カメとウサギ イタリア版

ある日のことです。

ウサギさんはカメさんが野原をのろのろ歩くのを見てバカにしました。

「なんだってそんなゆっくり歩くんだ。

 お前がひとつ、ふたつと歩くたびにアクビがでちゃうよ。」

ウサギさんはわざと大きなアクビをしてカメさんを笑います。

それを聞いた負けず嫌いのカメさんは怒って

「なにを~!じゃあかけっこで勝負してみようじゃないか。

 僕の方が勝つかもしれないよ。」

と、ウサギさんに勝負を挑みました。

「ははは。そんなのオレの方が勝つに決まってるよ。」

これはユカイと、ウサギさんは目から涙を流して笑いました。

こうしてウサギさんとカメさんはかけっこ勝負をすることになりました。

勝負は山のてっぺんまで早く登った方が勝ちです。

よーいどんっとかけっこが始まると、

ウサギさんはあっという間に山を登っていき、カメさんからは

見えなくなりました。

カメさんも頑張って一歩一歩、山のてっぺんを目指します。

しばらくするとウサギさんは後ろを振り返りました。

カメさんはまだ姿も見えないほど山の下の方にいました。

「ほらね。余裕じゃん。うふんふふ~」

ウサギさんは当然と言わんばかりに得意げな顔。

近くに大きな木があったので、その木陰で少し休むことにしました。

ごろんと横になり、カメさんの来るのを待っていましたが、

カメさんの姿は一向に見えません。

退屈したウサギさんはいつの間にか、ぐうすかと眠ってしまいました。

それからしばらくしてから、ようやくカメさんがあらわれました。

カメさんはウサギさんが木陰で眠っていることに気づくと足を止め、

顔を赤くし、唇をとがらせプンスカと走っていきました。

ウサギさんはその気配に気づいてすぐに目を覚ましました。

まだそんなに離れていないところでカメさんの後ろ姿が見えます。

「おや、いつの間にかあんなところにいるじゃないか。

 よし、このまま追い抜かしてもつまらないし、少しからかってやるか。」

ウサギさんは、そんな事を考えながらカメさんのすぐ後ろまで、

すぐに音も立てずに追いつきました。

目の前ではカメさんが一生懸命山のてっぺん目指して頑張っています。

「しかしのろいなぁ。」ウサギさんは、手を頭の後ろに組んでカメさんに合わせて、

足をわざと大きくあげながらゆっくり歩きました。

しばらくそのまま歩いていましたが、カメさんは全くウサギさんに気づく気配がありません。

ウサギさんは、またしても退屈しイライラし始めました。

もうさっさと終わらせちゃおっかな、そう思い少しだけ速度を上げてカメさんにグッと近づきました。

すると、カメさんの「はぁ、はぁ、はぁ」という荒い息遣いが聞こえてきます。

ほっぺたをピンク色に染め、上を向く瞳は真っ直ぐに頂上だけをみています。

そのひたむきさに、ウサギさんの足は思わず止まりました。

思いがけず、何だか申し訳ないような、もっと走っている姿をみていたいような不思議な気持ちにかられたのです。

そして、さっきと同じようにカメさんに合わせて後ろについていきます。

ただし、もう手を頭の後ろに組んだり、オモチャの兵隊のようにわざと足を大きく上げたりしませんでした。

カメさんはてっぺんを、ウサギさんはカメさんを熱心に見つめているのでした。

ウサギさんの瞳には、ぶらん、ぶらんと休むことなく横に振れるカメさんの尻尾だけが映っていました。

そうして、どのくらい時間がたったでしょう。

ついに頂上まで辿り着いたカメさんは、両手を高く空に上げ、涙を両目の端に浮かべながらも、ハッキリとした笑みで叫びました。

「やったぁ。着いたぞぉお」

その大きな声に応えた山びこが、カメさんを讃えるように何度も何度も繰り返されました。

さて、その山びこも遥か遠くの宇宙の果てに消えた時です。

カメさんはいきなり背中から強い力で抱きしめられました。

「う、うわぁ。何するんだ。離せ。」

カメさんは息をするのも苦しい程に締め付けられ、ジタバタと暴れていましたが、ふっと締め付ける力が弱くなり、くるりと反対側へ体の向きを変えられました。

そして、真剣そのものの様なウサギさんの顔をみました。

「な、何するんだよ。」

カメさんはたじろぎながらも、動揺を隠すようにケホッと一つ大きな咳をしました。

「負けたことがそんなに悔しいのかよ。」

「あぁ、悔しいさ。」

ウサギさんとカメさんはお互いを睨みつけるように向かい合い、

しばらくそのままでしたが、カメさんの方が先に根負けする形で口を開きました。

「だからって、こんな風に力任せに・・、それでも男か」

ウサギさんはその長いマツゲで飾られたマブタを閉じ、しばらく何事かを考えていましたが、

やがて決心したように目を開き、言いました。

「お前に惚れてしまうなんて。」

「え・・」

「もう、今の俺には男とか女とか、カメとかウサギとか、ましてや勝ち負けなんて関係ないんだ。」

「な、何を言っているんだ。」

カメさんはゆっくりと後ずさりしました。心臓の鼓動は自分でも驚くほどに高鳴っていました。

「お前の尻と尾に首ったけだ。」

「だから何を言っているんだ」

カメさんは自分でも気づかない内に、ウサギさんの真っ赤な唇を見ていました。

この異常な事態に、次にはどんな言葉が飛び出すのか、全く予測が出来ない不安からか、またはそれ以外の何かを求めてでした。

「お前のことをもっと知りたい。ずっと見ていたんだよ。」

「そんなことって。ばか。またからかってるんだろ」

カメさんは自分の中に乙女のように恥じらう気持ちが芽生え始めていることを感じ、それを恥じました。

「そう、無意識のうちにお前に惹かれていたことに気付かされたよ。ずっと前からお前だけをからかっていたんだ。そして、お前の後ろ姿だけを見ていた。なぁ、次は前も見せてくれよ。全部が、全てが見たいんだよ。」

「もう訳がわかんないよ。」

カメさんはキュッと身を守るように腕を胸の前で交差させて、甲羅を掴みました。

「隠さないで」

ウサギさんは、そっとカメさんの手首を掴むと、その交わった腕を解くように力を込めました。

「ウサティーノ・・・」

カメさんは、じっと、ウサギさんの瞳を見つめました。

「そう、この瞳だ。カメティエーロ」

お互いの名前が夜の鍵となり、2匹の影は重なり合い闇に溶けていくのでした。

おしまい

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