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使用人の生涯(同人誌『ヴィクトリア朝の暮らし 9巻 終わりと始まり』から)
本テキストは2008年12月刊行の同人誌『同人誌『ヴィクトリア朝の暮らし 9巻 終わりと始まり』から抜粋したものです。
【1.はじめに】
■1-1. Arthur Munby再考
この章では、使用人の墓碑銘から、使用人の生きた時間を描き出します。
その大本になる資料本『Faithful Servants』は英国ヴィクトリア朝の紳士(法律家・詩人)で、メイドと極秘に結婚したArthur Munbyによって1891年に刊行されたものです。彼は働く女性に関心を持ち、鉱山や農業で働く女性からメイドにいたるまで、多くの当時の人々を写真に撮り、記録に残しました。
結婚相手のメイド、Hannah Culliwickとの関係性も、ある種倒錯していました。「紳士の身でありながらメイドと一緒に並んで外を歩いたり」、「Hannahの働く職場に行き、留守中、女主人の服をHannahに着用させたり」、挙句「自分のブーツを舐めさせたり」と、フェティシズム的な文体で語られることもあります。
同人誌『MAID HACKS』では、「訪問した屋敷のお嬢様よりも、そこで働くパーラーメイドに目を奪われ、日記に残した文章」をご紹介しましたが、そうしたものとは違うトーンで、彼は使用人たちを見つめてもいました。
それが、『Faithful Servants』です。
■1-2. 失われてゆく、働くことへの敬意
Aruthur Munbyは同書の序文で、「旧来の使用人」を讃えます。
『いにしえの世界において誠実な奉仕は存在し、それは今の英国にも存在するのです。ひとりの主人に、忠実で誠実だった使用人たちを、私は自分の知る限りにおいて、この本の中で描き出しました。
しかし、私たちが生きるこの時代は、そうした美しい関係性とは無縁になりつつあります。英国人は学校で教えられる教育においても、この傾向を加速させようとしています。すべての恭順や礼儀正しさは破壊され、そうした方針に既に人々は影響されています。
George Dandinが述べたような"Tu l'as Voulu"(自己責任、すべて自分で行うこと・自分が眠るベッドは自分で整える)が、主人との使用人との間について言われるようになったのです。
その点で、主人と使用人との間に存在した、「使用人による誠実な奉仕や家庭内での仕事には、敬意と名誉を払うべき価値がある」という共通認識は、もはや人々にとってそれほど興味を引くだけの価値を持たないのです。
しかし、そうだからといって、かつて使用人に向けられた敬意と名誉を記録しようとする試みに、意味が無いとは思いません。私はこれから幾つかの記録を、墓碑から集めた言葉から、それを伝える為に』
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