35年前(1984年)の「メイド萌え」 めるへんめーかー氏のメイド服・エプロンへのこだわり
はじめに〜1980年代の「メイド萌え」
英国メイド研究家である私が、日本のメイドブームを考察した『日本のメイドカルチャー史』では、1970年代までに少女漫画や、児童文学・世界名作劇場のアニメでお金持ち描写・屋敷を描く際に「メイド」が主に背景として登場しており、『バジル氏の優雅な生活』など、いくつかの作品で表舞台に出る作品が増加していったと考察しました。
この後に続く「メイドブーム」としては、第1期「1990年代の男性向けのアダルトゲームでメイド作品の増加」、第2期「ファミレス制服やコスプレの文脈でのメイド服増加・メイド喫茶への道」、そして第3期「1990年代後半からのメイド漫画やアニメ作品の増加」という土壌のひとつとして取り上げました。
以下は昨年の「メイドの日」(5/10)にネットでまとめて公開したものです。新しい作品は増え続けますし、今も新しい表現が生まれる中で、過去にどういった作品が存在したのか、そして今に至るのかを追いかける目的で研究を続けています。
以下は過去に公開した古い情報で、それらを大幅に改訂・追加したものが『日本のメイドカルチャー史』に含まれています。
このようなブームのトレンドは、『家政婦は見た!』に代表される「家政婦ブーム」による家政婦作品も別軸として連結していくものですが、『日本のメイドカルチャー史』執筆時に言及できていなかった1980年代の大きな作品があります。
それが、めるへんめーかー氏のメイド作品『風のスクランブル』(1984年)です。家政婦作品として同氏の『森にすむ人々』(1990年)には言及していたものの、その前に明確にメイドが主役の作品となっています。
そして何よりも、「メイド萌え」が語られているのです。
1984年の作品といえば、これを書いている2019年から実に35年前の作品です。様々な「メイドイメージ」がTwitterの #メイドの日 で共有されるここ数年、温故知新の観点で、35年前に描き尽くされていた「メイド描写」をご紹介したいと思います。
元々、この考察の原点となるきっかけは、Twitterでたまたま、以下の指摘を拝見したからでした。その後、実際に作品を取り寄せ、考察を行いましたので、お読みいただければ幸いです。
『風のスクランブル』のメイド服へのこだわり描写
『風のスクランブル』(めるへんめーかー、白泉社、1984年)の作品解説(表紙カバーの袖)は、「めるへんランドのメイドたち(中略)あなたも不思議国でメイド体験してみない?」と、「メイド」という訴求を中心にしています。家政婦の延長でありつつ、コンピュータ家政婦や、家事経験2000年の魔神など、『日本のメイドカルチャー史』で言及した分類となる「メイドロボ」や「人外メイド」も既に登場している点は、特筆に値します。
以下、掲載作品と描写を紹介します。画像の引用は、『風のスクランブル』からとなります。
姫が家政婦に「魔法の森のらぷそでぃー」
リガレット姫が魔法使いルカージィのハウスキーパーとなり、その後、魔法使いと婚約しました。その家で、魔法の壺の封印を解いてしまい、中から魔神が出てきて、姫より優秀な家事スキルを発揮して、家事スキル対決をすることになります。
姫は、「城から通勤」するハウスキーパーとして描かれています。メイドの文字はありません。
作中では下に引用する3種類の「エプロンドレス」が登場しますが、1着はスモックのようなもので、またキャップは着用しておらず、まだ「メイド」という記号性が強いものではありません。あくまでも「家政婦」です。
01. 扉絵・エプロン着用の姫(p.27)
02. 本編・スモック型のエプロン着用の姫(p.37)
03. 左が姫・エプロンドレス。右側のエプロン姿の男性が魔神・人外メイド的な存在。姫と家事対決を行う(p.45)
家政婦作品「ぼくのシミュレーションラブ」
前述の家政婦となったリガレット姫に振られた婚約者だった従兄アルフォンゾは、コンピュータ狂になってしまいます。その家に、子守兼家政婦のトゥルーリィがやってきます。
アルフォンゾが発明した家政婦ロボのオフィリアは、プロの家政婦トゥルーリィに勝てず。ただ、トゥールリィは機械音痴で、機械を壊しまくることで騒動になります。
ここでも「トゥルーリィ」は家政婦です。子守なのはトゥルーリィを寄越したアルフォンゾの母が、息子に「子守が必要」と皮肉っているため。
01. トゥルーリィとメイドロボのオフィリア。トゥルーリィはエプロンドレス着用も、姫同様にキャップを着用していません(p.70)
02. トゥルーリィの別のメイド服。V字型のエプロン(p.75)
03. トゥルーリィの別のメイド服。腰のあたりにボタン(p.77)
さらに、無理にメイド服というより、「普段の服に、エプロンを着用」という細部の自由さがある服装も登場します。あと、少し気になっているのが、「ルーズソックス」に見えるソックスが何度か描かれていることです。
04. トゥルーリィの別のメイド服。腰エプロン(p.83)
05. トゥルーリィの別のメイド服。両枠を腰のあたりで結ぶエプロン(p.88)
そんな彼女が、本文中で自身を「メイド」として認識する発言をしているのが次の図です。デザイン的にも、レッグオブマトン・スリーブとなっていて、クラシックなドレスを想起させます。
06. トゥルーリィの別のメイド服。クラシックなエプロンドレス。エプロンは腰エプロン(p.85)
余談ながら、めるへんめーかー氏は「仕事をしている姿」「エプロンの後ろの結び目」などを見せる描写もたくみに織り込んでいます。この点、「少女漫画における『メイド萌え』の要素」が、このコミックスに数多く見出せます。以下の「洗濯物を干す姿」の楽しそうな様子は、匠の技です。
(上図、『風のスクランブル』p.85より引用)
メイド服描写・メイド萌えが詰め込まれた「キングジョンはごきげんななめ」
本作は、最初から「メイドのメイベル」が登場する作品です。これまでにあげた2作品は、ハウスキーパー、家政婦として登場し、2話目では途中で「メイド」の言葉が出てくるに止まります。他作品と異なり、「エプロン」「ドレス」、これに「キャップ」がmustアイテムになっています。
メイベルの仕事は王様に仕えるメイドの仕事で、王との結婚を夢見たメイドが解雇され続け、13人目のメイドが主人公のメイベルという始まりです。
めるへんめーかー氏の作品の「メイド服」を細かく見たのは今回初めてでしたが、短編28ページの中で、メイド服の種類が尋常ではない数ありましたので、以下に列挙します。前述したように、既に「メイド制服描写」が完成しているように思えます。
01. 扉絵のメイベルのメイド服:肩紐・胸当て正方形・エプロン(p.125)
02. 初登場のメイベルのメイド服:肩紐なし・胸当てはひし形、ドレスは黒(p.127)
03. 同僚3人娘のメイド服:肩紐・正方形のエプロン(01と類似)、白襟・ドレスは縦縞(p.129)
04. あくびするメイベルのメイド服:肩紐が胸当ての上を通って腰の結び目まで(p.131)と、05. 同僚3人娘のメイド服:肩紐なし・黒の長方形の胸当てエプロン(p.131)
06. 箒を持つメイベルのメイド服:肩紐なし・貫頭衣型のエプロン(p.133)
07. 同僚3人娘のメイド服:肩紐あり・胸当てなしのエプロン(p.134)
08. 舞踏会の給仕をするメイベルのメイド服:肩紐なし長方形の胸当てのみエプロン、ドレスは白地、キャップにフリル(p.135)
09. 頭の後ろで腕を組むメイベルのメイド服:03の同僚たちのメイド服と同じ?(p.141)
10. 看護するメイベルのメイド服:肩紐あり・胸元が丸くなっているエプロン(p.144)
11. 王へ別れを告げるメイベルのメイド服:胸元がVネックのエプロン、縦縞のメイド服(p.152)
重要な点は、エプロンやキャップがしっかりと描き分けされていることです。このページ数でこの密度でメイド服を描き分けている作品を読んだことがありません。舞踏会の時のメイド服のみ、キャップに「フリル」が描かれているのもこだわりとなるでしょう。
そして、この「キングジョンはごきげんななめ」でもうひとつ重要なのは、「実は憧れ メイドさんの制服」と、作品欄外でめるへんめーかー氏がメイドへの言及する点です。
1984年には、「メイド(服)萌え」は成立していたと言えます。
『風色のリフレイン』(1983年)でのエプロン描写へのこだわり
先述の「魔法の森らぷそでぃー」は、先行作品「魔法の森のろまんす」の続編とのことで、その作品を含む『風色のリフレイン』(めるへんめーかー、白泉社、1983年。引用図版は同書から)を入手して読むと、掲載7作品の全話でエプロン描写があり、「メイド服」と共通点を持つ「エプロンドレス」へのこだわりが垣間見えます。
少しだけ紹介します。
■1. 「風色のリフレイン」
着用者:娘/母(※主人公の少年と父のエプロン姿もあり)
エプロンの種類:3種類。胸当てあり、腰エプロン、エプロンドレス。
特徴:胸を覆う形(p.12)
■2. 「とっても★ファンタスティック」
着用者:妻
エプロンの種類:フリルエプロン
特徴:袖にフリルあり(p.36から引用)
■3. 「オカルトアワー」
着用者:妻
エプロンの種類:エプロンドレス
特徴:肩紐なし・貫頭衣型のエプロン(p.62)
■4. 「丘の館のリン」
着用者:母と娘たち
エプロンの種類:エプロンドレス(文中でエプロンとドレスと言及あり)
特徴:本人と姉、母の描き分け(p.92)
振り返る時に翻る「後ろの結び目」というこだわり描写(p.100)
■5. 春風の魔女
着用者:下宿人(魔女)
エプロンの種類:腰エプロン、胸当てエプロン
特徴:角度にこだわり。ここでもルーズソックス。
■6. 「魔法の森のろまんす」
着用者:ハウスキーパー
エプロンの種類:エプロン(通常、肩ボタン、結び目細い、腰エプロンドレス、腰エプロンミニ、ベルト形式・襟)
※この作品が、前半で触れた「魔法の森のらぷそでぃー」の前日譚です。このため、メイド服描写が細かいです。
01. エプロンドレス(後ろの結び目大きめ・見返り系、p.153)
02. エプロンドレス(肩紐にボタン、p.154)
03. エプロンドレス(後ろまで覆う・結び紐は細め、p.161)
04. ドレスに腰エプロン(p.163)
05. セーター+ミニの上に腰エプロンで、いきなり現代的&ルーズソックス。メイド系ではない(p.171)
06. 胸当てあり・肩紐なしのエプロンドレス(袖は膨らむクラシック系、p.173)
■7. 七つ目の扉を開けたなら:アリス風:エプロンドレス
こちらはアリス系の作品のようで、家事文脈はないです。エプロンドレスが好きだと伝わるので、引用します(p.181)。
終わりに
私は、めるへんめーかー氏の1990年代の家政婦作品をピンポイントで調べていましたが、この1980年代のメイド作品は見つけられませんでした。その要因の一つは、私が調査に使っていたe-honやAmazonといった書籍のデータベースに、絶版となった作品のあらすじやテキスト情報が存在しないことにあると思います。
検索に引っかからない=「根性・運・人の記憶」に頼って発掘するしかありません。この方法自体は、過去にも、おおやちきさんのメイド作品を教わったり、『風と木の詩』に執事やメイドがいたことを偶然知ったりと、縁と運に依存して発掘していますが、そのような状況であることは、「メイドジャンル」に限らず、ある作品の描写の変遷を調べる上での障壁になっています。
今思いつく限りの解決策は、「人の記憶」頼りです。そうした「人の記憶」に頼る意味でも、まず「何を知っているか」を明示するために、『日本のメイドカルチャー史』、その補完として昨年には以下のテキストを書きました。
今回のこのテキストを2019年の「メイドの日」に公開することによって、様々なメイドがいた作品についての思い出を語っていただければ幸いです。もちろん、2000年代以前に限らず、それ以降でも。
そうしたことがありつつも、めるへんめーかー氏の描写は、とても素晴らしいことを確認できたことが、何よりの収穫でした。様々なディテールと動きの中で描かれるメイド、その角度まで含めて1980年代にここまで深く掘り尽くされていたことに、敬意を表します。
関連テキスト
少女漫画つながりでは、こちらも公開しています。
他に、執事も対象領域なので、以下のテキストも書いています。