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弟は意見文が書けない

昔から、弟は文章を読むのも書くのも苦手としている。

反対に、僕は読むのも書くのも好きだ。だから、弟がこのnoteを読むことは絶対にないと言える。

実際、久々に会って、俺が本を出したら読むかと聞いたら「んー、本読むのは大変だから無理だはず」と懐かしい沖縄の訛りで答えてくれた。

素直でよろしい。

そういうわけだから、弟のことを存分にここで語ることにする。たぶんこの一回きりかもしれない。


昨年の春、僕は富山に一人引っ越した。富山大学に通うために。沖縄から富山に行くやつなんて俺くらいしかいるまい、とか思っていた。

富山に移ってからの一年、なんやかんやあって、老若男女たくさんの知り合いができ、いろいろよくしてもらって、ハイパー不器用貧乏ながら楽しくやれていた。

ところが、コロナウイルスの登場である。元々貧乏なシングルマザー家庭の我が家は、母のパートが減って打撃を受けた。

と、電話で母から直接聞いたのだが、「やばいねぇ、どうなるのかねぇ」と間延びした口調で我が家のこの先を憂うので苦笑した。

家族で固まって過ごせばいろいろ費用が安く済むので、僕は沖縄に帰ることにした。

富山でできたたくさんの知り合いが僕のnoteに投げ銭してくれたりして、家計にノーダメージで帰ることができた。ありがたきしあわせ。

幸い休学中の身。しかもシェアハウスに住んでいて身軽だったので、すぐに帰れた。東京を経由するのが安く、そちらを選んだ。東京駅は、夜の富山駅かと見紛うほど人がいなかった。

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久々の沖縄ではあるものの、当然のステイホーム。

実家のアパートから2週間出られなかった。高校生になったばかりの弟もなかなか学校が始まらないので家にいた。こうして久々に弟とゆったりと時間を過ごせることになった。

富山から帰ってきてからの1ヶ月、毎日弟を誘っている。

「暇だし散歩しない?」
「キャッチボールしよう」
「オセロしよう」
「奢るからコンビニまで行こう」
「何か宿題出されてない?教えてほしいのもあるだろ。あったら俺に聞いて」

と毎日のように提案している。だいたい応じてもらっている。

僕は自分の欲望には疎い方だが、こうして書いてみるとどうやら弟のことをすごく気にかけているみたいだ。実家に帰ってから使ったお金の半分は弟のためな気がする。

弟はたくさん宿題を出されていた。嫌々ながらも毎日少しずつ処理していて感心した。母はもっとやれもっとやれとぐちぐち言うが、弟は慣れたもの。母の不快を持続させないのが彼の特技だ。

昔から、高校生になった今も、ご飯を食べる時には隣の家に聞こえるんじゃないかというくらいの声で、しつこいくらいに「美味い!!作った人は天才か!」と言うような弟である。

これを言われたら母の不機嫌はどこかへ消えていってしまう。お世辞じゃなく言っているのでほんとうに感心している。

そんな弟の難敵は読解力や作文能力を要する課題である。特に意見文や感想文には毎年泣かされている。

「別に書きたいことなんてないよ」と言って、まず題材を決めるのに何日もかかり、「下手だったら恥ずかしい」からと言って書き進められず、「上手すぎて選ばれるのはもっと恥ずかしい」と言って僕や母の代筆を拒むのでなかなか書き上がらない。

結局直前になって、僕に「ふつうの感じで書いて」というよくわからない依頼をしてくる。かわいい。

ステイホーム中の宿題にも意見文が入っていた。相変わらず弟は苦戦していた。

ただ、今回は「どうやって書いたらいい?教えて」とかなり早い段階で聞いてきた。

「俺としゃべってるうちに題材は決まるさ」と言って、僕は弟の意見を掘り出そうとした。

質問力には自信があったのである。自分の中にある引っかかりみたいなものを人に説明しようとすれば自然に意見文みたいになるはず。

よっしゃ!!と気合を入れて僕は弟と何時間でもしゃべるぞと決意する。

ところが、弟はあまり何も覚えていない。

最近イライラしたことも、不便に感じたことも、違和感を感じたことも、ぜんぜん覚えていないのである。

どうやらそんな感情がここ最近あったらしいことはぼんやり覚えているみたいなのだけれど、なぜそう思ったのか、そもそも何があったのかは覚えていないと言う。

弟は昔から速乾性マットのようにネガティブな感情をすぐに吹き飛ばしてしまう。

「一日経ったらどんな嫌なことも全く覚えていない」らしい。実際のところはご飯を一度挟むとキレイさっぱり忘れているように思う。

おそらく「美味い!!!」と発するのがスイッチになっている。うらやましい。

代わりにと言っていいのか、バカみたいに些細なことを妙に覚えている。

ついこの間、

「俺が小学生くらいのときに、家族4人で焼肉食べに行って美味しかったよな、覚えてる?あの時、俺がまず牛タン頼んでさ…」

と、ほんとにどうでもいいことをものすごく嬉しそうに語り出した時には思わずニヤけてしまった。

テンションと内容がちぐはぐすぎるだろ!かわいいな!

その日の昼食のからあげを「美味い!!!」と言っていたのを思い出して、またにやけてしまった。

そんなことを考えつつ、にやけながら「そうだな、美味しかったよな」と返事をしたところ、「なにがそんなに面白いば?」と弟までニヤニヤしながら聞いてきた。僕のニヤニヤはいつも弟に感染る。

友達の間では無口な方だいう弟は、いつも照れ笑い的な笑い方をする。

静かに、些細なことを思い出してはニコニコしているようだ。

弟よ、お兄ちゃんはね、自分より10センチ以上背が高くて、計算が早くて、空手とボクシングを習っているこの幸せポンコツボーイにどうして彼女ができないのか理解できないよ、まったく。

そんな弟、僕が俳句番組を見ていると必ず「こんなどうでもいいこと言うの見てなにが面白いば?すごいな」とつっこんでくる。

たしかに俳句で詠まれるような出来事は実際大したことではない。あぁいい景色、みたいなもんばかり。とはいえ、お前が言うか弟よ、である。

「まあね」と返事しつつ、僕は「たぶんお前のことを気にいる人はみんな素朴な俳句が好きだよ」と心の中でツッコミを入れる。


今週の木曜日から、弟は高校生として学校に通うことになる。本人はずっと家で勉強する方がまだマシだと嘆いている。

彼は今日のお昼頃、ようやく意見文を書き終えた。

自分で3枚分も書いてきて「あと1枚分膨らませてほしい」とお願いしてきたのでちょっと手を貸した。

今までは1枚書くのがやっとだったので、成長したのかなと思う。

今年の夏の読書感想文は、すべて自分一人で書き上げてしまうのかもしれないなと思った。

また富山に戻るまでは、弟を誘い続けよう。時には美味いもので釣りながら…。



このnoteに投げ銭があったら全部弟が美味いもん食べるのに使います😁




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久高 諒也(Kudaka Ryoya)|対話で情熱を引き出すライター
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