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ぽてと元年 第六回 爆竹が鳴る

「なんか、むしゃくしゃしているんで、爆竹でも鳴らしたいんですよね」
と中国語の授業で言ったら、
「いいですね。ぼく、爆竹いっぱい持ってますよ」
と先生が言った。春節の日のことだった。

「今日ならば、友人と家で餃子を食べるので、一緒にどうですか」と言う。春節は素晴らしい。

先生は台湾出身で、大学院で写真を研究しているのだと聞いた。はじめて会ったのは12月で、マフラーを首にぐるぐる巻いて、アイスコーヒーを飲んでいた。南からやってきた人だなと思った。

夜、ビールとハーゲンダッツを買って先生の家に向かった。階段には植物がぎゅうぎゅうと並べられ、自由に育っている。「福」と書かれた赤い紙が玄関に貼られている。チャイムを押すと、爽やかな笑顔の女性がドアを開けてくれた。

「あ、これはおじゃまでしたかね」

と思わず口から出て、年寄りみたいな言い方だなと思った。

いえいえと女性は笑い、先生も小さくはにかんだ。彼女はHさんと言い、手を洗いたいという私に石鹸の場所を教えてくれた。石鹸は小さくて薄かった。

台所には使い込まれた調理器具がぎゅうぎゅうと並び、石油ストーブの上にはスープの入った鍋が置かれていた。冷蔵庫には水道業者が送ってくるマグネットがぺたぺた貼られている。私は勝手に冷凍庫を開け、ビールとハーゲンダッツのアイスを冷やした。

机の上には、せいろと、具の入ったボウルがふたつと、皮が用意されていた。3人で餃子を包む。Hさんは中国に留学をしていた経験があり、古い布についての研究をしており、最近修士論文を書き上げたばかりで、その論文は大変に分厚いのだと教えてくれた。

せいろに餃子を並べる。火にかける。蒸しあがるのを待っている間に、ビールを開ける。餃子が蒸しあがる。一口食べると、わ、と声が出た。甘くて柔らかい旨味、爽やかな香りが鼻に抜ける。牛肉とセロリの餃子だという。

「ぼくがはじめて覚えた歌です」と先生は台湾の陽気な音楽をYouTubeでかけた。男性2人が陽気に歌っている。海や空の色、植物の色と形が見慣れたもので、照屋林助の「ワタブーショー」を思い出した。

もうひとつ思い出したことがある。私は沖縄で生まれ育ったが、小学校1年生の時だけ北海道で過ごした。それまでの私にとって「そば」とは肌色の麺に三枚肉、ネギや紅ショウガが載ったカラフルなものだった。でも北海道ではじめて灰色の汁に灰色の麺の「そば」を目にした。これからはしばらく灰色の世界で生きていくのか、と悟って泣いたのだ。

そんな話をしたら、先生もはじめて台湾から東京にやってきたときに、彩度が低くて気持ちが落ち込んだのだと言った。
「落ち込みますよね」
「落ち込んじゃいますね」
いちいち確認しなくてもいいことだったが、確認してみると安心した。

21時から中国の紅白と言われる「春節聯歓晩会」がはじまった。ニコニコ生放送で視聴した。人が大勢出てくる。衣装にもセットにもお金がかかっているのがわかる。今年の干支である丑のロボットもいる。景気がいいなぁ、お金があるなぁと思った。間に吉本新喜劇のようなコーナーが挟まれ、コロナを克服した様子が笑いと感動とともに描かれる。

Hさんは、そこで聞こえた中国語を、繰り返してすぐに口に出した。なるほど、こうやって語学は勉強していけばいいのかと思う。それにしてもHさんは、歌ったり踊ったり楽しそうで、修論を出した人はやはり朗らかだなと思ったが、そもそも愉快な人物なのかもしれない。

いい時間になったので、近くの川に向かう。

川辺には誰もいなかった。周囲の建物と、高架を走る電車から漏れる光がぼんやりとある。

先生は台湾から持ってきたという大きな線香に火をつけた。琉球王朝の香りがすると思った。一時期父が琉球王朝で使っていたという香りのする草を、部屋につるしていたから、私は詳しいのだ。

爆竹の向きを確認し、線香の先に押し付ける。次第に小さく燃える音がして、煙が出始める。放り投げて、走って後ろに下がる。冷たい空気に、爆発音が響く。3人でキャッキャと笑う。何回も繰り返していくと、だんだん無口になってきて、儀式のようになっていく。パン、パン、パン、パン、パン。乾いた音が鳴る。ときどき電車が通り過ぎる。

最後の3本になった。

「じゃあ、せっかくだし、投げながら今年の目標でも言いますか」と私はちょっと恥ずかしいことを提案した。春節なので、それくらいしておきたいと思った。

「今年は本を出す」と私は投げ、パンと鳴った。
「偉そうなことを言わない」と先生は投げ、パンと鳴った。
「修論の口頭試問が通りますように」とHさんが投げる。ポン、とこもった音が鳴った。はじめて聞く音だった。

「え、今の音なに? ねぇ、今の音なに? どういうこと?」
とHさんは言い、私達はキャッキャと笑う。

帰りに土手を歩く。センダングサのトゲが、コートの裾にたくさんくっついた。


筆者紹介
山本ぽてと (Twitter: @YamamotoPotato)
1991年、沖縄生まれ。主にインタビューや構成をしている。B面の岩波新書で「在野に学問あり」、BLOGOSにて「スポーツぎらい」を連載中。30を手前にして身長が伸びた。

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