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【レイプ神話解説】「暗数調査でも北欧は日本より被害が多い」は根拠が薄い

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日本万歳!北欧はクソ!

 以前書いた『【レイプ神話解説】国際比較はぶっちゃけ無理で無駄』がTwitterで少しバズった。それはありがたいのだが、SNSでバズったものの宿命としてくだらないクソリプの荒らし(嵐)にも見舞われている。

 今回は私が直接バズったわけではないので直に被害があったわけではない。だが、自分の記事を拡散してくれた人がネットトロールの被害にあうのは心苦しい。せめて、愚か者たちの妄想を破壊することに邁進したい。

 というわけで今回扱うのは以下のような神話である。

 結論から言えば、こうしたエビデンスをもって「北欧はやはり日本より被害が多い」と推測することは可能である。が、推測の域を出るものでもない。結局、明示的な認知件数と同様に国際比較は困難であり、暗数調査ひとつを持ち出したところで本質的な問題が変わるものではない。

 今回はその理由を述べていく。

神話の解説

暗数調査とは何か?

 そもそも暗数調査とは何か、という点をまずは整理したい。

 俗に暗数調査と呼ばれるこの調査は、日本での正式な名称を犯罪被害実態調査という。国連の国際犯罪被害実態調査に参加するかたちで、平成12年から法務省の法務総合研究所が5年おきに実施している。[1]

 犯罪被害実態調査が暗数を明らかにできるのは、この調査が警察の通報の有無にかかわらず、被害に遭ったかどうかを回答者に直接尋ねるかたちをとっているからである。

 認知件数が暗数を生む理由は既に『【レイプ神話解説】被害者が警察に行かないのは普通だし、常に合理的でなければいけない理由もない』で解説している。通報を躊躇う理由があったり、通報しても警察がまともに取り合わなければ、その事件は認知件数に計上されず暗数となってしまう。

 一方、犯罪被害実態調査であれば、通報というステップを踏まないため、こうした理由で埋もれてしまった被害について聞き出すことが可能であると考えられている。

 犯罪被害実態調査はインタビュー調査によって行われる。直近の第6回調査であれば、無作為に選ばれた男女それぞれ3500名が調査員の訪問を受け、彼らとのインタビューを介して調査に回答する。ただし、一部の調査ではインタビューではなく自記での回答を行い、場合によってはWebを通して後日回答を送付することもある。

 なお、データとして得られる被害率には「過去1年間の被害率」と「過去5年間の被害率」の2種類あることに注意する必要がある。

グラフはどこから来たのか

 では、クソリプを飛ばしたミソジニストたちは何をもって、北欧のほうが被害が多いと主張したのだろうか。ここで改めて、リプライに用いられた画像を挙げておこう。

 脚注には法務総合研究報告書の研究部報告39とある [2]。法務省は毎年、犯罪被害実態調査の結果を報告にまとめており、これは第2回調査の結果のものである。このときは国際比較も行われており、それが悪用されたのだろう。

 だが困ったことに、この報告書で過去5年間の被害率のデータが見つからない。報告書のp46からp47にかけて記載があるものの、これはあくまで過去1年間の被害率である。報告書は何せ量が多いので見落としているのかもしれないが……。

 しかし、グラフの出典は見つかった。グラフは報告書のものではなく、どこかの個人が作成したものであった [3]。HPのプロフィールによれば研究員を務めた経歴もあるらしい。グラフには解説も付されているが、内容としてはかなり丁寧かつ抑制的であり、なんとなくこの数字は信用してもよいのではないかと思わせられる。

本当に北欧は被害が多いのか

 さて、この際データの数字そのものは信用するとして、ではこのデータから北欧のほうが被害が多いと結論してよいのだろうか。

 私の解釈では、その結論は勇み足である。ミソジニストたちは、暗数調査が文字通り、暗数を完全に拾い上げた統計だと思い込んでいる。だが、この世にそのような統計は存在しない。そして、暗数調査には無視できない問題があり、そのために性犯罪被害の実態を正しく拾い上げることが出来ていないと考えられる。

 先に説明したように、犯罪被害実態調査はインタビューによって行われる。ただし例外もあり、それが性犯罪被害である。性犯罪被害については、第2回調査の時点で、女性にのみ自記式の調査用紙を渡し、それに回答してもらう形式だった。(当時は強姦罪が女性しか被害者と見なさなかったため)

 その調査票では以下のように質問がなされる。

 勘のいい人ならお判りいただけるだろう。質問項目は強姦罪の暴行脅迫要件を前提した記述になっており、かつ、何を性的な被害と見なすかは回答者に委ねられている。もし、この時点で回答者が自身の経験した行為を性被害だと見なさなければそこで回答は終わり、暗数調査の中でも暗数となってしまう。

 このあとで具体的な行為について尋ねる項目は登場する。だが、それは2ページ先であり、しかも罪種として強姦か、強姦未遂か、強制わいせつか、セクハラなどの不快な行為かを尋ねるだけのものである。2ページ先まで読まなければセクハラなどを被害に含めてもよいことがわからないし、読んだとしても具体的に何が被害と見なせるのかがわからない。

 こうした状況で被害率を左右するのは、「真の被害率」だけではない。回答者が自分の経験を被害だと認識できるかどうか、そしてそれを臆面なく回答できる社会環境であるかどうかもまた結果に影響し得る。そうした性質のある調査の結果において、スウェーデンのような「進んだ」国のほうが被害率が高くなるのは驚くべきことではないし、それがスウェーデンの危険性を示しているわけでもない。

 ちなみに、私は犯罪被害実態調査の問題を指摘するが、この調査がいい加減なものだと言いたいわけではない。先に述べたように暗数が完全に存在しない統計など皆無であり、被害を聞き取るという行為の難しさから、ある程度の不正確さや制約が存在するのはやむを得ないことである。犯罪被害の実態を示す統計として、現状この調査が最も信頼できる数字であることは間違いないだろう。ただ、限界を超えて過言な主張の根拠に持ち出そうとする振る舞いが問題なだけだ。

 なお、犯罪被害実態調査の制約は私だけが勝手に主張しているものではない。法務省の報告書も以下のように述べている。

 犯罪被害実態調査の中で,性的事件について正確に測定することは非常に難しい。その理由は,何をもって受け入れがたい性的行動と見なすかが,国によって異なる可能性があるからである。一般の通念に反して,性的事件による被害について電話で質問すると問題が生じるということを裏づける証拠はないものの,この種の調査では,熟練した聴取担当者が起用されているということが前提条件である。ただし,過去に行われた多変量解析の結果を見ると,男女の平等が進んでいる国ほど,性的事件の被害率は高いことを示している(Kangaspunta,2000)。この調査結果は,スウェーデンのように男女平等が進んでいる社会では,女性は性的事件の被害について率直に回答することができるため,被害率が高めに現れることを示している。つまり,男女平等が進んでいる国の女性ほど,性的事件の中でも,とりわけ些細な事件も含めて,調査担当者に詳細に回答する傾向があることを示唆している。したがって,発展途上国で,男女の平等が進んでいない場合には,国レベルの性的事件の被害率がかなり実際よりも低めに現れ得ることを示唆しており,それは,国際的比較における正確性を損なうおそれがあることを意味している。

[2]p46-47. 太字は筆者

 加えて、調査の手法自体も改善が進んでいる。直近の第5回調査では、『過去5年間に,あなたは,性的な被害に遭ったことがありますか』という聞き方になり暴行脅迫を強調していない他、『職場での性的な嫌がらせも含
めて考えてください』という文言も加わり、DVや児童虐待などを尋ねた後に回答するかたちとなるためより広範な被害を想起して回答しやすい順序となっている [4]。回答者が性被害を被害として認識できるかという問題は依然残るものの、以前の調査票に比べればより被害を拾い上げやすくなったと評価できるだろう。

1%以下の差に意味があるか?

 それでもなお、北欧を下げたい人が頑張るかもしれない。最後にその可能性を潰して終わりにしよう。

 社会的な風潮や被害者が被害を認識できるかどうかでもっとも左右されるのがセクハラの被害率だと思われる。事実、先に挙げたグラフでも日本とスウェーデンの差の大半はセクハラの被害率によるものである。レイプか否かは社会的風潮のいかんにかかわらずそれなりに自明である一方、セクハラかどうかは社会のモラルに規定される面がかなり強いという理由もある。

 故に、セクハラの被害率を抜いた数字で比較すれば、真に犯罪が多い国がどちらかわかると考える人が出るかもしれない。

 そして、セクハラを除いた被害率は、日本が1.6%、スウェーデンは2.3%である。その差は0.7%。よし!日本のほうが少ない!スウェーデンは犯罪大国!……と言っていいだろうか。

 小さな差というのは偶然によって生まれることもよくある。日本の第2回犯罪被害実態調査の回答者は3000名で、女性はその半分だろうから1500名である。この1.6%というのはたった24名である。ちなみに、スウェーデンの数字に追いつくには被害者があと10人そこらいればよい。1500名のうち10名である。この程度なら何かの気まぐれで増減する数字だろう。

 こう考えれば、日本とスウェーデンの被害率にはさほど差がないとも言える。ごくわずかな差に血眼になるより、素直に外国のいいところを取り入れて日本もより良い国になるよう努力したほうが有意義だろう。

参考文献

[1]法務省 (2024). 犯罪被害実態(暗数)調査
[2]法務省 (2004). 研究部報告39 第2回犯罪被害実態(暗数)調査(第2報告) 国際比較(先進諸国を中心に)
[3]社会実情データ図録
[4]法務省 (2019). 研究部報告61 第5回犯罪被害実態(暗数)調査-安全・安心な社会づくりのための基礎調査-

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新橋九段
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