1. 我が家に女の子が
「……こ、こんにちは。はじめ、まして……」
緊張でカチコチに固まった女の子を黒が連れてきたのは、翌日のことだった。
「どうどう!? 可愛くない!? 超絶ヤバいっしょ! くっはー!」
いつも通りのマイペースで雑にケラケラ笑う黒とは対照的に、目の前の女の子は俯きながらどんどん縮こまる。
……確かに、可愛い。顔立ちが整っていることはもとより、腰元までゆったりと伸びたロングヘアーは軽やかなウェーブを描き、胸元から腰にかけての曲線美が黒の五倍くらい起伏に富んでいる。
なにより……なんだろう、この不思議なオーラ。
嗜虐心を煽るというか、いじめてください系というか、なんだか無性に構いたくなってしまう。それが彼女の、一番の魅力な気がした。
「えーっと。とりあえず、どうぞ……?」
我ながらよくわからない疑問形で出迎えつつ、中へと招き入れる。
残念ながら、来客用のスリッパなどないから、そのまま上がってもらうしかない。というか、スリッパ以前に、基本的なものがなにもない。テレビも、ラジオも、パソコンも、椅子すらない。実のところ、僕はスマホすら持っていなかった。
広いLDKの部屋にあるのは、ローテーブルといくつかのクッションのみ。
あとはせいぜい、黒が「着替える時、不便でしょ!」と強要したカーテンがあるくらいだ。
「……なにも……ないんですね……」
特に悪気はなさそうに、思わず、といった感じで女の子が呟く。
後から入ってきた黒が「ちっちっちっ」と指を振りながら、「なんにもないが、あるんだよ!」と訳知り顔で語っていた。……いや、事実、なんにもないよ。
「黒はいつものカフェオレだろ? きみはなにか飲む?」
「ええっと……! はい! な、なんでも……」
「なんでも、が一番困るんだよね。出せるかどうかはともかく、好きな飲み物とかある?」
「えっと……レモネード、が好きですけど……」
「了解。レモネードね」
「あるんですか!?」
「あるよ」
正確には、ないから作る。
コンロでお湯を沸かしている間に、砂糖とハチミツを戸棚から、レモンを冷蔵庫から取り出す。我が家には物がほとんどないが、食材はそれなりにあるのだ。
インスタントで満足する黒のカフェオレも淹れて部屋へ向かうと、初対面の女の子がカチコチで正座し、黒はごろ寝でジャ○プをめくっていた。……お前、昨日もそれ読んでただろ。
「どうぞ」と言ってレモネードを差し出し、黒には「ほい」っと適当な調子でマグカップを床に置く。「あ、ありがとうございます!」という切羽詰まった返事と、「ありー」という気楽な返答が返ってきた。
「……おいしい……」
ほう、と息をついた女の子が頰を緩める。どうやら、お口に合ったようだ。
自分の分の白湯をすすりながら、これからどうするかなぁ……とボンヤリ考えていると、再び居住まいを正した女の子がきちんとした姿勢で頭を下げた。
「あの! 一学年の白河静(しらかわ しずか)と言います! 白い静かな河、で白河静です!」
「う、うん。僕は七篠透(ななしの とおる)。漢数字の七に篠田川の篠、透き通るの透きで透(とおる)だ」
「七篠センパイ!」
「は、はい」
「突然のことで大変恐縮なのですが、今晩、泊めて頂けないでしょうか!!」
「べつに、いいけど」
「でも、事情は聞かないで頂きたいというか!!」
「わかった」
「お、大人な返礼はできませんが、いつか必ず、なんらかの方法で恩返ししますので……!!」
「大した手間じゃないし、気にしなくていいよ」
「いいんですかっ!?」
「いいよ」
はあ、はあ……と肩で息をしながら固まる女の子……もとい、白河さん。
床にごろ寝していた黒が僕の服の裾を引っ張り、「やったね!」とニヤニヤしていた。……全然、やってねーよ。
こうして、どう考えてもワケありで初対面な女の子が、我が家に泊まることになった。