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【自分の人生・仲間への想い・伝えたいこと】4回生 藤倉陸

はじめまして、今回ブログリレーのラストを担当させていただきます、主将の藤倉陸です。まず初めに、想いを発信できる場所、このような社会の状況にも関わらずサッカーを思い切りできる環境を作ってくださっている大学、サッカー協会等をはじめとした関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
 
せっかく自分の想いを発信できるということで、今回は“自分の人生・仲間への想い”について語りたいと思います。主務の野尻君にラストバッター頼みますと言われプレッシャーを感じていますが、一生懸命書こうと思います。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
 
 
僕は5歳か6歳の時に2つ上の兄の影響でサッカーを始めた。
始めた頃は、毎日嫌々サッカーに行っていたが、初めての大会で奇跡的に1点取ることができた。そこからは、サッカーと共に歩んできた人生で、我が家の生活は一転した。
 
僕の家族は、父・母・祖母・兄・私の5人家族。
父にはプレミアリーグやチャンピオンズリーグを見られるようにしてもらい、ゴールを買ってもらった。小さい頃は、父と兄との3人でお風呂に入ってサッカーの話をよくした。学校が終われば毎日兄と母と練習した。母に、兄とのリフティングの回数を数えてもらい負けては泣き、1対1をして負けては泣いて、毎日泣きながらボールを追いかけていた。
祖母には毎日送迎をしてもらい、自分の出場したほとんどの試合に応援きてくれ、1番近くで応援してくれた。小学生の頃は、とにかく兄に勝つことが最大の目標だった。今思い返すとたくさん家族に迷惑をかけてきたと思うが、家族には感謝してもしきれない。 

僕は家族が大好きだし、兄が好きだ。兄とはたまにしか会えないが、会うと二人でお酒を飲み、サッカーもする。私が生まれてから本当に可愛がってくれていると思う。その感謝からか私はずっと姉、弟や妹が欲しいという強い気持ちを持っていた。
これは余談ですが、幸せなことに最近、兄が婚約し素敵な義姉ができて、1人家族が増えて本当に嬉しいです。

中学生の頃は、父以外に初めて、こんな男になりたいと思える人生最大の恩師に出会った。サッカーの技術に加え、人間として大切なことを学んだ。その恩師は誰よりも誠実で熱い人。初めてサッカーを教わった時、正座しながら自分と同じ目線に立って指導してもらった記憶は今も鮮明に覚えている。中学入学時、私は身長が135cmしかなく身体が周りの選手よりも小さかったこともあり、苦い経験をたくさんした。しかし、毎日サッカーをするのが楽しくて仕方なかった。少しでも上手くなりたい、という気持ちで毎日ボールを触った。
 
高校生の時は、千葉県を制して選手権に出場する、少しでも上のカテゴリーに上がるんだという向上心を持って3年間サッカーに打ち込んだ。お医者さんに今の医学では治すことができないと言われる大怪我をしてしまった。思い描いていた結果を残すことが出来なかったが、僕にとって毎日仲間と目標に向かった日々はかけがえのない時間で、宝物だ。
 
高校卒業後、好きだった英語を学ぶ為、東京の専門学校に進学した。専門学校で英語を学ぶ中で、さらに言語を学びたいという気持ちから、京都外国語大学に編入することを考えた。どうしてももう1度部活で仲間とサッカーをしたいという想いから、受験前に京都外国語大学サッカー部に連絡し、編入でも入部できるのかを聞き、入部できることを確認してから受験を決意した。

いざ京都外国語大学に入学してみると、コロナウイルスの流行により、大学はオンラインが主流、部活は10月くらいまで活動できなかった。現在は、大学に対面で通えているが、入学してからはオンライン授業の期間の方が長いこともあり、大学に友達がほとんどいない。学校生活と部活動は、編入を決めた時に思い描いていた大学人生とは大きく異なっていたが、本当に編入して良かったと心から思う。
 
それはサッカー部の最高の仲間達と出会えたからだ。
 
この大学のサッカー部には、本当に色々な人がいると思う。様々な理由や目的で入学し、学部・学科も色々で、やってきたサッカーの環境も違うし、様々な地方の出身の部員がいる。
去年は10月まで活動ができなかったため、前期リーグは中止となった。10月に入部し、12月まで後期リーグを戦うチームに合流する形で入部した。そこで、当時4回生で主将を務めていた岩田さんに出会った。
出会って間もない僕を気にかけてくれ、全ての試合の移動を共にさせてもらった。知れば知るほどいい人だなと思った。
それと同時に、4回生は1人だけで主将と言う立場で、誰よりも頑張っているのに前期リーグは中止となり、後期リーグの間の活動は週末だけ。正直あまりいい言い方ではないが、かわいそうだな、ついてないなって思った。また、昨年はなかなか試合に勝つことができず、負けを味わうことの方が多かったにも関わらず、いつも車の中で岩田さんは『来年以降の外大サッカー部のために少しでも力になりたいんだ』と口にしていた。
 
いざ自分が4回生になり最高学年になった。チームの目標として3部昇格を目指して始まった新チーム。前期リーグを首位で突破し、後期は、昇格を賭けたリーグへの出場権を得ることができた。

さらに、前期リーグの途中で、後期から主将になることが決まり8月終わりからチームの主将になった。岩田前主将や部員から、僕が入部する前のサッカー部や先輩の話をよく聞いていた。なので、このチームを3部に昇格させたいという気持ちと同時に、今までの先輩に恥じない結果を残さなくてはならないというプレッシャーを感じていた。

 
9月から10月の後期開幕までの1ヶ月間、自分が主将となり後期リーグに向けてチームとして良い練習が出来るか、みんなに信頼してもらえるかが毎日心配でたまらなかった。
主将に就任するにあたって、自分はこのチームに何ができるか。まずは誰よりも一生懸命取り組むことと、仲間1人1人をしっかり見つめようと思った。主将としてチームをよく見るようになり、色々と良いところがあるのだという発見や、今まで見えてなかった小さなところでチームのために働いてくれている選手やマネージャーの姿をたくさん発見した。そういう気づきがあるたびに、自分へのプレッシャーは無くなっていった。主将となりチームの1人1人を見つめ、チームを引っ張りみんなが頑張れるような環境を作る、みんなに笑顔を与えなくてはと思っていたが、いつしか自分がみんなに笑顔を貰っていることに気づいた。毎日笑顔で挨拶してくれる後輩、練習終わりにマーカーを笑顔で集めてくれるマネージャー、練習が終わると、りく君帰りましょう!と毎日笑顔で待っていてくれる後輩、毎日しょうもない電話をしてくる後輩。全員が大好きになっていて、いつしか弟や妹の様に思っていることに気がついた。
 
主将に就任し、色々な想いや経験をしたが、1番の変化は部員みんなの良いところにたくさん気付き、みんなのことを大好きになったことだ。だからこそ、このチームで勝ちたいと思い、1試合、1分1秒でもみんなに笑顔でいてもらいたいと思った。そう思えた時に、前主将の言葉を思い出し、こうやってチームの伝統は生まれ、何年もの間このチームは進んできたと気がついた。
 
私はサッカーが上手くないからチームを勝たせる力も、1人でみんなを統率する力もない。
情けないがこれが現状だ。
 
だけどそんな情けない主将の自分にも、みんなの為に、未来の外大のためにできることがある。
 
それは全力でみんなのために・チームのために頑張ること。伝えられるすべてを伝えること。
 
このチームの主将には、練習の前と後に部員に話をする機会がある。
私は練習に行く前に必ずシャワーを浴び、その時間で今日は何を・どのように伝えようかを考えてから練習に行く。みんなに伝えたいことが多すぎて、うまくまとまらない。みんなからは裏で話が長いと言われていることを知り、とてもショックだった。ただ、引退までの残り1か月半で自分が伝えたいことはすべて伝えたいと思う。
 
そして、今、僕から後輩であるみんなに1番伝えたいこと
 
それは、今を大切にして欲しいということと、周りを見える様になって欲しいということ。
 
外国語大学の為、いつ誰が留学してチームを離れるかわからない。いつコロナウイルスが再流行し活動ができなくなるかわからない。だからこそ、今を大切にして欲しい。今、共にいる仲間に感謝して欲しい。今、毎日サッカーを出来ていること、隣を見れば仲間がいること、当たり前ではない。当たり前に感謝するということは口で言うほど簡単ではないが、今という時間を大切に、噛みしめてほしい。
 
周りを見ればチームのために動いてくれる選手やマネージャーの良いところに、気が付ける。そうするともっとチームが好きになり、サッカーが楽しくなる。
僕自身、まだまだ周りを見きれていない部分があるが、少しでも周りを見ることができれば世界は変わる。いつもみんなの周りにはありがとうで溢れているし、小さなことでも、誰にでもありがとうと言える人間・チームになってほしいと思う。様々な理由でこの大学に入り、サッカー部に入部した仲間たち。どうせ入ったなら笑顔で楽しくいて欲しいし、最高の時間にして欲しい。
 
そしてなにより、感謝を伝えたい。
 
本当にありがとう。
みんなの笑顔や優しさに支えられて今の自分はいる。主将になり、もちろん大変なことや辛いこともあるが、みんながいるから頑張れ、今という時間が最高に楽しい。だからこそ残りの1ヶ月半、自分にできる限りのことをして引退したい。1分1秒でも長くみんなが笑顔でいれるようにしたい。
 
後期リーグが始まり11試合のうち、5試合を終え3勝2敗、首位との勝ち点差は4。
 
まだまだこれから。もう負けは十分味わった。
 
きっと残りの1ヶ月半辛いこともある。
 
だけど俺には最高の仲間達がいる。
 
将来の外大のため、みんなの笑顔を作るために。
 
全力で駆け抜ける。

最後になりますが、これまでかわいい後輩達のnoteを読んでくれた方々、少しでも外大サッカー部に興味を持ち応援してくださっている方々に心から感謝申し上げます。
正直自分達はサッカーが上手いわけではないし、多くの人達から見て注目度は少ないし、何かを与えられる訳でもないと思います。
しかし、ここには最高の後輩達がいます。
これから先も、外大サッカー部と最高の後輩達を応援していただければと心から思います。
 
 
今まで自分のサッカー人生に関わってくれた全ての方々、父・母・祖母・兄・あおちゃん
 
私の自慢の家族、最高の後輩に感謝して
残りのサッカー人生を最高の仲間達と駆け抜けます。
 
最後に自分の1番好きな歌の歌詞を添えて今回のnoteの最後を締めくくりたいと思います。
 
高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな。
 
みんなで今年残りの試合、高い壁もある。けど乗り越えよう。全員で。
 
12月全員で最高の笑顔を。走れ京都外国語大学サッカー部。
 
長い文章でしたが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
これからも京都外国語大学サッカー部をよろしくお願いします。

・藤倉陸(ふじくら りく)
・出身: 千葉県
・学部: 外国語学部英米語学科
・経歴: 日本体育大学柏高等学校 

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