『刑事フォイル』と「接収」された第二次大戦下のカントリーハウスなど
はじめに
第二次大戦下の英国で生じる「犯罪」を取り締まるドラマ『刑事フォイル』。ミステリ作家として日本でも話題作がベストセラーとなっているアンソニー・ホロヴィッツが脚本をてかげたことでも知られるこの作品は、第二次大戦を「銃後の視点」で描き出し、戦場以外のところで生じる様々な事件や悲劇をテーマとしました。その解決者が、渋くクールで、でも情に厚いフォイル警視正です。
英国作品が好きなので当初はなんとなく視聴し続けて、だんだんとその面白さにはまっていったのですが、ふと「第二次大戦中に英国のカントリーハウスは国に接収されていたけれど、『刑事フォイル』ではどのように描かれているのだろうか」と思い、作品を見直しました。すると、「接収」をテーマにした作品や、「接収されて基地になった屋敷」などがしっかりと登場していたのです。
そこで全作品を見直し、リスト化して、その内容を同人誌『第二次大戦下の英国カントリーハウス 準備号』に書く予定でしたが、締め切りに間に合わなかったので、noteにて公開します。また、以下、『刑事フォイル』のネタバレを含みますので、ご注意ください。
接収とは?
「接収」とは国が戦時下の非常事態に際して、強制的に財産を利用することを指します。英国にある多くの屋敷や農場、私有地は、1) 疎開:非戦闘員となる子供達の収容施設、2) 学校、3) 病院、4) 美術品の保管、そして5) 政府省庁・軍・地方行政などの機関が利用しました。背景については『第二次大戦下の英国カントリーハウス 準備号』(有償:100円)に書いていあるので、そちらを前提に話します。
「接収」そのものがドラマになった回
『刑事フォイル』では、上記、接収にまつわる様々な戦時下の描写が出てきます。その中で、接収そのものが物語のテーマとなった作品が2つあります。
1つ目は第10話「癒えない傷」で、負傷兵の治療を担う病院施設として屋敷Digby Manorが接収されます。屋敷の所有者たるサー・マイケル・ウォーターフォードは領地内にあるコテージに退去します。
さらに、この屋敷で主人の世話をしていたハウスキーパーも病院となった屋敷で掃除を担うこととなり、主人の側を離れることになります。その後、この屋敷内で薬品の盗難や屋根にあった彫像の落下などの事件が発生し、フォイルが捜査に当たります。この犯人が、ハウスキーパーでした。接収によって屋敷から追い出された主人の気持ちを慮って、病院の人々へ嫌がらせをしていたのです。
なお、接収そのものはテーマとならないものの、同様に精神治療の病院として接収された屋敷が出てくるのは第18話「壊れた心」で、元々の持ち主サー・ジョン・サッカヴィル夫妻はコテージに住んでいました。ここで彼らは疎開時に面倒を見ていた少年が親元を逃げてきて、匿って欲しいと姿を見せたために家に置くことにします。大きな屋敷内には本邸以外に家事使用人や領地の労働者が住むコテージがあちこちにあり、それらに屋敷の領主たちが住む形です。複数の領地を持つ貴族は、別の屋敷に移動しました。
2つ目は第13話「侵略」です。この話は、のどかな村に、キーファー大佐が指揮する米軍第215工兵連隊がやってきたところから始まります。英国陸軍省の接収命令をもとに、米軍工兵隊は農場主に対して立ち退きを要求しますが、銃で追い返されます。この抵抗の仲介をフォイルは行い、その後、米軍は美しい自然に溢れる広大な農場を「飛行場」として建築するために、排水をしたり、コンクリート舗装をしたり、石油備蓄庫を作ったり、消火施設を作ったりとしていくことになります。
また、この米軍が滞在した場所も、接収された学校・聖マリア諸聖人学校でした。ここに米軍は滞在して、周囲の村人を招いたパーティーを行うことになります。戦時下で配給制度となっている英国各地にあって、米軍は豊富な食料を確保するルートを持っていたので、出てくる食べ物も違いました。
軍事基地
『刑事フォイル』では、様々な軍事基地も登場します。
まず第4話「レーダー基地」では、クリストファー・フォイル警視正の息子アンドリューがパイロットとして地元ヘイスティングスの空軍基地に着任します。この話では、空軍将校のオフィスや食堂、宿舎として接収された屋敷が登場します。そして離れた場所(車で行く場所)に、空軍のレーダー基地と飛行場とがありました。前者の屋敷の方では厩舎に女性たちが宿泊していました。アンドリューが出会ったレーダー機器操作の女性(プロッター)は、接収された別の屋敷Arundel Catsle(ノーフォーク公爵の領地で、海岸近くにある最前線の一つ)での滞在体験をこう話します。
「訓練開始を待つ間に派遣されたArundelが最高だった。本当に楽しかったの。Arundel城が宿舎で、執事が身の回りの世話をしてくれて。料理がまた素晴らしくてね。丸い塔みたいな所に12人で泊まったの。Norfolk公ご夫妻から赤十字の舞踏会に招かれたり」(第4話「レーダー基地」)。
他に出てくるのは第5話「50隻の軍艦」で陸軍の情報部が、第14話「生物兵器」でも生物兵器開発基地があった兵舎が接収した屋敷のようでもありました(他に陸軍兵舎として公爵の屋敷が接収、湿気が多いとの話題あり)。第16話「戦争の犠牲者」でも兵器開発で、第17話「疑惑の地図」でも空軍省の爆撃用の地図作成拠点が接収した屋敷ビバリーロッジを使っていました。第19話「警報解除」では、接収されたと思われる博物館(そこの収蔵品で殺人事件が発生)で地元の有力者が集まる会議が開かれました。
一番興味深いのは第9話「丘の家」で、ここでは海軍特殊作戦部がこの場所を利用して、現地に潜入して工作を行う諜報員の訓練を行なっていました。夜には応接間のような場所でソファに腰掛けてくつろぐこともできていました。余談ですが、Netflixにはリアリティーショー的な体験ドキュメンタリーとして、特殊工作員の訓練を現代人が受ける番組があります。
実際に、MI5やMI6などの情報機関は接収した屋敷を拠点に諜報活動を行なっていましたし、世界遺産となっているブレナムパレスもMI5に使われていました(詳細は同人誌に記載しているのでそちらを)。
他には第22話「反逆者の沈黙」で情報局第9課の拠点が屋敷と思しき場所にあり、また第24話「エヴリン・グリーン」で、バートンホールという屋敷が登場します。ここは陸軍駐屯地として使われて、戦後も接収されたまま返却されず、敵国となっているソ連の無線通信の傍受を行う施設となっており、行方不明人となった女性エヴリン・グリーンを探すフォイルもここを訪問します。しかし、それは表向きの顔で、情報を引き出す場所として利用されており、間違って捕まった女性もここに監禁されていました。
後方支援のための接収
後方支援の形で接収されたものでは、第7話「軍事演習」では民兵として地元を防御する「ホームガード」と駐屯する陸軍第7機甲師団との間で演習の際に登場した「ホームガード」の拠点が屋敷のような場所でした。同様に、第12話「不発弾」では不発弾処理を行う部隊の兵舎が接収地と考えられます(屋敷ではない)。
第11話「それぞれの戦場」ではジャクソン農場に夫人農業部隊が派遣されていました(接収されてはいない?)。この農場の主ジャクソンは戦時の農場委員会に所属しており、助成金で優先的にトラクターを入手したり、隣接する仲が悪い農場主カーリングへ「農地を活用していないから没収する」「亜麻を育てろ」(栽培が難しい、手で収穫で人手がかかる、かつもっと適した土地はジャクソンの農地)なとと難癖をつけていました。これも「接収」を巡るエピソードです。また、ここでも「ホームガード」や、農場を耕す役目を負う婦人農業部隊のメンバーとその宿舎とが登場しました。
農地の「接収」を巡る話は、戦後の第38話「ひまわり」でも描かれます。政治家のもとへ陳情に現れた男性は、1938年に地所1000エーカーが接収された際、時価で買い戻せる権利を得ていましたが、時価が戦後は2倍と鑑定されたために買い戻せなくなったと不平を訴えにきていました。この背景には、食料不足が続く環境下で肥沃な農地を手放さず、国が接収したままにするための政治家の暗躍がありました。これも、接収を巡る事件の一つとなるでしょう。
他に軍事基地として使われていない「接収」では、第1話「ドイツ人の女」が2つの姿を描いています。1つ目は登場人物が勤務していた謎の施設が、想定される「戦死者」を納める棺を作る工場となっていたことです。2つ目は隔離施設です。第1話「ドイツの女」では外国人が隔離施設へと収容されました。第11話「それぞれの戦場」ではドイツ兵の捕虜収容所が屋敷の外観をしていました。同じく第18話「壊れた心」でもドイツ兵が捕虜収容所に入りながら男手が足りない農場を手伝いに駆り出される描写がありました。
私有地のままの屋敷
物語の中には、接収されていない屋敷も数多く登場します。分類していくと、有力者か、宿泊業か、になります。第1話「ドイツ人の女」では治安判事の屋敷が、第5話「50隻の軍艦」でもフォイルの友人の法律家の家はそのままでフォイルを招いたディナーが開催されています。第9話「丘の家」でも海軍のサー・ジャイルズ・メッシンジャーの家はそのままでした。他にも個人邸宅では第19話「警報解除」で議員の家、第20話「警報解除」でも医師の家が立派な家でした(屋敷ほど大きくはない?)
第16話「戦争の犠牲者」では少し変わった形で屋敷が登場します。スペイン大使館付きのホセ・デ・ペレスの屋敷にふたりの少年が泥棒目的で潜入するも見つかり、脅され、彼の手足として使われるようになります。第26話「ハイキャッスル」ではアラブに有力なパイプを持つアメリカの石油会社社長クレイトン・デル・マーの身辺を探るために、フォイルの運転手サムが「話し相手」として雇用されて、屋敷に潜入します。この屋敷は都市部にある「タウンハウス」でした。
「宿泊業」としての利用では、第2話「臆病者」でホテルとして使われている屋敷が出てきます。ここはオーナーの妻が煽動政治家のシンパとなり、その拠点として使われていました。もうひとつが
第7話「軍事演習」でも地主で食品会社社長サー・レジナルド・ウォーカーの屋敷はそのままで、また彼の領地内で軍事演習が行われました。この家には使用人がいたり、番犬がいたり、裕福なままでした。第8話「隠れ家」では屋敷を改装したゲストハウス「ブルックフィールドコート」に、空襲を避けるために避難してきた富裕な人々がいました。彼らはテニスをしたり、飼い犬のために上等な缶詰を手配したりと、生活スタイルを維持しようとしました。
戦争から戻ってきて、前職に戻れない。そうした話も『刑事フォイル』では描かれています。サー・レオナルド・スペンサー=ジョーンズの屋敷の使用人として働いていた青年が「戦争から戻ってきたら雇用する」と約束されていたにも関わらず、追い払われてしまうのが第20話「帰れぬ祖国」です。この同じ屋敷には、戦後に失職したサムがハウスキーパーとして働いていました。サムは結構、色々な場所に出没します。
美術品の避難
『刑事フォイル』で面白かったのが、「美術品の避難」を事件としていたことです。これも同人誌の方で紹介しましたが、ロンドンにある美術館は開戦前から美術品の避難先を探しており、そのうちのいくつかに屋敷が選定され、避難が実施されました。これをテーマにしていたのが、第4話「レーダー基地」です。空襲を避けるため、ウィッティントン美術コレクションの収蔵品はウェールズの鉱山へと運び込まれました。
作品と接収された場所リスト(メモです)
終わりに(接収の多くは「空襲対策」)
空襲を避けるということは、第二次大戦で最重要視された事項であり、「接収」は都市部を避けて、空襲の目標となりにくく広大な敷地を有するカントリーハウスを中心に行われました。
この「空襲」も被害も、実際に物語のいくつかの中でも主要なテーマとなっています。第1話「ドイツの女」では村のパブが爆撃を受け、第4話「レーダー基地」も灯火管制下でかつ空襲時に相手に目的地を示さないために標識を外した町での事件、第12話「不発弾」は空襲時の不発弾処理を巡る話、第16話「隠れ家」も誤った空襲避難情報による犠牲と復讐、第17話「疑惑の地図」も爆撃用の地図作成の話など盛りだくさんです。
というところで「接収」を軸に、このドラマを見てみました。今回、時間の都合で繰り返しドラマを見られていないので細かいところでミスがあるかもしれないこと、ご容赦ください。
また副読本として「ドラマで扱ったテーマについて、歴史ではこうだった」という全話解説(戦時中の放送回)を行なった副読本も出ていますので紹介します。変な価格ですが、新品の価格を引っ張ってきてしまっています。中古本では8000円ぐらいで買えます。
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