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不調なときは、遠慮なく休むのが1番の配慮かもしれない
年明けから体調が優れなかった。
それでも、育児や家事は休めない。
どうにかして動いていたけれど、それって本当に動く必要ある?
今回は、家族から気づきを得たお話を綴ります。
なんとなく1週間ほどダル重な気分。
具体的に"どこが痛い"ということもなく、頭と身体が重いだけ。
体調不良というか、気分が優れないというか…
うまく表現できないけれど、1つひとつの動作にいつも以上の気力が必要だった。
11月末から子どもたちが順番に体調を崩し、ようやく2人とも回復したのに。
まだ続く冬休みを、もっと楽しく過ごしたいのに。
なんか、すべてが面倒くさい。
気持ちを奮い立たせるための気力もなく、全部面倒くさかった。
朝起き上がるのも
家族分のご飯をつくるのも
テレビの電源をつけるのも
洗面所のタオルを替えるのも
子どもの麦茶をコップに注ぐのも
全部ぜーんぶ気が進まなかった。
身体が重くて、そっとしておいてほしかった。
それでも家族にとって、母・妻はわたししかいない。
どうしても、休みたいと言えなかった。
いつもよりのっそり重い動きで、どうにか応じていた。
そんな時、ふと鏡にうつった自分が目に入る。
え…。わたし、機嫌悪そう。
体調に異常はないものの、目の下のクマがひどく負のオーラがすごい。
明らかに『今この瞬間楽しめてない人』の表情だった。
こんなひどい表情で家族と接していたのか。
ふと我に返って、家族に申し訳ないと思った。
わたしは、人の表情をすごく気にする。
相手のふとした表情で気持ちを想像し、不快にさせてしまったのではないかと勝手に不安になる癖がある。
もし今自分のような人が話す相手だったら、不安でたまらないだろう。
わたしなら、鏡にうつる自分のような人がいたらなるべく接したくない。
無理してる素ぶりがあれば、どうしてこの人は休まないのだろう?と疑問に思う気がする。
家族にも、不安を与えてしまったかもしれない。
早急に対応するべきだと心がざわざわした。
お母さん、少し休むね!
家族に宣言した。
2秒ほどぽかんとしていたが、すぐに「わかった!」と子どもたちが返事をしてくれた。
頼もしい子どもたちの反応に安堵して、思い切ってお昼寝をしてみた。
1時間半ほど寝ると、気持ちがスッキリ冴え渡りモヤモヤが取れた気がする。
起きたあと、子どもたちにお昼寝させてくれたお礼を伝えた。
『どういたしまして。また休みたいときは言ってね。』
長男の言葉で、心にかかった霧が晴れた。
あたたかい言葉に、ハッとした。
そうか。
わたしは独りよがりだった。
母だから、妻だから、休むわけにはいかないと思っていた。
自分が動かなければ、家が回らないと思い込んでいたのだ。
でもそれは違う。
不調なときは、休んでもいい。
むしろ、休まなきゃいけない。
疲れを見せながら動くのは、誰も嬉しくない。
家族もそれぞれ1人の人間なのだから、思いやりが必要だ。
家族に甘えよう。
家族を信じよう。
つらいときはヘルプを出そう。
誰かに迷惑がかかること以外は、家のことができなくても支障はないだろう。
『無理をしないこと』が、家族への1番の配慮なのかもしれない。
家族のおかげで、今はダル重な不調は回復しつつある。
これからも1人よがりにならず、相手を心から思いやる行動を取っていきたい。