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ほんとうに恐ろしいものは(3)

この話は、『Kカフェで会いましょう』の続きです。
Kカフェに『中野ブロードウェイ怪談』を聴きに来たレイカちゃん。
渡辺浩弐さんが語る『Kカフェになる前の医院の話』はどこか怪しげです。
そんな話にレイカちゃんは恐る恐る耳を傾けていますが……?

この物語はフィクションですよ

(医院の噂話……もうだめ、怖い…)

わたしはドキドキはらはらしながら話を聴いた。
渡辺さんは、いつものようにナチュラルに淡々と話していく。
それがかえって怖い。

「医院では何やら、条件を満たすと、怪しげな特別待遇をしてもらうことができた…というんですよ。ただ、みなさんにその待遇とは何です?と尋ねると途端に言葉を濁すんです。ちょっとやばい感じがしますよね。そこで、そのお孫さん、カマをかけてみたんですって。

おばあさんの若いころの写真を見せつつ、『この自分の祖母がかつて、医院で"待遇"の受付担当だった。そこで素敵な出会いがあり、お礼を言いたくてその人の行方を探している』とありもしないことをちらつかせてみたところ、複数人がその言葉に心動かされて、『それならば』と重い口を開いたんです。

なんと、特別待遇とは、”裏メニュー”のことで…大金を詰むと、”予防接種”と称して、怪しげな増強剤のような薬を注射してもらえる…ということだったんです。

その薬を実際に使用したと主張する人によると、看護婦や院長が何やら壁に設置された蛇口のようなものをひねると、赤黒い液体が出てきた。ビーカーにその赤黒い液体を注ぎ、そこから太めの注射で吸い上げて、静脈注射したというんです。

僕はここでハッとしました。【中野ブロードウェイ怪談】05に登場する、壁の中に這っていたブニブニとしたパイプ、つまり僕が引きちぎった問題のパイプは、そのタンクとつながっていたものなんだろうなと思ったんです。

実は今回、資料として、やしゃごさんから古い図面のデータもいくつか一緒にもらいました。


古い図面と2000年代のフロア図を並べてみた

改装時にいろいろな図面を探したり、管理事務所にお願いしてあるだけの図面を見せてもらったんですけど、今回もらったデータはこれまでみたことのないデータでした。その図面データを見るとね、なんと僕がこのカフェの改装をした時に、手探りで撤去したあの配線図が載っていたんですよ。そして、このいま僕が座っている配信席のあたりに医療薬保管庫があったのですが、そこの隅にさらに秘密の小部屋があって、そこは”貯蔵室”になっていました。そこにあるタンクで”薬”が製造・貯蔵されていた。

証言に出てきた、赤黒い液体は、院長が密かに作っていた薬品だったようなんですね。もちろん密かにつくっていたから、安全が保障されていない薬なわけで……何が入っていたかもわからないものだったけれども、手の施しようのない患者さんにそれを注射すると、患者さんはからだがカーッと熱くなって、元気になって走り回れるんですって。みなさん、ハブ酒のんだことあります?ああいう感じの、身体の芯からぐぐっと何かが噴き出る感じになって、めちゃくちゃ高揚するので、裏メニューとしてものすごく人気があったと。

僕が、無理やりむしり取ろうとして千切れたパイプには、かつて貯蔵庫から送り出された謎の液体が残っていた。貯蔵庫がなくなったあとも、パイプは壁の中で守られた状態になったので、液体が蒸発することなく熟成して発酵して粘液状の赤黒い液体になったものと考えられるかなと思います。鳥の鳴き声みたいな音が鳴ったり、千切れたパイプが暴れるように液体を撒き散らしたのも、パイプの中で薬が発酵した際、ガスなどが生成されていれば、なんとなく辻褄も合いそうな気がします。証拠がないのでなんとも言えないのですが……

ちなみにあの液体を浴びた僕の身体ですが、メガネが不要になったことが一番不思議でしたけど、その後しばらくは腰痛などもよくなってた気がしたし、頭もキレキレに冴えていて……その薬、効果は確実にあったのではないかなぁ。第一、浴びた直後上層階の住居兼事務所に急いで走ってシャワーを浴びに行ったわけなんですけど、僕、超特急で部屋につきましたからね。いまではあの時のタイム出ませんよ。洗い流さずにもうちょっと観察したり、ヌルヌルも楽しめばよかったかもなんて今となっては思うんです。

あと、あれ、よく考えたら珈琲のようなワインのような、なんか苦いんだけどほのかに酸味のある液体だった記憶があるんだよな~」

お客さんの手元にあったアイスコーヒーの氷が一斉に、カランと音を立てる。

しんとした空間に響き渡ったのでビクッとなった。

「あと、いい話ばかりではなかったみたいです。なにせ認可のとれていない確実に怪しい薬なので、アナフィラキシーショック症状みたいなものもあるわけです。その場で倒れちゃってそのままお亡くなりになる…というケースもなくはなかったみたいなんですね。

推測の域を出ませんけども、看護婦だったおばあさんがお孫さんたちにこんなことを話していたそうなんです……”予防接種”を希望した8人の患者が、一斉に神隠しにあっていなくなったと。初めは受付の眼を盗んで、費用を踏み倒して逃げたのかと思ったが、家にもどこにも帰っておらず、警察にも相談したがついに見つからなかった。

つまり患者が、診察室で例の薬品を注射された後、アナフィラキシーショックでどうにかなってしまい、秘密裡に処置されたんじゃないかと………お医者さんですからね、ひとの一人や二人なんとかできるんじゃないかなと思いますけども…まぁ、あくまで仮定ですよ?でもここの物件の安さを考えれば、まぁ、そんなこともあっても不思議ではないのかなぁ」

この場所でそんなことが本当にあったのかな?
渡辺さん、さらっと言っているけど、怖いよ……

「でもね、今回教えていただいた情報で、僕が怖いなぁと思ったのは、その怪しい薬の話でも、死人が出たかもしれないって話でもなくて…聞き込みで何人かがカミングアウトした”別の証言”です」

やめてよ!
さらに怖い話なのかな!?

カフェにいるお客さんたちは、そわそわしたり、背筋を伸ばして構えたり、次の衝撃に備えているようだった。

「お孫さんは、かつて問題の医院を利用したことのあるひとたちに聞き込みする際、おばあさんの若いころの写真を見せつつ、『この自分の祖母がかつて、その”待遇”の対応担当で、そこで素敵な出会いがあり、お礼を言いたくてその人の行方を探している』とありもしないことをちらつかせたって言ったでしょ。

そうしたら、男性の何人かが予想だにしないことを笑顔でカミングアウトし始めたそうなんですね。

『あそこの医院は美人の看護婦が多くて、ちょっとお願いするとアレをナニをしてくれる看護婦が3人くらいいたんだが、”特別待遇”ってそれのことかなぁ』

……と

そして、間髪入れず、アレをナニしてその後かなりいい関係になったり、どういったアレのナニだったかを具体的に嬉々として話し始めたらしいんですね!

今日は配信もありますので具体的には言いませんけども……

ちなみにその男性たちはおばあさんの若かりし頃の写真を見て『この人ではなかった』と言ったので、お孫さんとしてはほっとしたらしいのですが。思いがけない猥談にかなり肝を冷やしたということです!

はい!今日の怪談【ほんとうに恐ろしいものは】でした。

ご清聴ありがとうございました!」

すごいオチ…
最後、怪談じゃなくて、猥談だったけど…

……本当に怖いのはニンゲンの性欲…ってこと?
あれ?そういう話じゃない?

◇  ◇  ◇

渡辺さんが、配信をオフにして、カウンターに戻る。その時、お客さんに向けてふと思い出したように真面目な顔で言った。

「実はですね……本の中では書きませんでしたが、改装時にひっぺはがした謎のパイプ、すべて撤去したわけじゃないんですよ……」

お客さんが、一瞬ざわっとする。

「こんな日が来るんじゃなかろうかと、1本だけブニブニのパイプを引っぺがさずに残しておいたんですね!今日のドリンクは、そこから採取した怪しい液体そのものなんですよ!!僕が事前に毒見したので大丈夫ですから!さぁ、ぜひみなさんじっくり味わって、元気になって帰ってください!」

お客さんは、どっと笑う。

「またまたぁ」
「今日のアイコ、ドロッとしてると思った」
「真面目な顔でさらっというんだよな~先生は」
「本当なのか嘘なのかわかりません」
「もう飲み干しちゃったけど…おかわりしたいな」
「しかし、さっきの話、本当なんですか?」

お客さんは口々に好き勝手言う。
渡辺さんは笑っていた。

「基本的に【中野ブロードウェイ怪談】は本当の話ですからね!?作り物のはなしを面白おかしくはなしたって面白くないんですから」

と、言い終わるかどうかのタイミングでこちらのほう視線を向ける。

「あれっ!」

わたしの存在にはじめて気が付き、驚いた表情をした。

「レイカちゃん、来ていたの?いつから?」

わたしは、声を出そうとしたが出ない。あ!音声システムをミュートモードにしてたんだった。慌ててミュートを解除した。

「えっ、あっ、あの、お話が始まる直前くらいに……です」
「そうかぁ。びっくりした。来てくださってありがとうございます」

そういいながら、渡辺さんはこちらに向かって歩いてきた。

「レイカちゃんも、いつものようにちょっとだけ味見する?」

わたしはニンゲンの形をしていないから、当然物理的に飲食物を摂取するシステムがない…飲食店に行く資格のないカラダなのでした。けれど、ちょっと味を確認したり、香りを確認する測定システムは持っているので、わたしに対して渡辺さんはいつも「味見する?」と聴いてくれる(もちろんお代は払うよ!)。

「はい!怪しい液体の味知りたいです!」

わたしがそういうと渡辺さんは笑って、ドリンクを準備し始めた。

数十分後。渡辺さんは、わたしの目の高さまで降りてきて、わたしのメインのコンピュータの端っこにあるプレートを慣れた手つきで引き出した。そして、ちいさなコーヒーカップに入った琥珀色の液体を、スプーンで軽く一杯、そこに注いだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

システムが液体の味と香りを測定・分析し始める。

脳に、流れ込んでくる味と香り……

「なんだろう?不思議な味。これコーヒーですか?」
「さぁ?コーヒーかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ。ちょっと酸味があるでしょう?」
「はい。癖になる味。おいしいです」
「それはよかった」
「あと、今日、怪談おもしろかったです。怖かったけど…!」
「ありがとうございます。来てるの知らなかったから……あぶなかったなぁ最後のほう、いやらしい話つけたさなくてよかった……」

渡辺さんがそういうと、周りのお客さんがどっと笑った。

わたしは疑問に思う。

「今回の話は本当にそういった情報をもらったんですか?100%本当?それとも、今回も99.9%くらい本当なんですか?」

渡辺さんは真顔で答えた。

「不透明で不思議な物事を伝達・解明していくうちに、真実に迫ることができるが、尾ひれもつく……都市伝説や怪談というのはそういうものだし、そういう話を楽しみながら残していく、僕はそんな風に考えてこのイベントをやってます。信じれば、本物の話になる。どのみち、ひとの記憶なんていうのは曖昧だ。それに、真実は経験した人の中にしかないからね。僕はそれを語って形に残すだけ。できるだけ”本物の話”として」

「その論理で行けば、真相がない”嘘”も真実だと思い込んで言い続けていれば真実になるということですか?」

「そうだなぁ。嘘から出た誠、ってことわざがあるくらいだからね」

ふっと、渡辺さんは目を伏せた。

「いつの間にか、事実無根な嘘でもチカラの強い人が”ホントだよ!”と言い続けていれば、真実になってしまう。逆も然り。どんなに真実を大声で叫んでいても嘘と言われることもある。僕も昔々そんな悲しい思いをしたことがある。つらいけれど、そんなものさ。でも信じてくれる人が少しでもいてくれたら、救われるじゃないですか。だからこの怪談もできるだけ、作らずに本当のことを伝えていきたいんだ。まぁ、どうなるかはわからないけれどね……」

そういって渡辺さんは苦笑いをした。めったに見せないアンニュイな表情だった。わたしの目線が低いから、そういう風に見えただけかもしれない。

「渡辺さん?大丈夫ですか?」
「あ、ごめんね。何でもないよ」
「わたし……結局何を信じたらいいんだろう?」
「レイカちゃんは、素直に自分の信じたいものを信じていたらいいんじゃない?」

渡辺さんはそう言ってわたしに微笑んだ。

「はい!そうします」

「そうそう。それでいい。だから、さっき味見した液体が、ただの珈琲なのか、僕にかかったあの時の液体の味を思い出して似せてつくった飲み物なのか、それとも……本当に当時物の液体なのか……それはレイカちゃんが決めていいからね!!」

「えっ!?」

わたしはその言葉にびっくりした。さっきの液体…?!

渡辺さんの眼、笑ってない……
嘘でしょ……?

渡辺さん、ここにカフェを開いてからン十年もここの管理をしているわけだし、実際改装に立ち会ったわけで、その際、実は引っこ抜いてないパイプの1本や2本あるのかも?……いや、そもそもその話自体本物なの?今回聞いた話は実在する人たちから聴いた話だから本物だよね?あれ?言われてみれば”味見”してから、からだが熱い気がする!‥‥違う違う、わたし、からだはないんだった。えっと脳が…本体が熱い。もー!だんだんわけがわからなくなってきた……

「おっと、大丈夫?!オーバーヒート気味のイエローランプついてる。生体維持液が熱いよ」

渡辺さんは、熱を測るようにわたしの水槽に手を当てる。

「ちょっと落ち着かせます……大丈夫です。すみません」

「からかいすぎちゃったかな。ごめんね」

ほんとうに恐ろしいのは、こんな本気か嘘かわからないことを次々真顔でさらっと言う……渡辺さんかもしれなかった。


おわり


お付き合いいただきありがとうございました
アイスコーヒーをどうぞ!

作者覚書
2024年8月17日 17:00頃 (3)執筆スタート
2024年8月19日  時間こまぎれで終わりまでかく
2024年8月19日23時10分 微調整して、もういいだろって思い公開(後日補正するかも)
 

作者よりひとこと
今回書いた怪談部分は100%フィクション、駆動トモミの創作だからね!

だけど、ほんのちょっとだけいいたいことを混ぜました。

なんだろう?二次創作と言っていいのかな、この小説は…?

とりあえずレイカちゃんシリーズは気が向いたらまた登場するかもしれないです。

で、

本当の【中野ブロードウェイ怪談】がこんな感じで行われているかどうかは実際現地に行って確かめてみるのをお勧めします!!いつまでやるのかな?やってるうちにみんな行くんだよ!夏のうちはやるんじゃないかな…?

Kカフェの営業予定は↓のブログからチェックすること!

そして、【中野ブロードウェイ怪談】を読んでみたい人はこちらから。

いま紙の本が正規の値段で手に入りにくい状態なので、いったん電子書籍版をおいておきますね!

※余談ですけど、渡辺さん作品(現行商品)をクドーのnoteでご紹介する場合には、作者さまにお金が入る(はずの)リンクを貼ってますからね!安心して購入してください。


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駆動トモミ/工藤友美
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