夏の特等席
大学3年生の夏の終わり、私はかねてより憧れていた人から花火に誘われてひどく浮かれていた。
海上から打ち上がる花火を見るため、最寄りの駅で待ち合わせをする。
暗くなるのを待って海岸に向かい、砂浜に続く階段に腰を下ろした。
彼がレジャーシートの代わりに、おしゃれな布をさっと広げてくれた。
花火が始まってからはあっという間だった。
初めは「今のきれいだったね~」なんて話していたのに、いつのまにか花火の音だけが響いていて、私は一度だけ光に照らされている彼の横顔を盗み見た。
慎重に、気が付かれないように。
その晩は沿線の港町にあるゲストハウスに一泊した。
ロビーで落ち合い、深夜遅くまで話し込んだ。
翌朝パンを買って海岸まで歩き、海に少しはみ出しているコンクリートの出島のようなところに腰かけて、2人で朝食を食べた。
お互いの写真を撮ったり、テトラポットに降りてみたりと、とにかく長い時間をその特等席で過ごした。
好きなだけ喋って、好きなだけ黙ることを繰り返し、水平線のキラキラを眺めながら、この瞬間を忘れないようにと記憶に刻んだ。
あまりにも想い出深い夏旅で、その後何度も反芻し、あの光を思い出しては口元が緩むのを楽しんだ。
その後、何度かデートを重ね、その年の年末に私たちは付き合い始めた。
年度が代わり、就活にも慣れてきた7月のある日、都内の展望台で光の海を眺めながら別れ話をした。
あまりに綺麗でやり切れず、光に照らされる彼の横顔をわざと訴えるように見つめた。
あれから一度だけ、あの出島に出向いてみたことがある。
記憶していたよりも小さく、あの日よりも風が強く吹いていて、ひどく平凡な場所に変わっていた。
それでも行ってよかったと帰りの電車で物思いにふけりながら感じた。
あの日の海と光は、もう過去になってしまったけれど、たしかに存在していた過去ならいいじゃないかと納得し、家路に着いた。
ヤマハ発動機さんの企画『わたしと海』に合わせて書かせていただきました。
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