【台本】ランプの灯り
《作》 U木野
あらすじ
洋食店での人々
登場人物
久保義弘(くぼ・よしひろ)
洋食店『ランプ』店主。64歳。男性。
河村さあや(かわむら・さあや)
18歳。女性。
本文
――千葉県 貝凪町
――午後11時20分
――洋食店『ランプ』
河村さあや
「すみません、まだやってますか?」
久保義弘
「……どうぞ」
河村さあや
「ラッキー、お邪魔しまーす」
「うわっ、雰囲気、エモっ! この感じ好きだわー」
久保義弘
「ありがとうございます。メニューはそこに」
河村さあや
「はーい。にしても珍しいですね。こんな時間まで開いてる洋食屋さんって。大体こういうところって10時くらいには閉めません?」
久保義弘
「うちも午後10時が閉店時間ですよ」
河村さあや
「え? あれ、でも、今11時過ぎてますけど」
久保義弘
「……今夜は、特別ですから」
河村さあや
「特別?」
久保義弘
「今日で閉店なんです。この店」
河村さあや
「え?」
久保義弘
「だから今日は、一日が終わる11時59分まで営業しようかな、と。ですので、おそらくお姉さんが最後のお客様です」
河村さあや
「……本当に閉店しちゃうんですか?」
久保義弘
「……祖父が開店して、母に受け継いで、それを私が引き継いで……妻と二人三脚でやってきたんですが、先月妻の腰が悪化しましてね。私も身体にガタがきてますし、ここらが引き時かなって」
河村さあや
「後継者や、お子さんは?」
久保義弘
「娘が3人いるんですが、3人とも家庭に入っていますし、何より、本人たちにその気がないでしょうから」
河村さあや
「……お店は何年続いたんですか?」
久保義弘
「今年で80年です」
河村さあや
「すごっ。あと20年で100年じゃないですか。もうちょっとやってみてもいいんじゃないですか?」
久保義弘
「……ははは、20年はもうちょっと、という長さではないですよ」
河村さあや
「それもそう、か。あ、そうだ。おすすめは何ですか?」
久保義弘
「オムライスです」
河村さあや
「卵はとろとろですか? それともしっかり焼いてる感じ?」
久保義弘
「後者です」
河村さあや
「しっかり焼いている方!? え、上にかかっているのは?」
久保義弘
「祖父の代から伝わる、自家製のケチャップです」
河村さあや
「っ! パーフェクト!」
久保義弘
「パーフェクト?」
河村さあや
「パーフェクトですよ、おやじさん! 私、そういうオムライスが大好きなんです!」
久保義弘
「そうでしたか」
河村さあや
「最近はとろとろが主流だから、基本自分で作るしかなくて。丁度2日前も自分で作ったんですけど、でも自分で作るとやっぱり家庭の味で……お店の味が食べたいな、と思っていたところなんですよ。しかも洋食屋さんのケチャップ! 私デミグラスよりも、ケチャップ派なんで、マジ完璧!」
久保義弘
「それはそれは」
河村さあや
「まさかここでそんな理想のオムライスと出会えるなんて……運命かもしれませんね」
久保義弘
「運命?」
河村さあや
「昨日までならこの時間、お店は営業時間外で開いてなかったみたいだし、明日以降は閉店されているとのことなので、これはもう運命かな、って」
久保義弘
「確かに……そうかもしれませんね」
河村さあや
「ね! デスティニー! ……おやじさん?」
久保義弘
「……失礼。年をとると涙腺が緩くなっていけませんね」
河村さあや
「……」
久保義弘
「では、お客様、ご注文をいただいてもよろしいでしょうか」
河村さあや
「はい」
「では――コーラフロートを3杯お願いします」
久保義弘
「…………はい?」
河村さあや
「ん?」
久保義弘
「いや……コーラフロートを?」
河村さあや
「3杯です」
久保義弘
「そう、ですよね……」
河村さあや
「もしかして、材料ないんですか?」
久保義弘
「いや、それは……ありますけど……」
河村さあや
「よかったー、じゃあ、お願いしま~す」
久保義弘
「……ひとつ質問よろしいですか?」
河村さあや
「なんですか?」
久保義弘
「デスティニーはどこに?」
河村さあや
「デスティニー?」
久保義弘
「さっき言ってませんでしたか。今日この店に来たのはデスティニーだって」
河村さあや
「あ、はい。言いましたよ」
久保義弘
「理想のオムライスを食べられるとは、という意味のことも言ってませんでしたか?」
河村さあや
「言いましたよ」
久保義弘
「それで、コーラフロート?」
河村さあや
「を、3杯」
久保義弘
「なんで?」
河村さあや
「飲みたいから? あ、でもアイスも乗ってるし、食べたいから、かしら」
久保義弘
「オムライスは?」
河村さあや
「後日?」
久保義弘
「話聞いてましたか? ここ、今日で閉めるんですよ」
河村さあや
「あ、それは判ってますよ。後日っていうのは、またどこかの店で食べるって意味です」
久保義弘
「さっき、しっかり焼きのオムライスを出してくれる店がない、みたいなこと言ってませんでしたか?」
河村さあや
「ほんとそう。でも私は諦めません! いつか必ず見つけてみせます!」
久保義弘
「いや、だから、ここにあるんですって」
河村さあや
「? そうですね」
久保義弘
「いや、そうですね、でなくて……注文しないのですか?」
河村さあや
「だから、コーラフロートを――」
久保義弘
「オムライスは?」
河村さあや
「いりません」
久保義弘
「……」
河村さあや
「……」
久保義弘
「……判りました。閉店記念です。無料でご提供いたします」
河村さあや
「え、コーラフロートをタダにしてくれるってこと? 3杯とも?」
久保義弘
「でなくて、オムライスをサービスでお出しします」
河村さあや
「え、いりませんよ? そんなお腹入らないし」
久保義弘
「ならば、コーラフロートのご注文を1杯だけにしてみては?」
河村さあや
「チッチッチッ。判ってませんね~、3杯頼むから、背徳感と贅沢感が出ていいんですよ。1杯だけ注文するくらいなら、注文しません」
久保義弘
「なら、注文しないで、オムライス食べればいいじゃないですか」
河村さあや
「はぁ? なに言っているんで――」
久保義弘
「閉店なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
河村さあや
「え、なに、怖っ……」
久保義弘
「今日、閉店なんだよ! あんたが最後のお客さんなんだよ! それなのに、コーラフロートって、コーラフロートって……!」
河村さあや
「駄目なんですか?」
久保義弘
「駄目だよ!」
河村さあや
「駄目なんだ!?」
久保義弘
「80年続いた洋食屋の最後に出したメニューがコーラフロートだなんて、そんなみっともない話、聞いたことありますか!?」
河村さあや
「みっともないかなぁ?」
久保義弘
「みっともないでしょ! だってあれ、コーラにアイスぽちゃんで完成ですよ! 料理人の腕、一切関係なし!」
河村さあや
「いや、センスとか」
久保義弘
「あんなのにっ、いらんわっ、そんなのっ!」
河村さあや
「スタッカートを利かせて」
久保義弘
「『引退シェフが集まるお洒落なパーティーにて』」
河村さあや
「なんか始まった」
久保義弘
「『私は銀座のホテルで20年シェフをやったんですが、その最後のお客様は外務大臣のご家族で、最後に出した料理はビイフシチュウだったんですよ。あれは、私の人生で一番の出来でしたねぇ。うん』」
河村さあや
「なにこれ?」
久保義弘
「『僕は英国の大使館で16年腕を振るいました。大使の希望で、最後に出した料理は天ぷらそばでしたねぇ。思い出の料理です。はぁい』」
河村さあや
「落語してんのかな?」
久保義弘
「『私は函館で30年、ラーメン屋をやりました。不器用な男なもんですからねぇ。うちはメニューがひとつしかなくて、最初の料理も、最後の料理も、変わらず塩ラーメンでした。最後のお客様は……実は、妻でしてねえ。あの笑顔、忘れらんねえな。久保さんは?』」
「――と、聞かれた際、私はどう返せばいいですか!?」
河村さあや
「そんな状況起こりますか? あと、出てくる人物もれなく鼻につくんですけど」
久保義弘
「起こるか、じゃありません。起こった時のことを言っているんです。それに、こんなパーティーに出席する人ですよ。そんなの鼻につく人しかいないでしょ」
河村さあや
「あ、偏見の人だった。っていうか、もし、そんなことが起こったとしても、普通にあったことを話せばいいんじゃないですか?」
久保義弘
「普通にあったことって……」
「『へい、あっしは、千葉の貝凪っていうケチな町で、祖父の代から80年続く洋食屋をやってました。やってました、ていうか、あっしが終わらせちまいましたってかんじなんでやんすけどね、へへっ。最後のお客様は派手な髪色の常識知らずの薄汚ぇ小娘で、最後に出したのはドブみたいな色のコーラフロート3杯だったんでさぁ』」
「って答えろっていうんですか? 鼻で笑われるわ!」
河村さあや
「いや、卑屈すぎて笑えないし、引くと思う」
久保義弘
「だからお願いします。オムライスを頼んでください!」
河村さあや
「お断りします」
久保義弘
「お願いします!」
河村さあや
「オムライスの口じゃないし」
久保義弘
「そう言わず!」
河村さあや
「2日前にも食べたし」
久保義弘
「それ自分で作ったやつでしょ! うちのオムライスじゃないでしょう!」
河村さあや
「そこまで違わなくない?」
久保義弘
「お店の味ぃ!」
河村さあや
「そんな力強く――」
久保義弘
「お店の味ぃぃぃぃ!!」
河村さあや
「……判りましたよ」
久保義弘
「っ! 注文していただけるんですか!?」
河村さあや
「3日後に、ね」
久保義弘
「は?」
河村さあや
「今はオムライスの口じゃないので、3日後に注文します」
久保義弘
「話聞いてました? 今日で店閉めるんですけど」
河村さあや
「いや、だからそれを延ばしてもらって」
久保義弘
「できません!」
河村さあや
「歯医者でも予約の変更できるのに?」
久保義弘
「歯医者の予約と飲食店の閉店一緒にすんな!」
河村さあや
「えー……」
久保義弘
「……もういいです。閉店時間です。お帰りください」
河村さあや
「は? 今日が終わるまで時間はまだありますけど」
久保義弘
「お姉さんのひとつ前のお客様がオムライスを注文してくれていたので、それがラストオーダーだったことにします」
河村さあや
「この店、最後に不正行為をして終えるんですか。サイテー」
久保義弘
「……こんガキ」
河村さあや
「仕方ないなぁ……おやじさんのためにも、妥協案といきましょうか」
久保義弘
「妥協案?」
河村さあや
「私、現在無職なんですよね。いわゆるプーさん。もしくは特殊部隊ニート」
久保義弘
「は? はぁ」
河村さあや
「だから、継いであげますよ。この店」
久保義弘
「あ?」
河村さあや
「後継者がいないから閉めるんでしょ? 私が後継者になってあげるから、閉めずに済みますよ。やったね!」
久保義弘
「……帰れ」
河村さあや
「え?」
久保義弘
「帰れぇぇぇぇぇぇ!」
河村さあや
「わっ、逆ギレ!?」
久保義弘
「逆じゃねぇ! 今すぐ私の視界から消えろ、このクソガキ!」
河村さあや
「とほほ。洋食屋なんて、こーりごーりだーい」
久保義弘
「てめぇに言う権利はねぇ!」
【終】