童話・ふくろう森のジジ
おとうとのコータがセミをとってきた。マンションのうらにあるふくろう森でつかまえてきたらしい。ちなみにふくろう森にふくろうはいない。ホーホーときこえるので、小学校低学年(ていがくねん)の子たちはそうよんでいるのだ。こえのしょうたいは、【はと】だって小学四年生のわたしはしっている。
「ジー、ジーってなくから、きみの名まえはジジだ!」
コータはにこにことプラスチックの虫かごのなかにいるアブラゼミをみつめた。わたしはアブラゼミにいいおもいでがない。ちゃいろくてうるさい。それに小さいとき、みちにひっくりかえっていたアブラゼミがきゅうにジジジッとないて、ぶつかってきたことがあってにがてなのだ。
「コータ、そのセミ、にがしてきなよ。」
わたしはいやそうにいう。
「やだよ。ジジとぼくはともだちなんだ。これからいっしょにくらすんだ!」
コータはいい出したらきかないところがある。セミのいのちは七日でつきるときく。それまでがまんしよう。わたしはそうきめた。
あさはやくから毎日(まいにち)、コータのセミは大きなおとでなきだした。これにはおとうさんもおかあさんも、もちろんわたしもほとほとこまってしまった。おかあさんは、
「ジジのごはんはどうするの?森にかえしてらっしゃい。」
とさとす。コータは、
「やだやだやだ!」
と虫かごをぎゅっとかかえ、エーンとないてしまった。
そうしてセミにむりやりおこされる生活(せいかつ)が十日つづいた。セミはとてもげんきだ。とうめいのかべにぶつかりながらもとんでることがおおい。からだをぶつけていたくないのかなとわたしはしんぱいになった。セミにつめたいプラスチックはにあわないとおもった。
「コータ、ジジのこと好きでしょ?としょかんでジジについてしらべてみようよ。」
夕ごはんをたべているとき、コータにいった。
「うん!」
コータは目をかがやかせてうなずいた。
としょかんの本でわかったのは、このまま虫かごでセミをかっていると、はねやからだをきずつけてしまうこと、成虫(せいちゅう)になったあとは一か月ほど生きること。そして、
「ジジはオスで、子どもをのこすため、メスにむけていつもいっしょうけんめい、ないていたんだね。」
コータはしんみりしたかおでいう。
「そうだね。虫かごのなかじゃジジはおよめさんをみつけられないね。ジジのいのちのじかんはもうみじかいとおもう。」
わたしはこたえる。
「ぼく、ジジにはしあわせになってほしい。それにきずついてほしくない。ジジとぼくはともだちだもん。ジジを森にかえしてくる。」
コータはそういいきるとわたしのほうをみつめて、
「おねえちゃんにもついてきてほしいんだ。」
としんけんなかおでいった。わたしはアブラゼミがいっぱいすんでいる森にいくのはいやだったが、コータとジジのことをおもうとことわれなかった。
そのよる、ジジジッというおとで目をさました。よなかにジジがなくのはめずらしいなとおもった。ベッドからおきあがり、へやから出ると、森がひろがっていた。なつのひるまの森だ。草木の青あおとしたにおいがかおる。まぶしい日のひかりがじめんをてらしている。そこに木のかげがゆらめいて、じめんにまだらもようをえがく。みーん、みーん、ジジジッ、ツクツク・・・ボーシ!セミたちの大がっしょうがきこえる。
「おねえちゃん、ここ、ふくろう森だよ!」よこにはコータがいた。かたにはジジの入った虫かごをかけている。きっとこれはゆめだとわたしはおもった。
「ジジのなかまのこえがいっぱいきこえるよ。ぼく、ここでジジとおわかれしようとおもう。」
コータが虫かごのとびらをひらくとジジはゆっくりわかれをおしむように出てきた。ジジジッ!となくと、ちゃいろいはねを大きくうごかした。そのままとびさっていくのかとおもったがおどろくことに、わたしとコータの目のまえまでくるとぽおっとひかり、
「ボクのことをかんがえて森にかえしてくれてありがとう。ボクはとぶのがすきなんだ。だからひろい森にかえれてうれしい。」
とふだんのジジのなきごえからかんがえられないすんだこえがきこえた。コータはこうふんして、
「ジジ!ジジしゃべれるの?」
ときいた。
「いまはこの森のぬしの力をかりてしゃべっているんだ。ぬしがきみたちとはなしをしたいって。だから、ぬしのところへあんないするよ。」
ジジはわたしたちのあゆみにあわせてゆっくりとんだ。
「森のぬしって、どんなかんじかな?龍(りゅう)かな?それともてんぐかな?」
コータはわくわくしたようにいう。
「そうだねぇ。大きなくまかもしれないよ!」
コータをすこしおどかすようにいう。
「きょうぼうなくまだったらこわいな。」
とコータはしんぱいそうにいう。
「だいじょうぶだよ。ボクらのぬしはやさしいかたさ。」
ジジがほこらしげにいった。ずんずんと森のおくへとすすむ。草と土とでふみしめるかんかくがちがっておもしろい。わたしは小学三年生ごろからふくろう森であそばなくなった。ともだちとまんがをよんだり、こうえんにいってもゲームをしたり、大きくなるにつれて森とかかわることがへった。かぜがふいて木(こ)の葉(は)がなびいたり、とりのこえがきこえたり、一瞬(いっしゅん)でもおなじありかたがない森にたのしさをかんじた。それはハラハラとすることがおおいまんがやゲームとはちがう、おだやかであたたかなきもちだった。
「ついたよ。ここがぬしのいえさ。」
ジジはとっても大きい木のまえをぐるぐるととぶ。その大きい木にはまるい穴が空(あ)いていた。そこをみているとひょこっと、ちゃいろときいろがまざったもこもことした羽毛(うもう)をもつどうぶつがすがたをあらわした。
「ふくろうだ!」
コータははじめてみるじつぶつのふくろうにこうふんしているようだ。
「ふむ、たしかに、わしはふくろうじゃ。ただ二百年生きているこの森のぬしでもある。」
そのこえはおじいさんのようであったが、はりがあってりんとしている。
「ジジを森にかえしてくれてかんしゃする。」
そうわたしとコータにいうと、つぎはわたしのほうをむいて森のぬしはたずねた。
「わしはとおくのこえをきいたり、ふうけいをみることができる。きみはむかしはよく森にきてくれたな。たしかアブラゼミをにがてとしていた。それでもジジをしんぱいしてくれたのはなぜじゃ?」
いげんのあるこえにわたしはせすじがシャンとのびた。
「さいしょはジジのことがにがてだな、いやだなとしかおもいませんでした。」
「ほう。」
森のぬしはふくろうらしくあいづちをうった。
「だれだってすきになれないものはあるとおもいます。でも本をよんでりかいをふかめること、きもちをかんがえることはできました。そうしたらジジにはしあわせになってほしいというきもちがわいてきたんです。」
わたしははっきりとしたこえでこたえた。
「そのきもち、わすれてはいかんぞ。きみはこの森をみてどうおもった?」
森のぬしはやさしく問(と)う。
「ジジとコータとここまで歩いてきて、森にもきもちがあるんじゃないかとおもいました。だって一瞬一瞬へんかがあってひょうじょうゆたかなんですもの。」
わたしは森のようすにほほえましくなってえがおでこたえる。
「森のきもちか。人げんみんながそれをかんがえてくれるとうれしいものじゃな。」
森のぬしはふぉふぉふぉとわらった。そして、
「人げんははなしあってきもちをりかいしあえるが、森やどうぶつはこちらがきもちをかんがえてよりそわないとじゃな。」
とつづけた。コータはだまってわたしたちのはなしをきいていた。
「コータ、ボクのことをともだちっていってくれてうれしかったよ!ありがとう。これ、ゆうじょうのしるし!」
ジジはきように足でどんぐりをつかむとコータの手においた。
「ジジ!これからも、ともだちだよ。ジジの子どもやまごたちをぼくはまもるよ!そのために森のきもちをかんがえて、森を大切(たいせつ)にするんだ。」
コータはけついをかためたようであった。
「森のぬしさん、さようなら!ジジ、あなたには森がよくにあうよ。げんきでね!」
わたしはわかれのことばをいう。コータも、
「森のぬしさん、さようなら!ジジ、またあそびにくるね!」
とつづけた。
めずらしくめざましどけいのじりじりというおとでおきる。ジジのこえがきこえない。森にかえすときめたのに、力つきてしまったのか。ふあんになったわたしはコータのへやにむかった。
「コータ!ジジは?」
コータは目をこすりおきだす。そしてまくらのよこにおいてある虫かごをみる。
「ジジがいない!」
コータはなきそうなかおになった。虫かごも、まどもしまっている。そこでわたしはきづく。
「コータ、手になにをもっているの?」
「へ?」
コータがにぎりしめた手をひらくとどんぐりがころりとあらわれた。
それからそのどんぐりはコータのたからものだ。
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