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『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第1話「焼魚事件」②


「これが、被害者の顔ですか」

 正面向きと横向きの写真を見ながら、屍体発見時のことを思い出した。
 だが、すぐに思い浮かぶのは焼け焦げて黒く炭化したものだけ。
 だから、写真にある皮膚の残っている顔は、予想以上に変な感じがした。

「前科があって助かったよ。地取りするにしても、写真があるとないとでは大違いだからな。なんせ、被害者の写真そのものが手に入らなかったし」
「……手に入らなかったんですか」
「ああ、被害者の下宿の主人が、ひどく非協力的でさ。写真どころか、被害者の部屋にすら入れてくれないんだよ。仕方ないから、今、課長に頼んで令状を申請してもらっている。ちょっと見込み薄だけどな」
「身内とか、友達とかから任意提出してもらえなかったんですか」
「まあな。今のところ、親しい友人は皆無。両親は何年も前に行方不明な上、下宿の主人が被害者の叔父なんだが、どいつもこいつも警察を嫌っているというか……。とにかく、捜査が進展しそうな写真が手に入って助かったというところだ」

 被害者の身元はすぐには判明しなかった。
 鑑識の結果、20~30代の男性、大きな古傷の痕跡もないことから、歯型をとって都内の歯医者への情報提供を呼びかけたが、そこからのめぼしい情報はなく、指紋についても両手両足が懇切丁寧に焼かれていたことから採取できなかった。
 現場で発見された一斗缶からガソリンが検出されたが、こちらにも指紋等は発見できず、他の遺留品も皆無という行き詰まり状態だった。
 ガソリンを被害者の肌に塗りつけるためのハケも見つかったが、こちらも指紋はおろかどこで購入されたのかさえ割り出せなかった。
 被害者の身元が不明なままでは捜査も進まないと思われたころ、ようやく所轄に歯科医からの情報が寄せられて、ようやく名前と住所が判明したのである。
 真野洋一まのよういち、26歳、親戚の家業である鮮魚店の従業員をしており、同店の二階に間借りしているとのことであった。
 さっそく、藤山さんと佐原先輩が事実確認に向かったところ、鮮魚店の店主であり真野の叔父である真野修平が真野の部屋の捜索をかたくなに拒み、それどころか写真や情報の提供すら拒否されたそうだ。
 そこで、捜査本部に戻った二人が、警視庁のデータベースで真野について調べたところ、暴行と傷害の前歴があることを確認し、当時の捜査資料からようやく写真を手に入れることできたらしい。

「また、変わった顔つきの男ですね」

 僕は、印刷されたカラー写真を見て正直な感想を漏らした。
 
「まあ、ホトケさんのことをとやかく言いたくないが、ブサイクな顔だとは思うな」

 頭には毛が少なく、それでいて額が狭く、鼻が平べったい扁平な顔をしていて、丸くて突き出たような両眼の男だった。
 一見、四十代ほどに思えて、決して二十代には見えないのは、吹き出物ばかりの鮫肌をしているせいだろう。
 こちらを無表情に眺めているような、睨んでいるような、不気味な視線をもっていた。
 人間というよりも、妖怪のような、背筋が寒くなるような顔つきをしている。
 正直な話、黒く焼け焦げた遺体となった真野の方がよっぽど親しみやすいと感じるほどだった。

「ブサイクだからといって殺されていいという訳ではないぞ、佐原」
「そうは言いますがね、藤山さん」
「ほお、やはり、こういうご面相だったかあ!」

 突然、僕たち以外の人物の甲高い声が聞こえてきて、全員がぎょっとする。
 僕の耳元から顔を突き出すようにして、昨日の変人が被害者の写真を覗き込んできたのだ。
 まるで宝物を発見した海賊の船長のように興奮している。

「あ、降三世……警視」

 僕が名前を呼ぶと、本庁の変な部署の警視はこちらにひらひらと手を振った。
 だが、視線は写真から外すことはなく、なんとそのまま佐原先輩の手から奪い取って、またじっと凝視し続けていた。

「おい、久遠。この人が……もしかして」
「は、はい。警視庁の……えっと、信仰問題管理室の……降三世警視です」
「マジかよ」

 あの現場から撤収したあと、僕が警視庁に照会をかけたところ、確かに信仰問題管理室という部署はあり、しかも降三世明という警視もいるとのことだった。
 名前を騙っただけの偽物というおそれもあったので、僕が個人的に付き合いのある一課の刑事に連絡を取ったところ、おそらく本物だと断定された。
 その際、

「おまえ、気をつけろよ。あの変人警視……いや、変人を通り越してアレは狂人なんだが……に絡まれたら面倒なことになるからな」

 と、声を潜めた忠告をされた。
 どう言う意味だと聞いても、露骨にはぐらかされた。
 口にもしたくないという拒否感が見え見えで、さすがの僕が気分を害したほどだ。
 ただ、この目の前の警視に深く関わってはいけないということだけは理解したのだけど。

「……アーミティッジ博士のレポートそのものだな。うん、私が見た中でもここまではっきりと始源の特徴を有しているものは初めてだ。いやあ、日本の東京、私の縄張りのこんなところに潜んでいるなんて盲点だったわあ」

 僕たちの冷たい視線を気にもせずに、変人警視は写真を観察し続けている。
 あまりのことに藤山さんたちも言葉も出ない。
 遺体の検視内容ならとにかく被害者の生前の写真など見て、なにが楽しいのだろうか。
 まったく変人の考えることはわからない。

「ところで、久遠くん」

 突然、僕の名前が呼ばれた。
 変人警視が僕のことを覚えていたのだ。
 そういえば、この前のときに名乗っていた。
 普通、偉い人に名前を覚えてもらえていたら結構嬉しいものなのだが、この人に限っては別だ。
 嫌な予感しかしてこない。

「はい、警視。なんでしょう」

 内心は嫌であったとしても、所詮僕も宮仕えである。
 偉い人には逆らえない。

「すでに聞いていると思うけど、この事件では捜査本部は立ちあげられない。だから、君たちだけで捜査しなくてはならない。ここまではわかるね?」
「はい」

 凶悪事件や長引きそうな事件には、普通、特別捜査本部が設置され、本庁の捜査一課の管理官が中心となって捜査が行われることになる。
 今回、初動で被害者の身元が判明しないということから、長期化するおそれがある事件だというのになぜか捜査本部が立ち上げられることはなかった。
 結果として、歯科医からの通報で被害者の身元が判明したから良かったようなものの、本来のやり方ではない。
 僕は最近のドラマみたいなあの机の並んだ風景が好きなので、ちょっとだけ残念に思っていた。
 所轄の刑事は、警視庁の刑事と組まされることが多いが、彼らからのちょっとした雑談混じりの手柄話などを聞くのを楽しみにしていたこともある。

「その代わりと言ってはなんだが、この事件では私が君たちに協力することになっている。あとで、この署の署長から説明があると思うけど、強行係の係長にももう伝わっていることだから」
「え、警視……が、自ら捜査を担当されると?」
「うん。でね、君は私と組んで、これから捜査にあたるから」
「は?」
「では、行こう。さっそく、被害者の棲家へ! 楽しみだなあ、被害者の血族はどんな具合に堕落し、おぞましいものに成り果てているのかなあ。おい、何をしているんだい、久遠くん。レッツゴーだよ、レッツゴー!」

 そう言って僕の手を取ると、降三世警視はさっさと刑事部屋を出て、駐車場へと歩き出した。
 助けを求めて藤山さんたちを見るが、無言で手を合わされて謝られる。
 見捨てられた。
 そして、警視庁の警視に逆らえるはずもなく、僕はこの変人とともに事件の捜査のために出かけたのだった。


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