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【台本】拝啓、正義のアマゾネス様

《作》 U木野

あらすじ

路上での人々

登場人物

ヴェルサイユ仮面(う”ぇるさいゆ・かめん)
貝凪町の非公認ヒーローさん。25歳。女性。

永田慎太郎(ながた・しんたろう)
巡査さん。34歳。男性

強制協力

KTA様

本文

ヴェルサイユ仮面
 この町には正義が必要だ。
 それは、警察のような職業としての正義ではない。
 悪が。
 社会の闇が。
 そいつには近付きたくないと。
 目にするのも、同じ空気を吸うのも拒否するような。
 心の底から嫌悪するような。
 ただそこにいるだけで、闇を払うような。
 そんな圧倒的なカリスマ性を持ったヒーローが、この貝凪町かいなぎちょうには必要なのだ。

 だからあたしは、この町のヒーローになることを決めた。

   ■

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――午前11時30分
――住宅街

永田慎太郎
「あなたはヒーローで、この町の平和を守るためにパトロールをしていた……と」

ヴェルサイユ仮面
「はい」

永田慎太郎
「なるほど……」

ヴェルサイユ仮面
「誤解は解けましたね、では、パトロールがありますので。アデュー!」

永田慎太郎
「え、駄目ですよ?」

ヴェルサイユ仮面
「どうしてですか?」

永田慎太郎
「どうしても何も……あなたが不審者だからです」

ヴェルサイユ仮面
「いやだから、さっきも言ったようにあたしは不審者じゃありません。ヒーローです」

永田慎太郎
「……名前をもう一度」

ヴェルサイユ仮面
「愛と正義の使者! この町の守護神! そう、あたしの名前は、ヴェルサイユ仮面! たみに代わって――おしおきギロチンよ!」

永田慎太郎
「いえ、それでなくて本名。佐藤さんでしたっけ、鈴木さんでしたっけ、それとも月野さんでしたっけ?」

ヴェルサイユ仮面
「……佐藤すず季です」

永田慎太郎
「いいですか佐藤さん、冷静になって今一度ご自身の格好を見てください」

ヴェルサイユ仮面
「格好?」

永田慎太郎
「右手にピザカッター。頭に黒革のハンチング帽。顔には紫の――デスゲームの観覧をしている変態貴族がつけてそうなマスク」

ヴェルサイユ仮面
「ベネチアンマスク」

永田慎太郎
「帽子と同じく黒い革のロングコートは前開きで、インナー……というか下着が丸見え。そしてトゲがギラギラついた銀色のスニーカー。こういう人のことを世間ではなんと呼ぶか知っていますか?」

ヴェルサイユ仮面
「ヒーロー?」

永田慎太郎
「変質者と呼ぶんです」

ヴェルサイユ仮面
「不審者よりひどくなっている……!?」

永田慎太郎
「私よりも世間の方が厳しいので」

ヴェルサイユ仮面
「いや、でもよく見てください。下はパンツじゃなくて、レギンスですよ」

永田慎太郎
「そうですか。でも上は下着ですよね?」

ヴェルサイユ仮面
「知らないんですか? これ、見せてもいいブラなんですよ。こういう下着を見せるファッションが今ニューヨークで流行っていて――」

永田慎太郎
「知りませんし、ここは千葉です。ていうか、それがヒーローがする格好なんですか?」

ヴェルサイユ仮面
「ヒーローに決まった格好があるんですか?」

永田慎太郎
「知りません。でもおそらく、ないのでしょうね。ないのでしょうが、その格好は間違いなく間違いです」

ヴェルサイユ仮面
「なんでですか」

永田慎太郎
「子供に見せたくないからです」

ヴェルサイユ仮面
「ぐぅ……」

永田慎太郎
「あと、センスが悪い」

ヴェルサイユ仮面
「がっ……!」

永田慎太郎
「そして、単純に似合っていない。というか馴染んでいない。着ているというより、着られてますよね。恥ずかしくないんですか?」

ヴェルサイユ仮面
「……それに関しては、マジで言わないでもろうて」

永田慎太郎
「とはいえ」

ヴェルサイユ仮面
「とはいえ?」

永田慎太郎
「幸い、通報も受けていませんし、事件も起こしていないようなので――」

ヴェルサイユ仮面
「ヒーローですからね☆」

永田慎太郎
「……今回はここでの注意だけで済ませることにします。ですが、また同じようなことをしたら……その時は容赦なく県警送りにしますので、二度とあやまちを犯さないようにして下さいね」

ヴェルサイユ仮面
「あやまちって……この格好が駄目ってことですか?」

永田慎太郎
「はい。あと、パトロール……ヒーロー活動とやらもやめてください」

ヴェルサイユ仮面
「え、でもヒーローがこの町には必要で――」

永田慎太郎
「必要ありません。そもそも何故そんなことを思ったのか」

ヴェルサイユ仮面
「何故って……刑事さんがそれを言うんですか?」

永田慎太郎
「どういう意味ですか?」

ヴェルサイユ仮面
「この町で連続殺人事件が起こっているんですよ! 令和の切り裂きジャック事件! あなたたち警察に任せていても一向に解決しないから。だから――」

永田慎太郎
「それが理由なら、やはりヒーローは必要ありません。すでに事件は解決しましたので」

ヴェルサイユ仮面
「は? 犯人が捕まったなんて話、聞いてませんよ?」

永田慎太郎
「……報道はされていませんが、事件は無事解決されました。お疲れ様です」

ヴェルサイユ仮面
「じゃあ、犯人は誰だったんですか?」

永田慎太郎
「それは……守秘義務がありますので」

ヴェルサイユ仮面
「守秘義務も何も……20人近くの人間を手にかけた奴ですよ。なんでそんな奴を――」

永田慎太郎
「ともかく事件は解決したんです。その証拠に、ほら、最後の事件から2ヶ月近く経った今、もう事件は起こっていないでしょう。だから、ヒーローは必要ないんです」

ヴェルサイユ仮面
「……もし、刑事さんの言うとおり、本当に通り魔事件が解決していたのだとしても」

永田慎太郎
「本当です」

ヴェルサイユ仮面
「この町では、怪盗騒ぎがあったり、町民全員が2日間の記憶喪失になったり、神隠しや、寺院崩壊や、マーモットのスプレーアートや、他にも色々なことがあったじゃないですか! そんな事件が頻発するこの町に、ヒーローが必要なくて、何が必要だって言うんですか!?」

永田慎太郎
「監視カメラですかね」

ヴェルサイユ仮面
「そういう設備的なやつじゃなくて!」

永田慎太郎
「少なくともヴェルサイユ仮面などというへんてこな不審者は必要ありません」

ヴェルサイユ仮面
「ヒーローだっつうの!」

永田慎太郎
「ともかく駄目なものは駄目です。それでもどうしても私の言葉が受け入れられないのであれば、誠に遺憾ではございますが、ルールに従って県警に連行することになりますが……どうしますか?」

ヴェルサイユ仮面
「……」

永田慎太郎
「あ、そうだ。パトロールしたいのであれば、毎週町内会で防犯巡回活動をしているので、それに参加してみてはいかがですか?」

ヴェルサイユ仮面
「それ、ヒーローじゃなくて、モブじゃないですか」

永田慎太郎
「……ヒーローだの何だの言う前に、佐藤さんはまず、自らの性根を叩きなおすことをお勧めします」

ヴェルサイユ仮面
「どういうことですか?」

永田慎太郎
「とにかく、パトロールを含めたヒーロー活動はやめること。今回のように職務質問で済むならまだしも、通報されて連行される、なんてことも大いにありえますし。何より、危ないので。判りましたね?」

ヴェルサイユ仮面
「……」

永田慎太郎
「判りましたね?」

ヴェルサイユ仮面
「……はい」

永田慎太郎
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「では、後ろのパトカーに乗ってください。ご自宅までお送りします」

ヴェルサイユ仮面
「え、パトカー!? あ、本当だ! いつの間に!?」

永田慎太郎
「先ほど交番に連絡して、来ていただきました」

ヴェルサイユ仮面
「乗せて、送ってくれるんですか?」

永田慎太郎
「もう一度冷静になってご自身の格好を見てください。こんな人をこのまま路上に出したままにしておくわけにはいかないでしょう。佐藤さんのためにも。この町のためにも」

ヴェルサイユ仮面
 刑事さんはパトカーに乗らず、元々乗っていた女性の刑事さんが、あたしを家の前まで送ってくれた。
 鍵を開け、家に入ると、かぶっていたハンチングと、壁にかかっているキャップとを入れ替える。
 キャップはあたしのものではない。彼氏のものだ。まぁ、ヒーロー活動に関して賛同してくれた彼のことだ。事情を知れば許してくれるだろう。
「ヴェルサイユ仮面――ライジング!」
 今作った新しいヒーローの名前をたずさえ、あたしは再び家を出た。

   ■

ヴェルサイユ仮面ライジング
 この町には正義が必要だ。
 それは、警察のような職業としての正義ではない。
 町内会の防犯巡回のような、正義の味方でもない。
 悪が。
 世界の闇が。
 そいつには近付きたくないと。
 目にするのも、同じ空気を吸うのも拒否するような。
 心の底から恐怖するような。
 ただそこにいるだけで、闇を祓うような。
 そんな圧倒的なカリスマ性を持ったヒーローが、この貝凪町かいなぎちょうには必要なのだ。

 だからあたしは、この町のヒーローを続けることに決めた。

   ■

ヴェルサイユ仮面ライジング
 15分後。

永田慎太郎
「いや……ですからね、佐藤さん」

ヴェルサイユ仮面ライジング
 再び鉢合はちあわせた刑事さんの手によって、あたしは再び家に戻された。
 どうやらヒーローの道は、想像以上に険しいようだ。 
 ――あたしの戦いは、始まったばかりだ!

「ヴェルサイユ仮面――ガトリング!」



【終】

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