カメとウサギ220x220

カメとウサギ サングラス版

ある日のことです。

ウサギさんはカメさんが野原をのろのろ歩くのを見てバカにしました。

「なんだってそんなゆっくり歩くんだ。

 お前がひとつ、ふたつと歩くたびにアクビがでちゃうよ。」

ウサギさんはわざと大きなアクビをしてカメさんを笑います。

それを聞いた負けず嫌いのカメさんは怒って

「なにを~!じゃあかけっこで勝負してみようじゃないか。

 僕の方が勝つかもしれないよ。」

と、ウサギさんに勝負を挑みました。

「ははは。そんなのオレの方が勝つに決まってるよ。」

これはユカイと、ウサギさんは目から涙を流して笑いました。

こうしてウサギさんとカメさんはかけっこ勝負をすることになりました。

勝負は山のてっぺんまで早く登った方が勝ちです。

よーいどんっとかけっこが始まると、

ウサギさんはあっという間に山を登っていき、カメさんからは

見えなくなりました。

カメさんも頑張って一歩一歩、山のてっぺんを目指します。

しばらくするとウサギさんは後ろを振り返りました。

カメさんはまだ姿も見えないほど山の下の方にいました。

「ほらね。余裕じゃん。うふんふふ~」

ウサギさんは当然と言わんばかりに得意げな顔。

そして、わき目もふらずにそのまま山のてっぺんまで走って行き、

あっという間にうさぎさんは勝負に勝ちました。

「当然、当然、んふんふふ~」

うさぎさんが鼻歌を歌ってから大分経ってカメさんがやってきました。

「はい、ご苦労様。やっぱり俺の勝ちだっただろ。」

うさぎさんはカメさんがさぞかし悔しがってるだろうと思い勝ち誇っていいました。

ところが、カメさんは何食わぬ顔をしてハンカチで汗を拭いています。

ウサギさんは眉間にシワを寄せ少し苛立ちました。

「なんだよ。クールなフリをするなんて逆にださいぜ」

カメさんはその言葉が聞こえないかの様にペットボトルでお水を飲み始めます。

ウサギさんはますます苛立ちます。

「素直に負けましたって言えよ。最初から分かってたことだろ。」

そこでカメさんは初めてウサギさんの方を振り向きました。

「あぁ、負けたよ。負けた、負けた」

カメさんは事も無げに言いました。

「ところで、なぜ君が勝てたか知ってるかい」

「はぁ?そんなのお前が遅いからに決まってるだろ」

「そう、僕が遅いおかげで君はいまは勝つことができたんだ」

「なんだよ、負け惜しみかよ」

ウサギさんは鼻で笑いました。

「どうとでも取ってもらって構わない。ただそれも事実なだけだ。」

「じゃあ、次やったらお前が勝つっていうのかよ。」

ウサギさんは睨むようにカメさんをみます。

「勝つよ」

カメさんは平然とそう言ってのけました。

「お前は頭が悪いんじゃないか。じゃあ、いまやるか。今度は土下座をしろよ」

ウサギさんは白い前歯をむき出しにして変な顔をしました。

「いいよ。負けたら何でもするよ。でも次やるのは太陽が欠ける時だ」

「なんだよ、そんなの何年も先じゃないか。逃げる気か。」

「逃げるわけないじゃないか。僕が勝つんだから。」

「また言いやがった。いいだろう。せいぜい速くなる修行でもすればいい。

 そしてカメに生まれたことを後悔しな」

こうしてカメさんとウサギさんは別れ、勝負の時を待つことになりました。

日食までの数年の間、ウサギさんはもっと速くなるためにランニングを欠かしませんでした。

実はウサギさんはとても努力家だったのです。

次はもっとぶっちぎって、うむを言わさぬほど差をつけて勝つつもりでした。

カメさんはというと、特に修行をするわけでもなく、今までと何も変わらない生活を続けていました。

そうして時が流れ、ついに勝負の時が来ました。

ウサギさんとカメさんは、山のふもとに立ち、お互いを見合っていました。

「土下座の練習をしてきたか」

そう会話の口火を切ったウサギさんは以前よりもムキムキになっており、

白く逆立った毛は限界まで鍛えあげた身体をさらに大きくみせていました。

カメさんは小さなため息とともにしっかりとした声で言いました。

「先に君の敗因を教えておくよ。それはいままで負けることがなく何も学ばなかったことだ。」

「ぬかせ」

審判にはキツネさんが立ち会いました。

「さぁ、御二方、位置について。用意はいいですね。勝負は公正に。恨みっこはなしですよ」

「それでは・・・・・よーい・・・コーン!!」

キツネさんの甲高い声を合図にして、ウサギさんとカメさんは同時に走り始めました。

「コーン」が山びことして跳ね返っている間に、もうウサギさんはカメさんから

見えなくなるほど差をつけていました。

ウサギさんは振り向きもせず一心不乱に頂上だけを目指して走ります。

自分でも驚くほどの速さでした。

最高だ。いま、僕は、風になっている。

自分以外の周りの時間が止まっているようでした。

体中を血流が音をたてて駆け巡っているのを感じます。

もっと、もっと、もっと速く・・・

それはすでにカメさんの存在も消えた自分との戦いでした。

ただひたすらに身体の限界を超えてもなお突き進むという、

スピードを求める者の原始的な欲求でした。

もっと、しなれ。もっと前へ。動け動け、速く速く・・・

東にあった太陽も、頭上にきた頃です。

山の中腹辺りにある大木にカメさんは長い時間をかけてたどり着きました。

そこにはぐったりと横たわっているウサギさんがいました。

カメさんが近づいていくと、息も絶え絶えのウサギさんが身体をピクピクさせています。

相当な勢いで倒れこんだのでしょう。真っ白だった毛は泥色になり、ところどころ皮が見えているところもあります。ウサギさんの体は自分でも気づかないうちに限界を迎えていたのでした。

「大丈夫?」

カメさんは特に驚いた様子もなく、声をかけました。

ウサギさんはぼんやりした目をカメさんに向けるだけです。

カメさんは甲羅の中から手の平いっぱいの水をすくうとウサギさんの口に垂らしました。

ウサギさんは、ううう、と呻き声をあげます。

もう一度甲羅に手を伸ばすと、今度はサングラスをとり、スチャッと装着しました。

「さぁ、もうじき日食だよ。」

カメさんはウサギさんの横に座り、空を仰ぎます。

「君はこれを何回見たことがある」

それはウサギさんに語りかけるというよりも、物語を朗読するような感じでした。

「僕は、それはもう何度もみてきたんだ。太陽が月に食べられるのを。

 強く力のあるものだけが、いつだって天を照らすわけではない、

 そんなことを教えてくれているように思わないかい」

ウサギさんは未だ焦点の定まらない目で、侵食される太陽をみました。

「ウサギが生涯かけて登る山と、カメが登る山は、どちらが多いか考えたことあるかい。

 実はそんなに変わらない気がするんだ。ただ、急ぎすぎると見落とすものが多いよ。僕の方が、君より君をよく見ていた」

昼はすっかり暗くなり、山にはぬるい風が吹きました。

「キツネには、君が眠ってしまっているうちに僕が勝ったと言っておこう。

 悪いけど、僕はまだ見たことのない山を見に行くよ。」

カメさんはゆっくりと立ち上がり、ウサギさんをその場に残して、

のっそのっそとまた山を登り始めました。

ウサギさんは、また顔を現し始めた太陽がマブタにゆっくりと消えていくのを感じながら目を閉じました。

おしまい

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