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女子高生Aの憂鬱

階段を登る数秒間、うちはガリ勉バッグを持っている右手で、そっとスカートを押さえる。そんなのは気をつけることでも何でもなくて、朝目覚めたら目覚まし時計を止めるのと同じくらい反射的な習慣よ、もはや。
あ、ガリ勉バッグって知ってるかな。プラスチック製のさ、書類ケースとでも言うのかな、あれ。それを持ってるか持っていないかが、自称進学校のうちらの高校と、Fラン高校の差なんだけど。

まあそんなこんなでガリ勉バッグは重たい用語集を入れるだけじゃなく、男の目から生脚を守るのにも使えるってわけ。
一回ガリ勉バッグで痴漢をやっつけたこともあるからね。痴漢って本当たち悪いよ、冤罪は可哀想だし、こっちも触れられるまでマジでその男が痴漢かどうかなんて判断できないでしょ正確には。
というかジロジロ生脚を見てくるのは男の99パーがそうなんだから、んなこと言ったら皆ガリ勉バッグでやっつけなきゃならないじゃん、メンドクセ。JKという記号でしか見てないんだからさ。

だからこそってゆうか、女子に興味ないですよって振る舞いができる男はモテる。希少種だよね。
サッカー部は部室にコンドーム常備の変態だし、野球部は坊主頭で規律ありげな顔してるけど性欲が隠しきれてない目をしてる。

そんな中、帰宅部でいつも余裕あって、女子を女子としてではなく一人の人間として接することのできるS君は、異彩を放っている。カッコいいんだよね、彼。
あーうん。好きだようち、S君のこと。ぱっと見イケメンだと思うよ。運動部のイケてるだろ俺?って空気が一切なくて。姿勢が良くて、睫毛が長い。正直うちより長いんじゃないかな、素っぴんは恥ずかしいなぁ、彼に見せる機会なんてないだろうけど。でも彼、女子が化粧していようがいまいが関係なさそう。厚化粧全部とったらブスだったとしても、そもそも彼は取り繕った外見だけで何かに惹かれることがなさそうなんだよねーそれがまたイイ。
うちは男子どもが裏でうちのことチヤホヤしてるの知ってるんだよ、髪の毛がイイ匂いだ、スカートいつもより短くね、もう少しで見えそう、ブラ透けそう、なんてね。ちょっと優しくすると、それでコロリ。

でもS君は、割とモテてるこのうちを前にしても、教科書の文字を追うように淡々とうちのこと見るか、それか大抵はどこか遠く、教室の壁もすり抜けて空の彼方を見ているような、儚げな瞳をしてるの。

そしてさ、彼は可愛いところがあるんだ。多分うちとS君だけの、秘密。
彼はムーミンが好きで、まあリュックにムーミンのキーホルダー付けるのは流石に躊躇っているみたいだけど、持ってるシャーペンはムーミンやスナフキンが描かれているんだ。近くで見なきゃわかんないけどね。隣の席で筆箱忘れちゃったときに、彼から借りたの。(間抜けなうち、ナイス!)
これ可愛いねえって笑って返したら、珍しく照れた顔をして、俺ムーミン谷に住みたいよ、なんて呟いたの。うわ、撫でたい。少女漫画ならきゅんきゅんって書き込まれるところだよ。これだけクールなのに、ムーミンに胸ときめかせて、ムーミン谷に憧れてるなんて。

こうしてうちなりに頑張ってS君と距離を縮めたと思うんだよなー。だからついに、告白することにしたの。S君の彼女になって、隣を歩きたい。いちゃいちゃして、駄目になっちゃう彼を見たい。

ついにその日が来た。クリスマス二週間前とかだったな、あれ。脚が超寒かったもん。制服って女子に対する拷問でしょ。
その頃飢えた他の男子二人から告白されたんだけど、もちろん断った。ムーミンが冬眠するほど寒い季節を、うちが一緒に過ごしたいと思えるのは、S君だけだったから。


「ごめん。俺、ゲイなんだ」

うちは凍った。言われたことがすぐにわからなくて。

S君はもう一度、ごめん、と繰り返して、うちの頭を撫でた。わざわざちゃんと、手袋を外して。だからあたたかい彼の、大きな手を、直に感じた。
ああそっか、そうなのね。
彼と出会ってからのすべてを振り返って、ようやく消化できたかなと思ったのは、お婆ちゃん家でお雑煮食べてる頃だったんじゃないかな。びよーんって伸びた白い餅がさ、なんだかムーミンみたいで。
S君の彼女にはなれなかったけど、ムーミン谷の住人として共に生活していきたい、と彼に思ってもらえるような存在を目指して、これからも彼と仲良くできたらいいなぁ。それ、今年の目標ってことで。

#短編 #小説 #セクシュアリティー #JK

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