Nothing To Sayと四半世紀
地面に穴があったらそれに向かって「ブラジルの人聞こえますかー」と言うのは日本人の習わしだが、実はブラジル人も同じことをするらしい。というのを前にXで見た。
そんな地球半周分の隔たりがある国ブラジルから1996年より聴こえ続けているぼくの大好きなAngraの名曲、「Nothing To Say」の進化と変遷について語っていきたい。
【Nothing To Sayとは】
ぜひご一聴ください。
ブラジルのヘヴィメタルバンドAngraの二作目「Holy Land」に収録されている曲。Helloweenなどジャーマンメタルの影響が濃い一作目と比べてよりブラジル音楽との融合を進めたアルバムを象徴する曲で、ドラマーのリカルド・コンフェッソーリがブラジルのサンバをヒントにドラムフレーズを組み立て、それにギターのキコ・ルーレイロとラファエル・ビッテンコートがリフを載せてパワフルかつ印象的なイントロを作り上げたという。
キコの証言
そんなヘヴィなリフと流麗なメロディを始め、サンバフィール・ギターソロ・クラシカルなストリングスセクションと、各メンバーの得意分野をこれでも詰め込み、目まぐるしく展開するも見事なアレンジで全てを収めて、Angraというバンドの唯一無二の存在感を際立たせている名曲となった。
2024年現在、Angraの中では最も多くライブで演奏されている曲になっている。
ある有識者ドラマーによると、この曲はドラマーが原案出しただけあってリズム的に面白い要素がたくさんあり、138というBPMも速すぎず遅すぎずで遊びが入れやすく楽しいらしい。サビ前の二小節がボーナスステージで得点を稼ぎやすいとの攻略情報もある。
【1996年】
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この時代の主な出来事
・村山富市退陣、橋本龍太郎内閣発足。
・チャールズ皇太子(当時)、ダイアナ妃と離婚。
・ルーズソックス流行、コギャルブーム。
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「Holy Land」がリリースされ、すべてはここから始まった。Nothing To Sayのスタジオ版が世に出たのである。
現ドラマーのブルーノ・ヴァルヴェルデは13歳だった2003年にこのアルバムを初めて聴き感銘を受け、その12年後に自分がAngraに加入して新作(Secret Garden)を作ったことに感動したという。
【1998年】
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この時代の主な出来事
・和歌山ヒ素混入カレー事件。
・長野冬季オリンピック開催。
・欧州統一通貨ユーロ導入。
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この後、第三作となる「Fireworks」を発表。ライブ定番曲となっていたNothing To Sayはそれに伴うワールドツアーでももちろん演奏され、ファンからも愛される一曲となっていた。
オリジナルメンバーによる熱いライブ。もはや叶うことのないその編成が一層の熱さを感じさせる。
だがこのツアー後、ファンが予期しなかった事態が起こる。ヴォーカルであったアンドレ・マトスとベースのルイス・マリウッティ、ドラムのリカルド・コンフェッソーリが脱退してしまうのだ。
メインコンポーザーの一人でありバンドの顔としてフロントマンを務めていたマトスの脱退は世界に衝撃を与え、Angraはもはやこれまでかと思われた。
【2001年】
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この時代の主な出来事
・ディズニーシー開園、USJ開園。
・アメリカ同時多発テロ。
・千と千尋の神隠し公開。
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しかし、その3年後の2001年にキコとラファエルは、今となってはブラジルメタル界の重鎮(多分)となっているエドゥ・ファラスキ、フェリペ・アンドレオリ、そしてアキレス・プリースターを伴って新生Angraとして復活し、起死回生となった傑作アルバム「Rebirth」を発表した。
もちろんツアーではNothing To Sayはクライマックスの一つだったが、そもそもマトスとは声域が違う、というよりマトスがハイトーン魔人すぎたためか半音下げとなった。しかし、エドゥのパワフルなヴォーカルスタイルは新たなAngraの幕開けと言ってもいい鮮烈な再誕(Rebirth)となったのである。
一方、アンドレ・マトスは一緒に脱退した元メンバーらとともに自身のバンドSHAAMANを結成した。
ここで、血を同じくする二つのバンドが現れた。本家ではないがオリジナルメンバーが多く在籍するSHAAMANと、本家だけどギタリスト二人しか残っていないAngra。もちろんどちらもNothing To Sayは演奏するし、オーディエンスもそれを望んでいた。
【2005年】
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主な出来事
・郵政民営化法成立。
・JR福知山線脱線事故。
・愛知万博開催。
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「本家」であるAngraは歩みを止めなかった。2004年には世界的なセールスを記録した名作「Temple Of Shadows」を発表し、これまで以上にメタル界での存在感を示した。特に新ドラマー、アキレス・プリースターによる高度なテクニックと独創的なフレーズの組み立てで、マトス時代の曲も一層ブラッシュアップされて完成度が高まったと言える(有識者ドラマーの意見)。
ワールドツアー日本公演の様子。謎の音の良さ。
【2008年】
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主な出来事
・秋葉原通り魔事件。
・オバマ米大統領当選。
・北京五輪開催。
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一方のSHAAMANは精力的な活動でアルバム二作を残したが、音楽性の相違や主導権の問題などでメンバー間で軋轢が起こり、アンドレ・マトスはまたしても脱退。自身の名を冠したバンド「Andre Matos」を結成した。
そんな経緯があったとはいえさすがオリジナルシンガー。堂々たる原キーで歌い上げ、またドラマーに当時17歳であった現Slipknotのエロイ・カサグランデを抜擢する。
貴重なエロイ・カサグランデのNothing To Say。
17歳の存在感やばし。
ただ、意外にも(失礼)マトスに出て行かれたあとのSHAMAN(SHAAMANから改名)はドラマーのリカルドしか残らなかったものの、急遽メンバーを集めて高評価を得るアルバムを制作し、その後もバンドは継続して2022年にもアルバムを出している。
マトス脱退後のSHAMANライブにおけるNothing To Say。血は薄くなってしまったが、マトスを彷彿とさせるヴォーカルも加入し、原キーで歌い上げるそこには確かにHoly Landの流れが存在しているのだった。反面、ギターが一人なのでキーボードソロを導入したりと、オリジナルに縛られないアレンジも聞かせてくれる。
【2011年】
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主な出来事
・東日本大震災。
・なでしこジャパンサッカーW杯優勝。
・金正日死去。
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その頃、Angraは再び岐路に立っていた。アルバムAurora Consurgensをリリース後、ドラマーのアキレス・プリースターが自身のバンドに専念するために脱退。なんと前述のリカルド・コンフェッソーリをSHAMANとの掛け持ちで再びドラマーに迎えた。一体どういう人事異動だ。この大らかさはブラジル特有のものだろうか。
アメリカならバンド絡みで3つくらい訴訟起きてそう。
しかしこのRock In Rioのライブ後、エドゥの声帯に異常が見つかったことや、バンド内での対立(またか)によりエドゥは脱退。後任にRhapsody Of Fireのファビオ・リオーネを迎えることとなる。
【2014年】
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主な出来事
・御嶽山噴火。
・STAP細胞騒動。
・あべのハルカス開業。
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マトス・エドゥ・ファビオという実力派ヴォーカリストたちによる、Angraの系譜に連なる三者三様のNothing To Sayが世界中(主にブラジル)で繰り広げられるようになった群雄割拠のこの時代。Angraは新ドラマーに若干25歳のブルーノ・ヴァルヴェルデを迎えて新体制となった。
マトスともエドゥとも違うが、すでにRhapsody Of Fireで世界的名声を手にして独自のスタイルを確立していたファビオ・リオーネ。半音下げにしても魔人のハイトーンはかなり厳しいが、ロングトーンなどでは自身の特徴的なスタイルを打ち出して聴衆を魅了した。
またこの頃、アンドレ・マトスがブラジルの若手ミュージシャンのためのワークショップを開催し、一緒にNothing To Sayをプレイする貴重な映像がある。登場したときの観客の熱狂ぶりから、いかにブラジルメタル界の重鎮となったかを伺える。若手が緊張してる様が初々しい。
【2016年】
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主な出来事
・熊本地震発生。
・トランプ米大統領当選。
・リオ五輪開催。
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ブラジル国内では依然として高い人気を誇るアンドレ・マトス。この頃のライブでもやや高音はきつそうなものの、原キーでしっかり歌い上げてオリジナルヴォーカリストとしての矜持を見せつけている。怖いよこの人。
その一方、Angraは前年の2015年にまたしてもメンバーチェンジを経験する。オリジナルメンバーであり、メインコンポーザーの一人であったキコ・ルーレイロがMegadeth加入のため脱退してしまう。代わりにエドゥのバンドAlmahのギタリストであるマルセロ・バルボーザが加入することとなった。
もはやミステリ小説ばりの相関図が必要である。
マルセロ・バルボーザはバークリー音楽大学を卒業し、様々なミュージシャンとの共演で培った実力の持ち主であった。その実力を持って着実にキコのフレーズを再現し、現在では大切なAngraを動かすエンジンとなっている。
【2018年】
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主な出来事
・オウム死刑囚らの刑執行。
・西日本豪雨。
・日大危険タックル事件。
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Angraは新作Omniをリリース。現体制に繋がる編成となり、「今のAngra」サウンドが形作られてきていた。新たな魅力を放つ曲を多数産み出していく反面、元々声域が合わなかったマトス時代の曲が更にきつくなったか、ついに一音下げになった。
低くなりすぎて一瞬何の曲だか分からなくなるところもあるが、ファビオの本領が活かせる声域に近づいたことで、その魅力ある歌声が遺憾なく発揮されるようになったとも言える。とはいえ原曲の爆発力が削がれてしまっている感は否めない。
一方のアンドレ・マトスは相変わらずの魔人ぶりを発揮しており、一部観客に歌わせてるがオイシイところを観客に歌わせ、高いところは自分で歌うという他のヴォーカリストとは真逆の責任ある上司スタイルになっている。やはりマトスにとってもこの曲には格別の思い入れがあるレパートリーなのだろう。
【2019年】
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主な出来事
・令和へ改元。
・ノートルダム大聖堂炎上。
・世界初のブラックホール撮影成功。
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この年、Angraファンのみならず、全てのメタルファンが予期しなかった悲劇が訪れる。
アンドレ・マトス死去。
前年まで最高のパフォーマンスを披露していた稀代のヴォーカリストは、47歳という若さでこの世を去ってしまった。数多くのミュージシャンそしてファンたちがその死を悲しみ、哀悼の意を送った。かつてのバンドメンバーであるキコは緊急で動画を撮影し、その動揺と悲しみを吐露していた。
この悲劇により、Nothing To Sayが完全なオリジナルの形で再現されることはなくなってしまった。元メンバー間では久しぶりに一緒にプレイしようかという話があったらしく、それだけに深い悲しみを残すこととなった。
【2020年代】
Angraを作った三柱のうち一つがなくなってしまったが、それでも残されたNothing To Sayはその輝きを依然失わず、今に至っても本家はもちろん元メンバーたちにも数多くの機会で演奏されている。
2023年には現在のAngraがスタジオライブという形で動画に残している。
エドゥ・ファラスキもこの曲をレパートリーとして2024年現在も歌い継いでいる。こちらも本家と同じく一音下げとなった。
ただ一方で、Megadethを脱退後のキコ・ルーレイロのソロにおいてゲストヴォーカリストを迎えて原キーの演奏を見せてくれている。タクシー運転手っぽい風貌のヴォーカル
家族とともに過ごすことを優先してMegadethを脱退したキコが、母国に戻ってNothing To Sayを演奏していることが象徴するように、この曲はメンバーたちからもファンからも、愛されるホームとも言える。これからも長く愛され、演奏され続けていくことだろう。