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変わりゆく街の変わらない記憶【エッセイ】

たまたま昔住んでいた家の前を通った。
そこには見知らぬ車が駐車され、今は別の誰かが住んでいた。
その事実に3年という月日の流れを改めて感じる。変わってしまったのは風景ばかりではない。
隣の家には、かつてと変わらず黒のレクサスが止まっているのが少しばかり心強くもあって、あの中年男性は今も毎晩のようにUberを頼んでいるのだろうか、とぼんやり考えてしまう。

よく通っていた近くの中華料理屋は、跡形もなくなくなり更地になっていた。
いつも無愛想な店主と、その無愛想な奥さんが切り盛りしていた小さな店。二人は感情を表に出すこともなく、ただ淡々と料理を作り、運んでいた。その素っ気なさが不思議と心地良く、二人の無言のやりとりが、まるで店の静かなリズムの一部のように感じられた。
そしてなにより麻婆麺と酢豚が絶品だった。僕が麻婆麺、彼女はチャーハン。そして酢豚は二人で分ける。週末のちょっとした贅沢だった。

みんなどこに行ってしまったのだろうか。
変わり果てたこの街に取り残された僕は、呆然と立ち尽くしていると心が大きな手のひらでぎゅっと握り潰されるような感覚に陥った。
せめて、あの頃の些細な風景が、あの中年男性の玄関先に残っていてほしいと願ってしまうのは、どこかまだ変わらないものがあることを信じていたいからだろうか。
変わりゆく毎日に抗えず飲み込まれ、変わらないものを探してしまうこの脳味噌を誰かぶっ壊してくれ。


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