大阪地裁、米国の裁判所とは異なり、ライセンス契約にはライセンシーの製品の競合会社への販売禁止特約が無かったと判断したが、特許権者が競合会社に米国訴訟を起こしたことは債務不履行に当たらないと判断
昨年、最高裁判所が、ライセンシー(株式会社ヒラノテクシード)が特許権者(株式会社カネカ)に対して訴えた事件において、確認の利益を否定した判決を目にした方もいらっしゃるかと思います。
最高裁判所は、ヒラノテクシードが、補助参加人であるSKC(旧商号)のカネカに対する債務の不存在の確認を求める請求は、ヒラノテクシード自身の権利義務や法的地位の確認ではないことを理由に、確認の利益を否定しました。(最高裁令和2年9月7日第二小法廷判決(平成31年(受)第619号)。
最高裁判所は、その理由として、ライセンシー(ヒラノテクシード)が特許権者(カネカ)に実施許諾契約に基づく債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟(別件大阪訴訟)を提起することができることを挙げていました。この別件大阪訴訟の判決が令和3年6月10日に言い渡されました(平成30年(ワ)第5037号、令和2年(ワ)第10857号)。
事案が複雑なため、以下の図面で示しました。
事案の経緯は下記の通りです。
① カネカとヒラノテクシードの間で実施許諾契約を締結。実施許諾契約には、カネカが、特許権についてその範囲全部にわたる独占的通常実施権をヒラノテクシードに許諾することが定められていました。
② ヒラノテクシードは、カネカの競合会社であるSKCに製品を販売。SKCは装置を使用して製品を製造し、日本及び米国で販売。
③ カネカはSKCに対して、米国訴訟を提起。カネカは米国訴訟において実施権許諾契約には、装置をカネカの競合会社に販売することを禁止する特約があったと主張し、勝訴。
④ ヒラノテクシードはカネカに対して、(請求1)ヒラノテクシードから装置を買い受けたSKCが製品を製造した行為について、カネカがヒラノテクシードに関し損害賠償請求権を有しないことの確認、及び(請求2)カネカがSCKに対して米国訴訟を提起したことが実施許諾契約に基づく債務不履行にあたるとして損害賠償を請求する訴訟を提起しました。
争点の一つは、実施許諾契約に販売先の制限があったかどうかという点です。
大阪地裁は、販売先の制限は明示的にも黙示的にも存在しなかったと判断しました。この判断は米国訴訟とは正反対の判断となります。
米国訴訟では、カネカの従業員が、競合者でなければ販売してよいとヒラノテクシードと協議したことを証言したことや、カネカが歴史の全期間にわたり競合者にライセンスを付与したことはないと証言したこと等から、実施許諾契約には、装置をカネカの競合会社に販売することを禁止する特約があったと認定しました。一方、大阪地裁は、米国訴訟で、ヒラノテクシードと協議したことを証言したカネカの従業員が、大阪地裁の尋問ではライセンス交渉には関与しないことを証言していること、さらに、ヒラノテクシードが特定の販売先のためにライセンスを得る必要がなかったという契約締結に至る経緯等を検討し、契約には販売先の制限がなかったことを認定しています。
そのため、大阪地裁は、ヒラノテクシードから装置を買い受けたSKCが製品を製造し、販売することは消尽の法理により、特許権侵害とならないと判断し、(請求1)について、ヒラノテクシードから装置を買い受けたSKCが製品を製造した行為について、カネカがヒラノテクシードに関し損害賠償請求権を有しないことの確認を認めました。
米国訴訟を提起したことが債務不履行や不法行為にあたるかについては、大阪地裁は、請求が棄却されることが明らかである場合に製造元を害する意図をもってあえて販売先を訴えたような場合には、不法行為が成立する可能性があると述べました。本件では、単に使用する機械が原告により製造されたこと、ヒラノテクシードとカネカの間に実施許諾契約があることの2つの事実をもって、消尽の抗弁が成立すると即断できず、カネカは、文言外の合意として装置をカネカの競合会社に販売することを禁止する特約があることを信じて米国訴訟を提起したのであるから、訴訟を提起したことが、原告に対する債務不履行や不法行為にあたらないと判断しました。
なお、本件特許権については、ヒラノテクシードの従業員が発明したものであることについても争っており、大阪地裁は、本件発明はカネカとヒラノテクシードの両社の従業員が発明者であり、カネカが単独で出願して得た特許権には、共同出願違反が存在するとも認定しています。さらに、実施許諾契約の締結の事実や経緯等がカネカの内部で全く共有されず、米国訴訟の提起後に、契約の書類を発見するまでその存在を認識していなかったという背景があることも言及されており、かなり複雑な事情があるようです。
なお、補助参加人のSKCはカネカに対して別の訴訟を大阪地裁で提起していましたが、大阪地裁により、日本の裁判所が審理することは許されないとして訴えは却下等されています(大阪地判令和3年1月21日(平成30年(ワ)第5041号)。
米国訴訟において、契約書には明示されていない競合会社への販売禁止特約が認定されたのはどのような理由からだろうと思っていましたが、日本の裁判所において、この判断が覆ったことは興味深いです。ただし、販売先の会社に提起された米国訴訟では消尽も認められず、特許権者に対する債務不履行も問えないとなると、ライセンシーにとっては厳しい判断ともいえます。
(文責:中岡 起代子)