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カンボジア一人旅日記 Part2

シェムリアップ行きの飛行機を搭乗口で待っていると、突然20人ぐらいの日本人団体がゾロゾロと現れた。その団代をよく見てみると、なんとその7割が小学生である。大人よりも圧倒的に子供の数が多い。しかもこの集団、なぜか妙に統制が取れている。他のお客さんの邪魔にならないよう2列を崩さないのだ。
この謎の集団が何なのか気になりすぎたので、近くで会話を聞いていると何かの教室のツアーのようなもののようだ(正確にはわからなかったが)。親子で参加している人もいれば、子供だけで参加している人もいる。小学生が親なしでカンボジアへ行くということが衝撃だった。

一方で30歳のおじさんである僕はというと、飛行機の乗り継ぎでさえもオロオロし、並ぶ列を間違えただけでメンタルブレイクしている。自分の愚かさに恥ずかしくなる。だが小学生に負けるわけにはいかない。とりあえず「僕、海外慣れてます」感を全身から放出することにした。足を組み、椅子に深く腰掛け、窓の外を眺める。完璧な海外玄人感を演出できていたであろう。

そして飛行機に乗り込むと、なんと僕はこの小学生達に囲まれて座ることとなった。前列は小学生の男の子2人と女の子1人、僕の横には小学生の女の子、後ろには男の子2人。見事な包囲網が完成した。
着席するなりすぐにスイッチを取り出しゲームをする子もいれば、お菓子をボリボリ食べ、どんちゃん騒ぎを始めた。ここが海外だということを忘れてしまうぐらい日本でよく見る光景であった。
飛行機は予定通りの時間に飛び立ち、カンボジアへと向かって行く。謎のキッズ達との空の旅が始まった。

ハノイからシェムリアップまではわずか1時間半。短時間だから機内食なんて出ないだろうと油断していたら、軽食としてホットドッグが配られた。これがちょうど小腹を満たす絶妙なタイミングだった。だが、ほっと一息ついたのも束の間、例の「魔の時間」がやってきた。ドリンクオーダーである。

しかし今回は頼もしい援軍、小学生軍団が僕を取り囲んでいる。彼らがジャパニーズ魂あふれる堂々たる日本語注文を繰り広げ、僕の緊張を和らげてくれるに違いない。そんな期待を胸に、僕は静かに順番を待った。

やがてCAさんが前列の小学生3人組に近づく。さあ、見せてくれ、日本人小学生の全力日本語ムーブを! と思ったその瞬間、窓側の男の子が放ったのは――「Orange juice」。……えっ? 素晴らしすぎる発音だ。僕は自分の耳を疑った。そして次に真ん中の女の子が口を開く。「Orange juice」。いや、これ本当に日本人なのだろうか。その発音、もうネイティブの域じゃないか。そして最後、一番通路側の男の子がまた渋すぎる一言を。「Water」。その発音の美しさたるや、僕の英語コンプレックスを根こそぎ引き起こした。

それだけではない。水を頼むという選択肢が小学生から出ること自体に驚きを隠せない。僕が小学生だった頃なんて、「喉が渇いているかどうか」なんて関係なく、ジュース一択だったのに。この子たち、ただ者じゃない。きっと日本が誇る英才教育プログラムの成果だろう。

そして、ついに僕の番がやってきた。心の中ではすでに「負けられない戦い」が始まっている。精一杯のネイティブ感を装い、「Orange juice」と注文。「うーろんちゃ」なんて言おうものなら、この場でエリート軍団からの失笑を浴びるに違いない。

注文を終えた僕は、小さなプライドを守り抜いたことに安堵しつつ、「大人も捨てたもんじゃない」と自分に言い聞かせたのだった。でも心のどこかでこう思っていた。「英会話スクール通おうかな」と。

飛行機はあっという間にシェムリアップに到着した。エリート小学生たちは、到着と同時に再び見事な2列隊形を組み、足早に空港を去っていった。その背中はどこか凛々しく、未来の日本を背負って立つような風格さえ感じられる。「またどこかで会おう」と、心の中で小さく呟きながら、僕もロビーへ向かった。

入国審査を終え、ロビーに出ると、ガイドさんが僕のフルネームを漢字で大きく書いたプラカードを掲げて待っていてくれた。その姿を見た瞬間、安心感が広がる。軽く自己紹介を交わし、車に乗り込み、ホテルへと向かった。

車が空港を離れると、窓の外にはどこまでも続く大草原が広がっていた。ちょうど夕日がゆっくりと沈んでいるタイミングだった。建物はなく、見渡す限りの地平線がオレンジ色に染まっている。その光景は言葉では言い尽くせないほど壮大で美しかった。空の広がりと大地の静寂に心が満たされ、思わず息を呑む。

日々の苛立ちや悩みが、この広大な草原の前では取るに足らないものに思えた。「来てよかった」と、早くも心の底からそう思えた。カンボジアの旅は、まだ始まったばかりなのに、すでに僕の心に深く響き始めていた。

続く




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