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ひとひら

あなたが渡してくれた言葉の一葉が、わたしの端々をつめたくするように感じた。
さめていることが、遠くにいるはずなのに、ただそれだけ、現実のように感じた。
真上から見てみればそれが自己中心的だとか、自意識過剰だとか、その様に形容できるだろうが、この感覚だけは本物だと思った。
顧みれば、わたしが感じたように、あなたもそう思っていたかもしれない。自分の体温を膜にして、撫でるように、すぐそばにあるつめたさをあなたも感じていたかもしれない。
与えることと与えられること、施すことと施されること、これらがまるで等価であると、世界で唯一の決まりごとだと勘違いしていた。
わたしの中の醜い下心も、まるで元は満ちていたような心も、全て粉々に砕かれるようだった。

しばらく時間をくれないか。あなたはそのように切り出した。ああ、やはり感じていたつめたさは本当であった。予感していた別れもますます輪郭をはっきりとさせてきた。
しばらくして、膜のように張り付いていた自分の体温すっと冷たくなるのを感じた。
あなたは自分が悪いと文でも声でも私に伝えてきたが、それはなんだか違うような気がしている。あなたが全て悪いと言い切る、そこに私が居ないように感じて、では今までのことは何だったのかと思った。

家にあったあなたの持ち物、元はあなたのために買った土産物などを渡す日だ。できるだけ笑顔で、朗らかに、あなたが傷付くことのないように。あなたが好きだと言った人間が今もそこにいるということを伝えるように。
このように別れを告げられるなら、出会わなければよかった。そう思おうとするには少々長くいすぎたようで、過ごした日々はあまりに瑞々しさを持っていた。あなたと出会うまで長く恋人を持たずにいたのに。あなたに引きずり出されたのだ。私が閉じこもっていた部屋から。
あなたがこれからも何事もなく、健やかでいられますように。祈ろう。あなたの過ごすこれからが幸せに満ちたものでありますように。
連れ出された世界はとかく、眩しく私にとっては忙しなく感じることもあった。あなたがくれた何もかも、捨てられないが、これを持って戻る。元いた日々へ、部屋へ。

掃除をしていると、あなたがフィルムで残そうと渡してきたインスタントカメラが出てきた。どんなものを、どんな場所を、どんなあなたを私を撮っていたか気になったけれど、そのまま捨てた。
ひとひら、あなたが以前くれた私の写真だけ残して置ければ良いと思ったからだ。そう思うことにした。

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