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不思議の国の豊6/#神を名乗る悪魔たち・序章
#神を名乗る悪魔たち・序章
前回は
ここまで。そして、
#僕の小学校
僕は小学校の中学年になっていた。
僕は小学校に入ってからの出来事はよく覚えていた。
かもしれない。
しかし他の子たちはもっと色々覚えているようだった。
順序はばらばらだが、
多分、入学式の日の記憶だ。
父の豊作が鉛筆を丁寧に削ってくれた。
机の上において、鉛筆を穴に差し込み
ハンドルをくるくる回すと、
芯の出てない新しい鉛筆が書けるようになる
鉛筆削りも祖父かだれかが買ってくれていたが、
父のナイフで削ってくれた鉛筆の先と、
鉛筆の頭の名前を書くところが、
切れ味の良いナイフで、丁寧に削られており、
僕はうれしかった。
小学校に入って教科書が配られた。
母の貞代が、教科書とノートとそのほかの文房具に
美しい字で僕の名前を書いてくれた。
その字は、1学年20人ほどしかいない
クラスの誰の名前より美しかった。
入学式の父と母は、美しいカップルだった。
僕は和服がよく似合う母も、
洋服が似合う父も誇らしかった。
学校には目を見張ることばかりだった。
僕は、授業で習うまで、
自分の名前以外はひらがなも、
カタカナも漢字も読めなかった。
数字も、一円、五円、十円
の1、5、10ぐらいしか知らなかった。
だから授業は楽しかった。
担任の先生は、若い女性の優しい人で、松井先生と言った。
その人の授業は僕を夢中にさせた。
教室内だけでなく、学校の階段や運動場や
下を流れる川までもが、教室になった。
そこへの行き帰りには四方の山に
僕たちの歌声や、はしゃぐ声が響き渡った。
小学校は河口(こうぐち)小学校といって、
二つの川の合流地点の又の部分に
昔、森林鉄道が入っていたところが
人の通る道になった交差点の橋の
30メーターほど上に坂道を上がると
校庭があり、その1階分高いところに
平屋の長い校舎があった。
その中は校庭から見て右側の階段を上がると、
山側の廊下沿いに、
1年生から6年生の教室が手前からならんでいた。
それが終わると、渡り廊下を伝って、
別棟があり、そこの職員室と、音楽室、理科室、
保健室などがあった。
学校は周りの山の中腹にある国道や村道から見れば
谷底に横たわる、小さな細長い小屋のような物でしかなかった。
そこに、1周で100メートル取れるかどうかの
運動場がへばりついていた。
僕はすべての授業が楽しかった。
しかし、走るのは嫌いだった。
だから、学校の行き帰りに急に雨が降り始めて、
傘を持ってないときでも、僕は走らなかった。
入学式から、僕のように初めて文字や数字を習う者もいれば、
ひらがなは全部書けて、名前も漢字で書ける子もいた。
数字も100まで数えられる子もいた。
その楽しさの詰まった河口小学校は、
僕が2年生の夏休み、高知県を襲った台風の大雨で、
裏山が崩れて、校舎はへの字型に曲がって
への字の真ん中は校庭に大きくせり出して
空中にぶら下がっていた。
僕たちは村の中心地にある村で一番大きな小学校
大栃小学校の空き教室を借りて、
そこに通うことになった。
以下次号に続く。