【読書メモ】博士(心理学)が通俗心理学本を読む 戸塚宏『本能の力』
また配信からしばらく時間が経ってしまったが、メモを残しておこうと思う。今回はYouTubeチャンネルを解説して騒ぎになった戸塚ヨットスクールの戸塚宏が過去に出していた新潮新書の1冊。
なお、本シリーズの目次は『博士(心理学)が通俗心理学本を読む リクエスト募集と記事まとめ』から。ツッコミを入れてほしい通俗心理学本のリクエストも募集している。
書誌情報
戸塚宏 (2007). 本能の力 新潮社
本書の背景
内容に入る前に本書の背景をおさらいする必要があるだろう。私の年代ですでに、戸塚ヨットスクール事件は過去の問題になっていた。
戸塚ヨットスクールで生徒の死亡事件が相次いだのは80年代頃のことである。それ以前は非行少年を構成させた奇跡の学校としてマスコミに取り上げられていたようだが、死亡事件以降は批判の声が高まった。
諸々の事件の裁判が行われ、第一審が行われたのが92年のことである。最高裁の上告審が結審したのが2002年のことになり、戸塚は懲役6年の有罪判決を受ける。彼は2006年に満期で出所し、その1年後に本書が出版されることになる。百歩譲って死亡事件以前に出版したならまだしも、新潮社は問題がわかり切った後に戸塚に好き放題書かせる本を出版したわけで、少なくとも新書レーベルとしての信頼性は終わっていると断じて構わないだろう。
なお、戸塚の出所後も死亡事件は起こっているようだ。戸塚は事故だというかもしれないが……。
今回の通学心理学あるある
①専門分野が心理学じゃないがち
著者略歴によれば、戸塚は名古屋大学工学部の出身である。当然のように心理学者ではないが、そもそも本書は人間心理を論じるものとして売り出していないのでここに注目するのはいささかアンフェアかもしれない。
とはいえ気になる記述もある。それは戸塚が、子供たちの精神的な問題の原因を説明する独自理論として挙げる「脳幹論」を説明する部分だ。彼は『私自身、工学部の出身ということもあり、説明が科学的でなければ納得しないところがあります』(p153) と述べている。実際には、「脳幹論」は何ら科学的根拠がなく、あくまで戸塚の経験論と脳内理論によって構築された物語に過ぎないため科学的でも何でもない。だが、戸塚が自身を科学的であると位置づけ、全く専門分野ではない心理や精神医学の領域でも自身の科学的思考を発揮できると考えているらしいことは注目に値する。
一般的に、理系 (と自認する者) は文系 (と彼らが見なしたもの) を見下しがちである。昨今の「社会学」叩き (といっても、対象はバッシングしているものが社会学だと思った有象無象だが) もしかり、文系という箱の中に入れられたものは簡単に扱えるものだと見なされがちである。実際には、心理学は統計分析を多用し脳機能も扱う「理系的」な学問だが、学問を文理の枠でしか理解しない人はこの事実を認識することができない。
ここまでいくつかの通俗心理学本を読んできたが、著者が専門家でないというだけでなく、いわゆる理系分野の出身であることが多いような気がする。黒川伊保子は理学部物理学科で、DaiGoは理工学部物理情報工学科の出身だ。学部程度に専門のクソもないかもしれないが、この点は今後も注目すべきだろう。
恐らくだが、文系分野と見なされやすい心理学への侮りと、自身が理系であるので科学的に物事を扱えるのだという驕りが問題を悪化させている可能性がある。
②謎の障害生み出しがち(有料部分ここから)
通俗心理学が出版されやすい新書やビジネス書の分野は、とにかく現在を否定し自分の主張を受け入れることが問題解決に繋がるのだというフレームワークを商売のために作る必要がある。そのため、とりわけ若者について様々な問題があると主張し、時には謎の障害まで作り出して無理にでも彼らを障害者扱いする。
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