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南唐後主李煜が詠む苦悩と郷愁



<漁父>一櫂春風一葉舟

春風をいっぱい受けて、小舟を漕ぐ
軽やかに投げる、一筋の釣り糸と針

渚には花が咲き乱れ
甕には酒が満ちる

果てしない波間を漂いながら
自由を得る


<浪淘沙令>簾外雨潺潺

簾外雨潺潺, 春意闌珊。 羅衾不耐五更寒。
夢裏不知身是客, 一餉貪歡。
獨自莫憑欄, 無限江山。 別時容易見時難。
流水落花春去也, 天上人間。

すだれ越しに雨しとしと降り注ぎ
春の気配が漂う夜明け前
肌寒さの中、ふと目覚め
さすらう我が身を忘れ
しばし夢に浸るよろこび

ひとり遠くを眺めるのはよそう
故国を離れ、いつ再び会えるやら

川は流れ、花は散り、春も過ぎ去る
天上の日々も、ただ記憶の彼方に


<烏夜啼>林花謝了春紅

林花謝了春紅, 太匆匆。
無奈朝來寒雨晩來風。
臙脂涙, 留人醉, 幾時重。
自是人生長恨 水長東。

林の花は散り、春は束の間に過ぎ去る
朝には冷たい雨、夜には風がまた吹く

酔わせるようなほお紅の涙
再び見る日は訪れるのか

川が絶えず東へ流れるように
人生もまた、遺恨ばかりが積もる


<烏夜啼>無言獨上西樓

無言獨上西樓,月如鈎。
寂寞梧桐深院 鎖淸秋。
剪不斷,理還亂,是離愁。
別是一般滋味 在心頭。

ひとり静かに、西の楼を上る
ほっそりとした三日月が浮かび
深い中庭に立つアオギリの木が
秋の夕闇にそっと溶ける

切っても断てず、整えても乱れる
それが別れの切なさならば
胸に湧き上がる、また別の寂しさも
言葉にはならぬまま


<虞美人>春花秋月何時了

春花秋月何時了, 往事知多少。
小樓昨夜又東風, 故國不堪回首月明中。

雕欄玉砌應猶在, 只是朱顏改。
問君能有幾多愁, 恰似一江春水向東流。

春の花と秋の月
いつ尽きることがあろうか
思い出は胸の奥に計り知れず残る

昨夜、春風がまた吹き抜け
月明かりの下、故国を思えば
今の苦しみが一層耐えがたくなる

宮殿の欄干も石畳も、きっと昔のまま
だが変わり果てた我が身を見ると
その悲しみの大きさは
東へ流れる滔々たる奔流のようだ


<破陣子>四十年來家國

四十年來家國, 三千里地山河。
鳳閣龍樓連霄漢, 玉樹瓊枝作姻蘿。
幾曾識干戈。

一旦歸爲臣虜, 沈腰潘鬢消磨。
最是蒼惶辭廟日, 敎坊猶奏別離歌。
垂涙對宮娥。


建国から四十年の歳月が過ぎ
三千里に広がる山河は雄大にそびえ立つ
宮殿は輝き、木々は美しく茂り
戦争を知らぬ繁栄の日々が続いていた

だが突然、囚人となり果て
痩せ細り、白髪が混じり
心までも擦り減ってしまった

先祖の御霊に慌ただしく別れを告げるその時
音楽所が奏でた別離の調べを耳にし
女官たちの前で、こらえきれず
涙を流したあの瞬間を
いまも忘れることはできない