千羽鶴
喫茶店の中では静かなジャズが流れている。
朝から他の客はおらず、僕は貸切状態で長いことテーブルを占領していた。
雨が叩きつける窓の外では今日もデモ隊が騒いでいる。
学生達を中心に、次いで多いのは老人達だ。
時間を持てる人しか行動を起こせないんだろう。本来ここにいなければいけないはずの企業戦士は蚊帳の外だ。
僕はというと、遠い国の貧困に苦しむ子ども達のために、ここに座りひたすらに鶴を折っていた。
デモ隊に負けず劣らず暇人なんだ。
折り鶴なんかより食料を与えるべきだという人もいるだろうが、僕は折り鶴を届けることに使命感を感じている。
精神的なものがそこに在るということは、時に全ての物質的な物の価値を上回るはずだ。
千羽鶴の意味など理解してくれなくてもいい。ただ遠い国から美しいものが贈られてきたという驚きを与えられるならそうしたい。
さて、家にある分を含めると、折り鶴はもう962個目を作り上げた。
千羽鶴の完成までいよいよラストスパートだ。
気合いを入れ直したその時、喫茶店のドアが安っぽい鈴の音を鳴らして開いた。
貸切が終わったことを感じて、苦々しい思いでドアの方をみると小学生くらいの男の子が立っていた。
こんな古くて小さい喫茶店には似つかわしくない、ゲームセンターにでもいそうな子供だ。
意外なことに男の子は常連のようで、カウンターに向かうと「いつもの」と店主に頼むと、湯気のたったカルピスがでてきた。
一体どんな環境で育ったらこんなところでホットカルピスを飲むようになるのか興味は湧いたが、
大人よりも気詰まりすることもなく、すぐに少し変わった子供から視線を外した。
外は更に騒がしくなっていた。どうやら警官隊がでてきたようだ。拡声器とデモ隊の怒声が窓ガラス越しにも聞こえてくる。
どちらも平和と秩序の為に一生懸命だ。
もし千羽鶴が爆弾で、レモンのように爽やかな香りを爆発させられるなら投げつけてやるのに。
「ねぇ、あの人たちは何してるの?」
いつの間にかさっきの男の子かテーブルの隣に立っていた。目は争う大人たちを見ていた。
「あぁ、この国が戦争しないように戦ってるんだよ」
不意打ちのようで少し驚いたが、特に目を向けるわけでもなく、男の子と同じ方向を見ながら答えた。
「誰と戦争しそうなの」
「いや、まだ決まってない。ただ同盟国が戦争を始めたら、僕らも参加しなきゃいけないんだ。」
男の子は頷くと、僕の顔をじっとみた。
「僕なら、ドウメイコクが戦争しないように戦うよ」
今度は僕が頷く番だった。
「カルピス、少し飲ましてくれないか」
「いいよ。ケーキおごってくるなら」
「それから一緒に鶴を折ろう。高いビルから飛ばすんだ。面白そうだろ」
男の子は少年らしい輝きを放つ瞳で大きく笑った。