「トレパク」を指摘するツイートの発信者情報開示事件、知財高裁は一転して開示を認めず
以前ご紹介した、「トレパク」を指摘するツイートの発信者情報開示の可否が問題となった事件ですが、その後、新たな展開がありましたので、ご紹介したいと思います。
この事件では、第一審の東京地裁は発信者情報開示を命じる判決をしていましたが、今回、控訴審である知財高裁は一転して、発信者情報開示を認めない判決をしました(知財高裁令和4年10月19日判決(令和4年(ネ)第10019号))。
事件の概要
本件で問題となったツイートは、氏名不詳の投稿者CおよびDが投稿した、以下の4件のツイートでした。(「B」は原告のペンネーム)
① 投稿者Cによるツイート
・「これどうだろうww ゆるーくトレス? 普通にオリジナルで描いてもここまで比率が同じになるかな」を本文とし、原告作成のイラストを含む画像が添付されたツイート(本件ツイート1-1)
・「この鏡餅も画像検索ですぐ出てきた。トレス常習犯ですわ。Bさん」を本文とし、画像が添付されたツイート(本件ツイート1-2)
② 投稿者Dによるツイート
・「B様がトレースを否定するツイートをされたようです それを信じているファンの皆様 一度こちらのイラストを見て下さい これもまた、B様が描いたイラストです 横顔のイラストと比較し、画力の差に違和感を感じませんか?」を本文とし、原告作成のイラストを含む画像が添付されたツイート(本件ツイート2-1)
・「特に横顔同士で比較してみてください 左の絵には鼻と唇の間に不自然な山があり『横顔がどうなっているか』という基本的なデッサンを理解していない方が描いたようにしか見えません B様は他のイラストでも手が描けない方です それでもトレースしていない、という主張を信じられるでしょうか」を本文とし、原告作成のイラストを含む画像が添付されたツイート(本件ツイート2-2)
原告は、これらのツイートが原告の名誉を毀損するものであり、また、原告が作成したイラストについての著作権(複製権、自動公衆送信権)および同一性保持権を侵害するものであるとして、ツイッター社に対し、これらのツイートの発信者情報の開示を求める訴訟を提起しました。
東京地裁は、本件ツイート1-1および1-2について名誉毀損を、本件ツイート2-1について著作権侵害を、本件ツイート2-2について同一性保持権侵害をそれぞれ認定し、原告の請求を認め、ツイッター社に対して発信者情報の開示を命じる判決をしました。
(なお、各ツイートについて名誉毀損、著作権侵害および同一性保持権侵害のいずれか一つが認められれば、発信者情報開示を命じる理由としては十分であることから、東京地裁は各ツイートについてこれらの理由のうちの1つのみを認定し、残る2つの理由については、その有無を判断しなかったものと考えられます。)
これを不服として、ツイッター社は知財高裁に控訴していました。
今回、知財高裁は一転して、名誉毀損、著作権侵害および同一性保持権侵害のいずれも否定し、原告の請求を棄却する判決をしました。
名誉毀損
名誉毀損については、東京地裁は、本件ツイート1-1および1-2について、各ツイートで指摘された原告作成の各イラストは、いずれも、他のイラストをトレースすることなく原告が作成したものである、と認定し、この事実認定を前提として、各ツイートは原告の名誉を毀損するものであると判断しました。
なお、原告は、原告作成の各イラストは他のイラストをトレースしたものではない旨を述べた陳述書を証拠として提出しており、東京地裁の事実認定は、この陳述書に基づくものでした。
これに対し、知財高裁は、本件ツイート1-1~2-2のいずれについても、原告が作成したイラストと、トレース元であるとされる他のイラストを実際に比較した上で、両者は一致する部分が非常に多く、これらの一致点が偶然一致したものとは考え難いとして、原告作成のイラストは他のイラストをトレースして作成されたものである蓋然性は高い、と判断し、名誉毀損を否定しました。
著作権侵害
著作権侵害については、東京地裁は、本件ツイート2-1には「画力の差」を示すためとして原告作成の複数のイラストが画像として添付されているところ、そのうちの1つについてはトレース元とされるイラストと構図が全く異なり、本件ツイート2-1に添付する必然性が無かったとして、著作権法上認められている「引用」は該当しないと判断しました。
これに対し、知財高裁は、本件ツイート1-1~2-2のいずれについても、原告作成のイラストが添付されているのは批評を目的とするものであり、また、原告作成のイラストと他のイラストを並べたり重ね合わせて表示したりすることは批評のために正当な範囲内で行われており、かつ、公正な慣行に合致しているとして、「引用」を認め、著作権侵害を否定しました。
なお、東京地裁が著作権侵害を認定した本件ツイート2-1については、原告の画力を検証するには原告作成の複数のイラストを比較観察することが相当であり、問題となった画像を引用する必要性がないとはいえない、としました。
同一性保持権侵害
同一性保持権侵害については、東京地裁は、本件ツイート2-2が投稿されることにより、本件ツイート2-2に添付された原告作成のイラストの下部がトリミングされた状態でタイムライン上に表示されるところ、これは同一性保持権侵害に該当するとしました、
これに対し、知財高裁は、Twitterのタイムライン上の表示は、Twitterの仕様またはツイートを表示するクライアントアプリの仕様により決定されるものであり、投稿者が自由に設定できるものではないこと、投稿後にTwitterの仕様またはクライアントアプリの仕様が変更されるとタイムライン上の表示も変更されること、タイムライン上の画像をクリックすると画像全体が表示されること、に照らすと、タイムライン上の表示が画像の一部となることはTwitterを利用するに当たり「やむを得ないと認められる改変」に該当するとして、同一性保持権侵害を否定しました。
所感
名誉毀損の点については、原告が作成したイラストがトレース元とされたイラストをトレースして作成されたものであるか否かについて、東京地裁はこれを完全に否定したのに対し、知財高裁は(「蓋然性が高い」と言いつつも)事実上、これを認める事実認定をしており、この事実認定の違いが結論に影響しています。
どちらの事実認定が妥当であるかは、証拠の実物を見ていないため一概には言えませんが、事実認定の手法として、東京地裁が原告の陳述書に基づく事実認定を行っており、ある意味では原告の説明を「鵜呑み」にしているのに対し、知財高裁は実際に原告作成のイラストとトレース元とされたイラストを比較するという手法によりトレースか否かの認定を行っており、知財高裁の判断手法の方が、より客観的であるように感じられます。
著作権侵害の点については、「引用」の成否を巡って東京地裁と知財高裁の判断が異なっています。この点、東京地裁が「引用の必要性」をかなり厳格に解し、原告の画力の差を検証する上で構図が違う画像を引用する必要はないとしたのに対し、知財高裁は、「引用の必要性」をより緩やかに解しています。
一般的な傾向として、裁判所は、著作権法上の「引用」を厳格に解する傾向にあり、「引用」が認められるのは困難である場合が多いのですが、今回の知財高裁判決は、この点についてより柔軟なアプローチを取ったといえるように思われます。
今回の知財高裁判決で、筆者が個人的に最も興味深く感じたのが、同一性保持権侵害の点です。
Twitterに投稿された画像がトリミングされることが同一性保持権を含む著作者人格権を侵害するものではないかという点は、以前にもリツイート(RT)の文脈で問題となり、その際は、知財高裁が同一性保持権および氏名表示権の侵害を認める判決をし、さらに最高裁も氏名表示権侵害を認める判決をしたという経緯があります。本件の東京地裁判決は、RTについての知財高裁判決を踏襲し、投稿画像がタイムライン上に表示される際にトリミングされるのは同一性保持権侵害である、と判断したものと考えられます。(なお、現在ではRTの仕様が変わっているため、RTが直ちに同一性保持権・氏名表示権侵害になる訳ではないと考えられます。)
しかしながら、Twitterの仕様として画像のトリミングが行われるにも関わらず、これを同一性保持権侵害とするのは、やや違和感があるところです。とりわけ、著作権との関係では画像の投稿が「引用」に該当するため適法であるような場合に、それにも関わらず、同一性保持権との関係ではTwitterの仕様として画像のトリミングが行われるが故に自動的に違法になる、というのは、納得が行かないTwitterユーザーも多いのではないでしょうか。そのような意味では、同一性保持権侵害を否定した今回の知財高裁判決は、より、Twitterユーザーの感覚に近い判決であるといえるように思われます。
なお、今回の判決は知財高裁第2部(本多裁判長)によるものですが、同じ知財高裁第2部からは、2022年11月に、他人のツイートのスクリーンショットを撮って画像として自己のツイートに添付する行為を「引用」と認めた判決も出されています。こちらの判決も、別の機会にご紹介したいと思います。
(文責:乾 裕介)