花屋
『花屋』と呼ばれるバーテンに1人の男が客で来ていた。
その男は色落ちしたスーツを着て、見るからに冴えないサラリーマンだった。
動画が止まったように無表情のその男は、頬杖をつき、ひたすら強い度数のカクテルを飲んでいたが、
やがて大きなため息をつきバーテンダーに話しかけた。
「なぁ、兄さん。俺はもう何年も笑ってないんだよ。
それどころか泣きもしないんだ。感情なんて無駄なものが、どうやら消えちまったらしい。」
兄さんと呼ばれた若いバーテンダーは、手を止め横目で男の方を見たが、すぐにまたグラスを拭く作業を続けた。
男は最初から話しをする相手などいないかのように喋り続ける。
「異常だと思うか?思わないだろ?だからオカシイんだ。
周りをみても同じなんだよ。よくある話しなんだ。みんな俺と同じ顔をしてるんだよ。
その方が効率が良いからな。人と違うとか障害になるだろ。感情も気分もそうだ。障害だ。目的の為の。
目的、一体誰の為の。同じ顔の奴らのためのか。
いや、もういい。考えるのは無駄だ。兄さん、美味しいオリジナルをつくってくれよ。」
頷いたバーテンダーはアレコレ混ぜてシェイカーを振り、グラスに注ぐと客の前に差し出した。
それを男が手に取ろうとした時、ペッと唾をグラスに入れた。
「何してんだ」
男は怒鳴り声をあげた。
「なんだ、おっさん。怒れるじゃねぇか」
男は一瞬ポカンとしたが、ばつの悪そうな、ぎこちない笑顔をバーテンダーへと向けた。
「自分の感性に水やりしないのは、自分が悪いんだぜ」
「あぁ、全くその通りだ。花屋のバーテンダーさんよ。ありがとよ。」
男はそう言い残すとカクテルを飲み干し去って行った。