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【台本】案ずるより産むが易し

《作》 U木野

あらすじ

弁当屋での人々

登場人物

柳あさみ(やなぎ・あさみ)
お弁当屋さん。女性。44歳。

柳康太(やなぎ・こうた)
あさみの息子さん。高校1年生。16歳。


本文

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――午前9時
――人妻弁当

柳康太
「どういうこと?」

柳あさみ
「珍しくお店に来たかと思ったら……何この子。なぜなぜ期? それとも、なぁぜなぁぜ期?」

柳康太
「母さん弁当屋さんだよね」

柳あさみ
「そうね。ここ『人妻弁当』の店長ね」

柳康太
「その店名についてはまた後で話すとして、何でそんな弁当屋の母さんが、チュロス売ってんの?」

柳あさみ
「今日から発売なのに、どこからその情報を? 産業スパイ?」

柳康太
「パートの佐々木さんからメッセージもらったんだよ『お母さんが、何故かチュロスを看板商品として売り出そうとしている。私たちじゃ手に負えないから、康太くん、止めて』って」

柳あさみ
「しーちゃんの仕業か。あ、そうだ、折角来たんだし、こー君も一本食べてく?」

柳康太
「食べないし、外でその呼び方やめて」

柳あさみ
「判ったよ、こーたん」

柳康太
「ひどくなってる」

柳あさみ
「こーたんクリニック」

柳康太
「美容整形でもやっとるんか」

柳あさみ
「先生、もうちょっと私の鼻を高くしてもらえませんか」

柳康太
「あなたの息子は、この俺です」

柳あさみ
「うぇーい、天狗な息子を持って、親子ともども鼻高々ー!」

柳康太
「んで、なんで弁当屋でチュロスを売ろうとしてんの?」

柳あさみ
「同じ食べ物だから、そこまでおかしなことではないんじゃないかしら? ほら、プリンやクッキーを食後のデザートとして売っているお弁当屋さんもあるし」

柳康太
「今までプリンとか売っているんだったらまだ判るけど、ここ、じいちゃんの代から弁当一筋の弁当屋じゃん。そのデザート第一号がチュロスって……やっぱ変だよ」

柳あさみ
「そうは言うけど……元を正せば、こー君のせいよ?」

柳康太
「はぁ?」

柳あさみ
「前にテレビでやっていたんだけど、ほらこー君もみたでしょ。オレンジマンが司会のバラエティ番組で。夢の国を特集していたやつ」

柳康太
「ああ、うん。んで?」

柳あさみ
「そこでロケに出ている人たちがみんなチュロス食べてたの覚えてない?」

柳康太
「そうだったっけ?」

柳あさみ
「おい高校生、その年でその記憶力はまずいんじゃないの?」

柳康太
「あれは2週間くらい前の番組だし、しかも友達とメッセージのやりとりしながら観た番組だから。覚えてなくてもおかしくない!」

柳あさみ
「我が子ながら、なんて情けない言い訳……」

柳康太
「情けなくない! 堂々としている!」

柳あさみ
「とにかく、そのロケで、出演者がみんなチュロス食べてたのね」

柳康太
「うん」

柳あさみ
「だからうちでも売ることにしました」

柳康太
「我が親ながら、なんて下手くそな説明……」

柳あさみ
「下手くそじゃない! 簡潔なだけ!」

柳康太
「今の説明だとどう正しても、俺の元に辿りつけないんですが」

柳あさみ
「……ここまで言ったのに、本当に覚えてないの?」

柳康太
「ここまで、と言われるほど情報をもらってないのですが」

柳あさみ
「ほら、その番組を見ている途中、私、こー君に尋ねたのよ『なんでこの人たちは色んな食べ物があるはずなのに、みんなチュロスを食べてるの?』って」

柳康太
「んで?」

柳あさみ
「その質問に、こー君はこう答えました。『チュロスは定番だから、みんな注文しなきゃいけないんだよ』と」

柳康太
「あー……確かに、そんなこと言ったかも」

柳あさみ
「思い出した?」

柳康太
「何となく」

柳あさみ
「じゃあ、その後こー君なんて言ったか覚えてる?」

柳康太
「何か言ったっけ?」

柳あさみ
「覚えてないか」

柳康太
「何そのリアクション。俺、何て言っちゃったの?」

柳あさみ
「『そうだ。母さんのとこでもチュロス販売してみれば? 意外とバズるかもよ』って言いました」

柳康太
「え? ……あー、ガチでやる人いるんだ。しかも身内に」

柳あさみ
「思い出した?」

柳康太
「でも、あれはその場限りの軽口っていうか。まさか本気にするなんて思わなくない?」

柳あさみ
「私と何年一緒にいるの? 私はみれいちゃんの『人妻弁当って店名にしたら、大盛況なんじゃん?』の言葉を真に受けて、おじいちゃんから受け継いだ店の名を変えるような女だよ?」

柳康太
「凄い説得力!」

柳あさみ
「というわけで、このチュロスはこー君のアドバイスによって生み出されたお菓子です。納得していただけたかな?」

柳康太
「なんか、はめられた気分」

柳あさみ
「どちらかと言うと、私の方が、じゃない?」

柳康太
「まぁ、チュロス売るのは、俺のせいだから百歩譲ってそれでいいとして、弁当のエリアより、チュロスのエリアの方が大きいというのは?」

柳あさみ
「そんなの簡単でしょ」

柳康太
「なに?」

柳あさみ
「調子に乗って作りすぎたのです」

柳康太
「いけしゃあしゃあと」

柳あさみ
「こー君にご報告があります」

柳康太
「なんですか?」

柳あさみ
「母さん、チュロス作りの才能があるようです」

柳康太
「……おめでとうございます」

柳あさみ
「あやとりの才能の方が良かったなぁ」

柳康太
「あ、さっきのは残念な報告だったのか」

柳あさみ
「あと射撃」

柳康太
「そうだね。その2つの才能持ってたら、未来から青い瓢箪みたいな形をしたロボットが助けにきてくれるもんね」

柳あさみ
「ウフフフフフフ、どくボラえもんです」

柳康太
「(ため息)チュロス売ってもいいけど、弁当をおろそかにしないで下さい。スペースもほら、作ったもの全部並べるんじゃなくて、半分は店の奥に……ていうか、普通チュロスは注文を受けてから揚げるもんだからね」

柳あさみ
「そうなの?」

柳康太
「そんなことも知らずに始めたんかアンタ」

柳あさみ
「私はアンタを、親に向かってアンタ呼ばわりするアンタレスに育てた覚えはありません!」

柳康太
「俺も星になった覚えはありません。今は――9時か。開店時間まであと1時間あるし、俺も手伝うから、あといくつか弁当作ってもらって、ディスプレイし直そう」

柳あさみ
「我が子ながら、しっかりしてるわ」

柳康太
「その通り! 俺はしっかりしている!」

柳あさみ
「ただ、こー君さ」

柳康太
「ん?」

柳あさみ
「学校はどうしたの?」

柳康太
「んん?」

柳あさみ
「いや、んん、じゃなくて、学校。今日平日よね」

柳康太
「それは、ほら。一時限目、英語だから」

柳あさみ
「は?」

柳康太
「ほら、俺って純日本人だから。英語は捨てたんだ」

柳あさみ
「捨てるな。普段英語に触れない日本人だからこそ、英語の授業は最優先で受けなさい」

柳康太
「あと俺、絶賛不良中だし」

柳あさみ
「ヤンキーを気取るのはいいけど、授業は受けなさい。こちとらアンタのためにお金払って通わせてるんだから。あと、ダブったヤンキーほど周りが気を使うものないんだからね」

柳康太
「……へーい」

柳あさみ
「返事は『はい』!」

柳康太
「はーい」

柳あさみ
「まぁ、いいでしょう。行ってらっしゃい、若者」

柳康太
「行ってきます。あー、じゃあ、ちゃんと俺が言ったように弁当ディスプレイし直しなよ」

柳あさみ
「……へーい」

柳康太
「返事は『はい』!」

 

【終】

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