ある日実家に帰った時のこと。
ある日実家でしばらく過ごすことになった。両親がしばらく祖母の介護のため実家を空けることになるからと、番犬がわりに実家で在宅ワークをしてほしいらしい。
断る理由もないし久し振りに親孝行できる!と二つ返事で了承した。というのは嘘でごねにごねたが、結局少しのお駄賃で手を打つことになった。
「次に実家に帰るときは仕事をやめた時か、夢破れるた時だ。」
そう決心して家を出たはずだが、まさかこんな状況で帰ることになるとは。やめるべき仕事もなく、破れる夢もなく、現実はただただ平坦だった。
*
実家に帰ったからと言って平日の仕事に支障も変化も起こりえない。インターネット環境さえあればどんな環境でも同じように仕事ができるのは本当にありがたいことだ。
小学校に入学すると同時に買ってもらった勉強机にパソコンを乗せて仕事を始めた。ポケモンやミニ四駆のシールが貼られている、たくさんの思い出が詰まっているその机は文字通り大きくなった体を支えるにはやや小さくなっている。
「時間の経過は物の方が教えてくれるのかもしれないな。」感傷的な気分に浸りつつ、しばらく仕事をしていると普段ならない固定電話のベルが鳴った。
親の知り合いなら携帯に電話をかけるだろうと思いつつも電話に出ないのも悪いなと思い電話に出る。
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「はいどうも」
一瞬電話口から息を呑む音が聞こえた気がした。そりゃそうだ、還暦間近な両親しか住んでいないはずの実家に突然若い男の声が聞こえたのなら身構えるのも仕方がない。
「かてきん様のお宅でしょうか?」
「はいそうです。」
「お世話になります。〇〇生命の山田です。先日の新しい保険の契約の話ですが、今お時間よろしいでしょうか?」
どうやら父親にかかってきた保険のセールスの電話らしい。加えて僕のことを父と勘違いしているようだ。
そのまま父のふりして話を聞くのも面白いと思いつつ、そんなに暇ではないので間髪入れずにこう言った。
「すみません。私は息子でして今は父は不在ですので、折り返し連絡させましょうか?」
予想外の回答が返ってきたのか、再び空気が凍る気配がした。押し売りの電話であれば勝利宣言すべきだが、今回はそういう勝ち負けは求めていない。
不味いことになってしまった。とやや焦ったのも束の間、痛烈なカウンターパンチをいただくことになった。
「そうなんだ。お父さん、いつ帰ってくるかわかるかな?」
三十路前に子供扱いされるとは思わず動揺を隠せなかったが、動揺を悟られないようにシンプルにこう言った。
「お父さんは夕方まで帰ってこないです。また掛けてください。」
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この後数回両親宛に電話がかかってきたが、どの人も「お父さん(お母さん)、いつ帰ってくるかわかる?」という、三十路前の男には失礼とも取れる言い回しをしてきた。
それほどまでに独身実家暮らしが珍しいのか、在宅ワークが珍しい世の中なのかはわからないが、少なくとも平日昼間の家にいる男は子供と見られるのは確からしい。
普段と違うことをすると、予想もできない結果が生まれる。
厄介なことも多く、コントロールできない事象は精神衛生上良いとは言いにくいかもしれないが、それはそれはとても面白いことだとつくづく思う。
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