赤の女王」の石棺開封からアイヴァンの最後の本の出版までの期間とも完全にシンクロする!

そして、エセルは「時間の法則に関する世界会議」でアグエイアス夫妻が来日していた1997年7月29日に、88歳で旅立っているのである。「赤の女王」や吉野ヶ里の「謎の石棺」まで含めると、日本との関係性が非常に深いことが見て取れる。アイヴァンの旅立ちは、これら全ての出来事を接続すべく、完璧なタイミングにセッティングされていたのかもしれない。

最後に、死のほぼぴったり4年前にUPされたアイヴァンの動画を添えて、彼の人生の時間を讃えたいと思う。一卵性双生児だけあって、顔だけでなく話し方もホゼとそっくりだ。今頃、別次元で再会を喜んでいるのではないだろうか。


(3)13の月の暦タイムスコア「青い律動の嵐の年」版の完成

アイヴァンの死の日付を知った5/4(KIN196)、私達は来日中のアジャ・リンポチェとシギャップ・リンポチェの法話を伺うべく、築地本願寺で行われていたチベット・フェスティバルに赴いた。質疑の中で、ホゼとロイディーンのチベット仏教の師・チョギャム・トゥルンパの名前が出たのも単なる偶然とは思えなかったが、懐かしい方々との再会を喜べる良い機会でもあった。

もともとチベットサポートが縁で知り合った、みよコロニー店長の直美さんにも久々の再会。思えば、直美さんに出会っていなければ、タイムスコアを共同制作しているみよこさんにも出会ってはいなかったのだ。何しろ、お二人は大学時代から先輩・後輩の間柄である。

そんなことを思いつつ帰宅すると、その夜、『13の月の暦タイムスコア・青い律動の嵐の年版』が史上最速のタイミングで届いたのだった!コンセプトワークを担当した私は、テーマを「エジプトの旅」と決め、蘭禅が豊富な資料を提供しつつカラースキームも担当して、みよこさんが最高に素晴らしいイラストとして仕上げて下さったものである。

そういう背景があったからこそ、アイヴァン最後の著作のカバーがヒエログリフであることに、私は激しく驚いたのだ。その知らせは、間もなくタイムスコアが完成というタイミングで届いたものだった上、Valum Votanという一般には知られていない特異な固有名詞を出しながら、彼ら双子のルーツであるメキシコではなく、古代エジプトの文字がカバーを飾っていたからである。

また、私は新年度版タイムスコアの流れを意識しつつ、半年ほど前から定期購読マガジン【「時のからだ」研究ノート】で、過去記事からの再発掘シリーズ「エジプトからの呼びかけ」も月イチでUPし続けて来ている。全ては大きな流れの中で起こっている出来事なのだ。

そして、今日、遅れ遅れになっていたこの記事をUPするタイミングで、「赤の女王」は日本でのミッションを終え、吉野ヶ里の「謎の石棺」も何かをこの世界に解き放って地中へと戻って行く。それと入れ替わるように、エジプトが舞台の『13の月の暦タイムスコア・青い律動の嵐の年版』が完成し、本日からスペシャル暦セット「青い律動の嵐の年」の受付が開始されるのだ!

これを喜ばすにいられようか!エマホー!!!

スペクトルの月5日 3・鏡(KIN198) 

🌟5/13(月)ZOOMテレクトノン
🌟5/25(土)横浜ナディア「13の月の暦」レクチャー

サポートに感謝いたします! 提唱者のホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が伝えた「平和の暦」としての本来の『13の月の暦』の普及活動と、NPOクリカとして行っているチベット・サポート活動に活用させていただきます。