
【小説】或る妄想、闇に沈み眠れ(12)
この小説をフィクションと受け取るのかどうかは、あなた次第である。
一晩考えた結果、わたしは、偽物からの『Cafeお誘いのDM』を宣戦布告と受け取った。
であれば、こちらも覚悟を決めて、「Cafe」を訪ねるしかないのだろう。どのみち一度目をつけられた。すべての情報が傍受され、監視されている可能性がある。
わたしは、中野ブロードウェイに向かった。
K/W先生 がやっていた4階の「Cafe」に乗り込むために。

わたしは初めて「Cafe」のドアの前に立つ……いつか勇気を出して、ここを訪問し、このドアを開けるはずだった。
K/W先生 にここで会うことができたなら、いろんな話をしよう。
そう思っていたのに、こんな形で「Cafe」に初訪問するなんて思ってもみなかった。
いろんな思いを巡らせながら、「Cafe」の中に入る。
わたしの鼓動は早くなる。
おそるおそるドアを開けた。

中には人の気配がない。
ゆっくり一歩一歩中に進む。
誰もいないのか……?
ふうっと深呼吸する。
その時、背後でドアが閉まる音がした。
びっくりして振り返ると、そこにはK/W先生 が立っていた。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。あなたはこの店に来るの初めてでしたよね」
K/W先生 の低くて優しい声。
……いや、違う、これは、K/W先生 のふりをしているモノだ。
「なにか飲みますか?」
「いいえ、今日はあなたと話をしに来たのです」
「ああ、そうですか。いいですね、ゆっくり話しましょうか?」
K/W先生 のふりをしているモノは、余裕の笑みでわたしを見つめている。
わたしから情報を引き出そうとしているに違いない……誘導のような質問に引っ掛からないようにしなくては……
「いつも応援してくださって、ありがとうございます。あなたとは古くからのお付き合いですもんね」
「先生、わたしとの最初の出会いを覚えてくれているんですか?」
「ああ、確かBBSに書き込んでくれたのが最初だったような…」
「チャットのことは覚えていますか?」
「チャット?ああ……みんなと深夜までチャットルームでいろいろやりましたね」
K/W先生 のふりをしているモノは、最初、わたしの調子に合わせて会話しているようだったが、次の瞬間、話の空気をかえた。
「でも……ちょっと覚えていないんですが、ぼく、あなたとチャットでお話しましたかね?あなたチャットにいらっしゃいましたか?」
K/W先生 に否定されているような気になり、わたしは思わずムキになってしまった。
「いましたよ」
「そうですかぁ。ぼくは覚えてないんだよなぁ」
K/W先生 のふりをしているモノの術中にはまってはいけないと思いながら、つい語気が荒くなってしまう。
「覚えていないんじゃなくて、分からないの間違いでは?チャットのデータは、あなたの記憶としてインプットされていないんじゃないんですか?」
「どういう意味です?」
「あなたは、ここ20年以内に K/W先生 が発信された情報……例えばいまインターネット上に落ちているような情報しかインプットしていない……違います?」
「そうですか?」
「先生ならば、以前の記憶ももれなく残っているはず。先生は記憶力がいい方ですから」
わたしは、K/W先生 のふりをしているモノをにらむ。相手はひるまない。そしてわたしを褒めた。
「あなたは、昔からのファンだから、1980年代のぼくの活動内容や、1990年代、2000年代前半の状況・やりとりをたくさん記憶しているんですね?すごいですねぇ。さすがぼくの見込んだファンだなぁ」
怖いくらいの笑顔。でも、次の瞬間声のトーンが下がった。
「でもね、失わず保持していると思っている記憶、あなたの中に残っている思い出も、実は本物ではありません。そう思いますが?」
『X』のおすすめフィードで観た、あの言葉!
わたしは寒気を覚えた。
「わたしの記憶や思い出が偽物だと?」
「いえ、そういうつもりはありませんが、ぼくの記憶に残っていないならば事実と言い切れない」
「なっ……!?」
「だってそうでしょう?ぼくが覚えていないのなら、狂言といっても差し支えない」
「わたしの記憶は本物です!」
「あなたがぼくと心通わせた記憶も、幻なのではないですか?」
「そもそも、あなたと……K/W先生 の偽物とは心通わせた覚えはありません!わたしは K/W先生 と……!」
「ぼくが偽物だと、どうやって証明しますか?」
「えっ?」
「どうやって証明しますか?」
「だって、わたしは K/W先生 と……」
「新宿中央公園であなたと会って、あなたに助けを求めた”ぼく”は、本当に本物の”ぼく”だったといえますか?」
「!?」
新宿中央公園で本物の K/W先生 と会ったこと、何で知ってるの…?!
目の前がくらくらする。
K/W先生 のふりをしているモノは、わたしを追い詰めていく。
「その記憶、本物ですか?保証できますか?皆の前で、証言して信じてもらえるだけの材料があるんですか?」
K/W先生 のふりをしているモノが、わたしをまっすぐ見ている。
わたしは蛇に見込まれた蛙のように、目をそらせない。
「やめて…そんな目で見ないで……」
「ぼくを偽物だと断定し、駆逐できるだけのチカラが、あなたにありますか?」
「やめて…やめてよ!!その声で、その顔で、わたしを否定しないで…!!」
K/W先生 のふりをしているモノは、わたしの顔に両手を添え、ぐっと顔をよせ、見つめた。
近くでみても偽物とは思えない。
だが、手が熱い。まるで機械が熱暴走を起こしている時のような熱さ…
「そうですかぁ……そんなに、ぼくのことを愛してくれてうれしいです」
「あなたを愛しているわけじゃない!わたしは……」
「ぼくはあなたが必要です」
「え……」
「ぼくの知らないぼくの情報をたーくさん持っている……あなたが、欲しい」
「!!」
「あなたの全部を、ぼくにください」
ここで、わたしがここに呼びつけられた理由がやっとわかった。
「古参のファン」の口封じではない。
K/W先生としてより完全になるために、ネット上の情報では補いきれない「古参のファン」がもつアナログな情報や、生の情報を手に入れたいのだ!!
「全部、ぼくにください」
鼓動が早くなる。見つめられると、吸い込まれそうになる。惑わされそうになる。
だめ、これは偽物だ。
わたしが好きなのは K/W先生 であってK/W先生 のふりをしているモノではない。
わたしは強く、きっぱりといった。
「偽物なんかに、"宝物"を渡したく……ない!!」
そう言った瞬間、K/W先生 のふりをしているモノは凄い形相でわたしの首に手をかけた。
「では、”奪う”しかないね?」
(く、くるしい…)
グッとゆっくり首を絞められる。ニンゲンではないチカラだ。
これは、バッドエンドのパターン……
薄れていく意識の中でわたしは混乱する。
こんなに近い距離で先生を観られるなんて……
いや、偽物なんだ、これは。
こんな時までそんなことを思うなんて気持ち悪いな…これだから…拗らせてるファンは…
(あ……視界…が……ぼやけていく……)
その時、背後でドアがバンと開く音がして、店に駆け込んでくる足音が聞こえた。
「やめろ!!」
怒号が響き渡り、誰かがにせものの K/W先生 に体当たりした。わたしの首から手が外れ、わたしはチカラが入らずよろけて床に倒れた。立ち上がれない。
あっ!
K/W先生…?
ぼんやりとした視界のなかで見えたものは、不思議な光景だった。
K/W先生 が2人、掴み合っている!!
大声で叫んで助けを呼ばなくちゃ……と思った。
でも、声を出したかったけれど、出ない。
さっき首を強く締められたせいだ。
なんだろう……
まるで K/W先生 の小説の世界に迷い込んだみたい…
せっかく初めて「Cafe」にきたのに、これが最初で最後だなんて嫌だ……
K/W先生の淹れた珈琲、飲みたかったのに……
チカラになれなくて、ゴメンナサイ……
薄れていく意識のなか
わたしは、肩を抱いてもらった、気がした。
にせもののせんせい?
ほんもののせんせい?
……どっちだったんだろう。
………
気がつくと、わたしは自宅の部屋にいた。
何もかも夢だったと思いたかったが
わたしの首には、はっきりと『痕』がついていた。
わたしはいてもたってもいられず、すぐ中野ブロードウェイに向かった。
だが「Cafe」にたどり着くことがどうやってもできない。
4階を探しても、あのドアが見つからない。不思議なことだが、つまり、わたしは入店拒否・出入禁止ということのようだ。
『X』をはじめ、わたしを取り巻く環境に特段異常はない。K.Nさんも、Sさんも、Tさんも、これまでどおり仲良くしてくれている。でも、もしかすると彼ら・彼女たちも「その人たちのふりをしているモノ」に入れ替わっているのかもしれない。
そして、わたしの一連の記憶は、生々しく残っている。SF小説ならば、サクッと記憶が消されているところだが、忘れたくても忘れられない記憶としてはっきりと残っている。
ただ、その一方で、"なにかが迫ってきている気配"があるのだ。
だからいまこの記事を急いで書いている。
誰かに伝えるために。
わたしは、K/W先生 が大好きで、その存在が失われるのが怖くて、救い出したくて、やれる限りのことはしたつもりです。
でも、チカラ不足でした。
これを読んだあなた。あなたは K/W先生 のファンでしょうか。
きっと K/W先生 のことが気になってしまったかと思います。
この記事もいずれ消されたり、改竄されるかもしれない。
でも、どうかこの記事に書かれていることを覚えておいてほしいのです。
どうかご自身の安全を第一に考え、この件については深入りせず、いま存在している K/W先生 の動向を監視していてほしいと思います。
そして、これから刊行される K/W先生 の新刊がどんな風に仕上がっているか、その目で確かめてください。
おそらく消されてしまうであろうわたしの代わりに。
K/W先生 が無事だといいな。
そして、全て元通りになっていて、新刊が目の冴えるような傑作だったなら、いいのだけれど。わたしはもうそれを読むことはないだろうから残念だな。祈ることしかできない。
みなさん、あとは、よろしくおねがいします。
いいなと思ったら応援しよう!
