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【レイプ神話解説】被害者が警察に行かないのは普通だし、常に合理的でなければいけない理由もない

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警察に行くのが普通?

 久々のレイプ神話解説はこんなツイートを取り上げる。

 これはサッカー選手が性暴力加害の容疑で逮捕されたというニュースについたツイートである。性暴力被害者は警察に即座に駆け込むのが普通であり、そうではない被害者はおかしい≒嘘をついているはずだという憶測を垂れ流している。

 ここで名前の挙がっている2名は、いずれも被害者が報道で自身の被害を告発し問題となった事例である。加害者と目されている人物が加害の事実を否認していることも共通している。

 ここで挙げられる件に限らず、#metoo以降、警察への通報を経ない被害の訴えが増えている。あるいは、当時は泣き寝入りしたが今になって訴えることが出来たという事例も出てきている。「本当の」被害者であれば警察に通報しているはずだという主張は、そうではない被害の訴えを虚偽だと仄めかすことで加害者の責任を免責するレイプ神話の一種であるとみなしてよいだろう。

 しかし、この神話は本当なのだろうか。性犯罪の被害者は即座に警察に駆け込むものであり、そうではない被害者の訴えは怪しいのだろうか。

神話の検証

相当多い泣き寝入り

 まず、当たり前であるが、性犯罪被害において警察に被害を通報しない、いわゆる泣き寝入りが相当あることを指摘しておきたい。

 例えば、朝日新聞 (2020) [1] は埼玉県警の調査を報じているが、これによれば被害者の約86%が被害を警察に通報していない。その理由の多くは「色々と面倒だと思った」(36.6%) や「時間がなかった」(19.4%)、「大事にしたくなかった」(14.2%) が挙げられている。もっとも、この理由については警察側が用意した選択肢であろうと思われ、これが回答者の考えをどれくらい反映しているかは疑問である。

 また、男女共同参画局 (2023) [2] によれば、不同意性交の被害にあった者のうち警察に相談したのは僅か1.4%に過ぎない。そもそも、誰かに相談した者自体が全体でも39.3%に過ぎず、半数以上の被害者が警察どころか誰にも相談できていない実情が浮かび上がっている。

 最後に、法務省 (2019) [3] によれば、性的事件のうち警察に届け出た被害者は14.3%に留まっており、8割が届け出ていなかった。同様の傾向はストーカー行為やDVについても見られ、女性が被害者になりやすく社会や警察の理解が追い付いていない犯罪で通報率が低い実情も理解できる。

 このように、性犯罪被害者が警察に届け出ないのはむしろよくあることであり、「本当の」被害者なら即座に警察に行くはずだという想定が妄想に過ぎないことがはっきりしている。

なぜ被害者は被害を訴えられないのか

 統計を見れば被害者が被害を訴えることが容易ではないことがわかる。が、ではなぜ容易ではないのだろうか。これには無数の理由があるが、代表的なところをおさえておきたい。

 まず大きな理由として、加害者の多くが被害者と顔見知りであることが挙げられる。男女共同参画局 (2023) [2] によれば、加害者との関係を「全く知らない人」だと答えた者は10%しかいない。無回答を考慮しても、8割以上の被害者は加害者と何らかの顔見知りだった。

 関係性の中で最も大きな割合を占めるのが交際相手と元交際相手で、いずれも16%前後である。ついで職場の関係者や配偶者、元配偶者が10%程度という割合になっている。いずれも、単なる知り合いというだけではなく、実生活に強く関わる関係性の知り合いであることが伺える。

 このような状況の場合、被害者は自身が被害を訴えることによる影響を考えてしまう。被害の訴えが通るかどうかに関わらず、相手を加害者扱いすれば、当然関係性にひびが入る。職場での関係であれば、その職場で仕事を続けられるかにも影響がある。百歩譲って加害者の行為が認定されればまだよいが、そうならなかった場合、相手に冤罪を吹っかけた人間と見なされる恐れもある (警察や検察が証明に失敗したことと冤罪であることはまた別の話なのだが)。

 加えて、加害者の多くが元を含む交際相手や配偶者、つまり「合意のある性行為」も想定される間柄であることが、被害を見えにくくしている。もちろん、過去に合意のある性行為の経験があるからといって、それ以外すべての性行為にも合意があるはずだとはならない。だが、そうは思わない人も多く、それは被害者自身も同様だったりする。なし崩し的に行為を強要されたりした場合、行為に不同意であっても被害者が自信をもってそうだったと言い切れないこともあり、通報を躊躇ってしまうことがある。

 警察の対応も問題である。ここまでは警察に通報できない実態や理由を論じてきたが、そもそも警察に相談へ行っても門前払いを受けてしまい、結果として通報していないかのような状態になってしまうことがある (NHK, 2019 [4]; 小川, 2019 [5])。国会審議では、被害者が相談に行ったところ事件性はないと言われ、むしろ被害届を出さないと念書を書かされるという実態も指摘されたが、警察庁はこの実態を認めてすらいない。

 こうした警察の無理解と怠慢は、実際のところ周知の事実である。これでは、そもそも警察に通報しても無駄である、理解のない警察官に誹謗されるだけで事件解決に何の貢献もしないと考えられても仕方がない。それでもなお加害者を放置できないと考えた者が、藁をも掴む思いで週刊誌に駆け込むのであろう。実際には、そうやって駆け込んだものの週刊誌でも記事にならなかった被害も多いと予想できる。

合理的な被害者?

 そもそも、「本当の」被害者なら即座に警察に行くはずだという想定は、被害者が (鍵括弧つきの)「合理性」をもって行動するはずだという前提に基づいている。

 しかし、その前提にもやはり根拠はない。

 人間というのは、誰しもがあらゆる場面で一定程度不合理な言動をするものである。単に、性犯罪被害者も同様であるというだけの話だ。なぜ、性犯罪被害者だけが、一片の曇りもなく完璧に合理的な振る舞いをしなければその被害を疑われるのだろうか。

 例えばいじめ被害者全員が、即座に自分のいじめ被害を親や教師に言うことができるだろうか。それはあり得ないし、あり得ない理由もよく知られている。今日日、「すぐに被害を訴えなかったからそのいじめ被害は嘘だ」という人間はまずいない。

 あるいは、例えば交通事故に遭った者が全員、即座に警察に通報するだろうか。車とぶつかり強い衝撃を受け、結果として怪我がなかったとしても遅滞なく粛々と警察に通報できる人間は多くない。仮に加害者となってしまったとしても、すぐに動けるとは限らない。ぶつかってしまった衝撃とショックでしばらく茫然自失とする人も多いだろう。だからといって、事故の事実を疑う人間はいない。

 性犯罪被害者も同様である。このレイプ神話を信じ込んでいる人だってできないことを、なぜ性犯罪被害に遭った直後の人間が出来ると想定できるのだろうか。

そもそも通報は合理的なのか

 加えて、この神話は、警察への通報が合理的であるはずだという、やはり根拠のない発想を前提としている。

 だが、警察に通報しないことこそが被害者にとって合理的な行動である場合もある。

 例えば、先ほども述べたように、加害者が顔見知りの場合である。自分が被害を訴えて関係性に混乱を持ち込むより、泣き寝入りして「穏便に」済ませる方がよいと考える被害者は少なくない。この場合、少なくとも短期的にはだが、被害を訴えない方が被害者にとって合理的という解釈が可能である。

 あるいは、警察が碌に仕事をしない場合である。この場合、通報しても無知な警官に中傷されて終わりであり、被害者に何の得もない。それならば、全国的に加害者の悪行が報じられる可能性に賭けてマスコミに駆け込むほうが合理的である。

砂上の楼閣×3

 まとめると、「性犯罪被害者は即座に警察に駆け込むはずだ」≒そうでない被害者は嘘をついているというレイプ神話は、被害者の多くが実際に通報しているはずだという事実認識の誤りに加え、被害者は合理的に行動し通報は合理的であるという根拠なき2つの前提の上にようやく成り立つ虚構に過ぎない。いわば、砂上の楼閣の上に砂上の楼閣を立て、さらにその上に砂上の楼閣を立てた、レイプ神話のチェイテピラミッド姫路城である。

 こうした何重にも重なった虚構も、加害者を免責し被害者を貶めるという目的のためであれば簡単に信じ込まれてしまう。数多あるデマの構造と全く同じである。

参考文献

[1]朝日新聞 (2020). 性犯罪、被害女性9割近く「届け出ず」 埼玉県警が調査
[2]男女共同参画局 (2022). 男女間における暴力に関する調査(令和5年度調査)
[3]法務省 (2019). 令和元年版犯罪白書
[4]NHK (2019). クローズアップ現代 “顔見知り”からの性暴力 ~被害者の苦しみ 知ってますか?~
[5]小川たまか (2019). 警察官「性被害者にも責任」、門前払いの実態をスクープ 「攻めた」クロ現の意義

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