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[資料翻訳]使用人問題の心理学 目次と1章・この本はどのようにして書かれたのか

タイトル:使用人問題の心理学 社会的関係の考察
原題:THE PSYCHOLOGY OF THE SERVANT PROBLEM
著者:Violet M. Firth
初版:1925年7月
出版:LONDON: THE C. W. DANIEL COMPANY, Graham Hou&e, Tudor Street, E.C.4

翻訳者によるまえがきと補足

 本テキストは、noteの有料マガジンで公開しているものとなります。第一次世界大戦後、家事使用人のなり手不足が社会問題化し、政府が取り組む事態となりました(私の同人誌『英国メイドがいた時代』で解説しています)。

 政府は、委員会を組織して労働状況のヒアリングを行なった報告書をまとめたり(翻訳テキスト内で言及される報告書)、第一次大戦中に復興省がまとめた課題に使用人問題が入っていたりと、対策を検討しました。

 第一次大戦後にはこの社会問題を解決しようと、様々な人が問題解決を提案する本を出版しました。労働条件を改善しよう、そもそも家事使用人が不在でも暮らせるように家を工夫しようなどの本の数々に混ざっていたのが、家事使用人と女主人の問題を心理学的観点で分析する『使用人問題の心理学』(The Psychology of the Servant Problem、1925年)でした。

 以前からこうした家事使用人関係の基礎資料の翻訳を考えていたものの時間が取れなかったのですが、ちょうどDeepLを何度か使う機会があり、翻訳精度をみたところ、癖を掴んで自分で読んだ上で修正を入れれば、少なくとも全文を翻訳で書き起こすよりは短い時間でできるとわかりました。商業出版ではないこともあり、まずは資料数を増やすということで、著作権が切れた英書の翻訳テキストの公開をネットで始めました。その最初の一冊として選んだ本です。

 著者の心理学者ヴァイオレット・メアリー・ファース(Violet Mary Firth)は第一次世界大戦中に屋敷の庭園・菜園で「レディ・ガーデナー」になり、使用人と同じ境遇で働いた経験から、「使用人の労働環境を、心理学者が考察する」一冊を記しました。

 私は、『使用人問題の心理学』のテキストを引用していた英書を読んだとき、その視点が気になり、どうしても全文を読みたくなりました。しかし古本では見つけられず、ネットのアーカイブにも存在せず、数年諦めていたところ、本当に偶然、大阪の図書館に収蔵されているのを見つけました。

 図書館の蔵書となったのは1926年で、出版の翌年という時期でした。当時の日本に、誰かこの問題に興味を持った人がいたようなのです。

 当時主流だった論調の一つには「待遇を完全すればいい」というものがありました。それに対して、心理学的に踏み込んだこの本は異色で、非常に興味深く、現代にも通じる点があると思えました。

 特に面白かったのは、1日3食を取る生活をできないと不安に思う女主人もいるが、そもそも3食、つまりディナーを取るようになったのは新しい「習慣」に過ぎず、「伝統」ではないとの指摘でした。

 「習慣」は変えられると、主張しているのです。

 本文の一部の表現に、出版当時の価値観や著者の価値観が反映されており、現代の読者にとって違和感がある・適当ではないと思える表現も含まれています点、ご承知おきください。

目次

1章. この本はどのようにして書かれたのか
2章. 使用人問題の調査
3章. 使用人問題の主な原因の分析
 1. 階級間の格差
 2. 一つ屋根の下の二つの生活水準
 3. 家事使用人カーストの集団的傾向
 4. 長時間労働と自由のなさ
4章. 家庭内の非効率性
5章. 家事サービスの様々な異なるタイプとその特徴的問題
 1. 雑役婦
 2. 日雇いの使用人
 3. 住み込みの家事使用人
6章. 推奨される解決策
 1. 人間関係の再調整
 2. 暮らし方の簡素化
 3. 新しい家政の組織化
7章. 新しい精神

この本はどのようにして書かれたのか

 私は実際に他人の家で家事をしたことがあるとは言えませんが、戦時中(*第一次大戦中)に3年間農業に従事し、その時に使用人の立場を実感させられました。それは、私がレディ・ガーデナー(*本来は使用人を雇う立場の女性の庭師)として働いた経験によります。私の立場は雇い主の下で働く家事使用人と事実上変わらず、その個人的経験から使用人の立場を知りました。

 さらに(私にはレディとしての適切なプライドが不足していたかもしれませんが)、自分の関心が使用人の関心と同じであることを知ったとき、私はキッチンと共同戦線を張りました。

 そして、私もまた使用人であり、裏口から屋敷に入らなければならなかったので、どんなに民主的意図を持っていたとしても、階上(*雇い主たちのエリア)というオリュンポス山から降りてきては決して知ることができなかった方法で、3年間に出会った女の子たちの心と気持ちを知りました。

 生計を立てるために本当の「仕事をする」人の視点は、「貧しい人たちがどのように生活しているか」を見るために多少なりとも変装して労働者階級の状況に入り込む人の視点とは、まったく異なります。このような人は取材で状況報告をできても、話をする相手が伝える以上の心理状態を解釈できないでしょう。

 彼ら労働者の話す内容は、たいてい不明瞭です。彼らは特定の酷使に憤りを感じても、一般的原因に遡って分析できません。

 変装して英国の暗部を探検する冒険的ジャーナリストも、労働者の心を理解できません。ジャーナリスト自身は肉体労働者ではないため、立場が生み出す微妙な感情的反応を自分の魂で経験できないのです。

 そして、それらが労働不安の根本原因の1つと私は考えます。

 個人として実際の圧力を感じない限り、社会問題の核心に迫ることは非常に困難です。もし個人的に何かを感じたとしても、それを生活全体との関係で幅広く、公平に見ることも同様に困難です。

 私には、使用人の問題を使用人の立場で経験しながら、同時に雇い主の心の動きにも気づける独特の利点がありました。

 これに加え、私の本職は心理学者です。戦争の影響で心理学者としての働きは一時的に閉ざされましたが、私は訓練を受けた科学的手法をこの状況全体に適用できました。また、このような観察の機会に恵まれた状況下で、精神的・感情的な側面にも注意を払えました。

 私がこの本で表現しようとしたのは、使用人問題の心理的側面に関する私の観察です。私は家事労働だけを扱い、個人的経験から産業構造について語る資格を持ちませんが、同じ原理が現在の社会不安全体にも適用されると確信します。

 賃金や労働時間の調整で解決できるのは労働問題の半分だけで、残りは人間関係や人間の心のニーズにあります。資本と労働の関係における個人的な要素が考慮されない限り、問題は解決されません。

 心理学者は、経済学者と同様に、労働問題の解決に貢献できます。賃金を増やしたり、労働時間を減らしたりしても、関係する男女が人間としての価値を受け取るまでは、平和は訪れないでしょう。

以下、2章へ続く。

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