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ムシ ムシ ムシ 第二話

適者生存

 皆さんは進化についてきちんと理解出来ているだろうか。
 キリンとヒトを例に挙げて整理しよう。
 キリンと言えば首や脚部が長い動物であるが、この首や脚は高所の植物を食べようと使っている内に発達して伸びて今の形状になった。
 と言うのは間違いである。1800年以前ではそちらの方が通説でこの説を【要不要説】と言い、ラマルクという動物哲学者が提言した。
 簡単に言えば良く使う部位は発達し、使わない部位は退化していく理論である。もしこれをヒトに当てはめるとしたら尾てい骨がわかりやすいだろう。尾てい骨は尻尾の名残だと言われているからだ。
 いや、であれば要不要説も正しいのでは? 
 そう考えてもおかしくはないが、有名なダーウィンの進化論に則ればそうではない。
 ダーウィンの進化論では、突然変異したものが周囲の環境如何によって生き残り、生存競争に勝ってきた結果であるとしている。
 つまり、キリンは首を伸ばそうとしたのではなく、偶然首の長い個体が産まれ、高所の植物を食べられる様になった結果首が短い種族と長い種族に枝分かれしていき、首が長い種族が生き残った。
 ヒトは二足歩行になる過程でバランスを取る必要が無くなったのではなく、尻尾が短くてもバランスを取れる種族が産まれた。
 それが進化である、とダーウィンは言うわけだ。
 たまたま産まれた個体は群体となり、生存競争を勝ち抜いていく。そうやって突然変異は多様性を生み出し、多様な生態系を構築する。


【変異昆虫種第二群 複合型】
【変異昆虫種第二群 適応型】

 そう名付けられた昆虫群が翌年五月の半ば、梅雨の合間を縫って発生した。
 上記二種については、第一群のアオジョウカイが走りではないかと推測される。
 主に体長や各部位における異常発達が見られ、本来以上の攻撃性を持つ種族や生存出来ない環境下での確認が多い為にそう名付けられた。

 愛知県弥富市で親子二代でトマト農家を営む山城家の、畑脇の用水路付近にてそれは発見された。
 山城道行の息子である山城康介27歳が、畦道に腰を下ろして休憩している際、突如左手に激痛が走ったそうだ。耐えきれない痛みに思わず振り払うと黒い塊が宙を舞い、トマト畑を覆うビニールハウスにぶつかり落下した。
 すぐに左手を確認すると、手の甲の真ん中、人差し指の中手骨を跨ぐ様に深々と穴が空いており、人差し指と親指の間の水掻き部分にも一回り小さな穴が複数空いていた。その全ての穴から血が止めどなく流れ出しており、一番深い傷が1センチに及んでいる事が検査にて判明している。
 康介の声を聞いた道行はビニールハウスから顔を出して簡単に事情を問い、穴を空けた犯人を探そうとした。
 一瞬、太めのハウスバンド(農耕用に頻繁に使用されるポリエチレン製のゴム紐。黒色が多い)かと錯覚したという。
 それは顎部と尾の部分が異常に発達したハサミムシだった。全長は10~30mm。縦に長く黒光りする体表に、大きく鋏の形に発達した尾が特徴的な昆虫である。それら鋏は同種との闘争に使用される事が多いが、勿論獲物を捕食する際にも使用される。
 これを道行が踏み殺した後、烏が咥えて飛んで行った為にこの個体についての画像等は無く、証言のみとなる。
 道行と康介の話によれば、今回見つかったハサミムシは、全体のサイズも然ることながら鋏自体が歪に成長しており、その鋏を支える為か後脚が通常の二倍程の太さをしていたという。また、その後ろ足には目視出来る太さの毛が生えており、踏み潰した直後には周囲にほんのり甘い香りが漂ったそうだ。
 この一匹を境に山城家所有の畑付近のみならず、周囲の農家でも目撃され始める。中にはゴム製の長靴を鋏が貫通し怪我をした事例が発生する。
 町役場に相談が相次ぎ、調査並びに駆除目的の隊が発足。農家らの証言を元に周囲を探索が始まった。
 探索初日は六月五日。畦道、用水路、空き地、周辺の薮や雑木林。その他発見の可能性のある箇所が探索された。
 以下、役場から国に提出された『2025年6月5日 区内の害虫調査及び駆除の結果報告書』の概要欄一部抜粋である。
 【農地及び周辺地形に、報告のあった昆虫である乙の産卵場所と思しき場所を計6箇所確認。いずれも該当の鋏を保有している模様。また既に孵化している多数の卵が散見される。それら孵化した幼体が雌の成体を食す乙特有の行動あり。
 その他周辺の昆虫が確認出来ず異常繁殖している状況を鑑み、薬剤を散布。一時間の後現場に戻るも、死滅している様子を確認出来ず。現場判断にて携行したショベルにて駆除を実行。
 その際、先行し駆除にあたっていた一人が吐き気を催し離脱。残る四名で駆除にあたるも同症状に見舞われ、駆除を一時中断。最寄りの総合病院へ診断を願い出、青酸による初期症状との診断が下る。】
 青酸と聞けば青酸カリを思い浮かべるだろうが、まさにその青酸である。ハサミムシは危険を感じると臭腺から極微量の青酸を噴霧する。カメムシを想像して貰えば話が早いだろう。だが人間に影響を与えられる程の量ではない。では一体何が理由なのだろうか。
 この時から区のみならず県下での調査が計画され、県内の昆虫評論家などに調査の依頼がかかる。
 初回駆除時に回収されたハサミムシの綿密な調査の結果、件の群体に共通の新規身体構造が見られたという。
 第一に、全長の驚異的な拡大である。日本原産のハサミムシは前述の通り大きい物でも30㎜程であるが、愛知にて報告のあった固体は確認出来ている限りの最大サイズは91㎜あった。これは現在絶滅したとされるセントヘレナオオハサミムシの84㎜を超している。
 第二に、顎部・後脚・尾部の異常発達。顎部は以前よりも巨大な獲物を捕食出来る様になった為に急速に発達したと考えられる。その為か、個体ごとに左右差・形状・サイズの差が見られる。後脚は尾部の発達に伴い支える為に発達したとしているが、どちらが先かについては議論の余地が残る。
 だが第三の、後脚の異常発達の主な要因と思われる『臭腺の肥大化、あるいは開口部の増加』が、ハサミムシの生態を大きく変えた要因である可能性が高い。
 昆虫の臭腺は主に中脚と後脚の間に位置している。偶発的な臭腺の肥大化により、貯蓄出来る青酸の量が増加。体内に行き場を失った臭腺は後脚内部へと移動する。移動するがそこは本来脚部であり、移動の機能を失う事態になりかねない。そこで後脚自体のサイズが大きくなった、とした。
 順序で言えば第三、第二、第一の順に発達したと専門家はみており、こちらは固体差があり一概に言えないが、第四の特徴が発現している可能性すらあった。
 ハサミムシ目の幼体が成体の雌を栄養とする話をしたかと思うが、捕食する際には臭腺も同時に食べる事になる。
 毒を保有する動物は自身で作成する種と他者から取り入れる種が存在し、ハサミムシは前者にあたる。しかしこの臭腺の肥大化と捕食行動が相まって、青酸の量または濃度が増加。つまり、より強い毒性に耐えられる身体を手に入れた訳だ。
 耐性を手に入れつつある昆虫は身近に存在しているが、皆さんは分かるだろうか。
 代表的なのはそう、ゴキブリである。彼らは太古の昔から姿形を変えずにあり、現代においては人類のヘイトを一身に集めて来た。そのヘイトは殺虫剤として顕著に現れているが、それを乗り越えようとしていると近年の研究により明らかになっている。
 成体には効果的だが、「殺虫剤を散布された成体」が残した子孫は耐性を持って産まれるという、何ともむず痒いイタチごっこに突入してしまったと言える。

 ここまで急激に耐性を手に入れたハサミムシとは別に、違う方向で変異を遂げつつある種が見つかった。
 それは滋賀県琵琶湖周辺で発見された、蚤の『群体』である。

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