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イップスとどう向き合うか
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残りの1割は中学2年からイップスになり、甲子園出場を経て今も社会人野球まで続けることのできた送球の練習方法などをまとめています。最後まで読んで頂けると幸いです。
野球イップス克服の物語
怖い。大好きだった野球に恐怖心が芽生えたのは、中学2年の夏だった。それまでは、野球が俺の全てだった。毎日の練習が待ち遠しくて、試合で勝つことが何よりの喜びだった。セカンドとして、どんな打球も捕って、一塁に送る。その仕事に誇りを持ち、毎回緊張感を持ってプレーしていた。しかし、その自信は一瞬で壊れた。
あの日、練習試合で迎えた5回表。ランナー一塁、相手の3番打者が打席に立ち、投手が投げたその瞬間、俺は何も考えていなかった。無心でボールを待ち、いつも通りに体を動かし、ゴロを捕って一塁に送球する。だが、何もかもが狂った。ボールがグラブに入らなかった。焦りながら再度捕りにいったが、今度は無意識に投げた送球が大きくそれ、ボールは一塁手の頭上を越えていった。その瞬間、俺の胸は凍りついた。
「なんでだ?」と頭の中で何度も自問した。なんでこんな簡単な送球ができないのか。どれだけ練習してきたか、今までの自分は一体何だったのか。どんなに投げても、どんなに努力しても、体が反応しない。怖くて、投げることが怖くてたまらなかった。試合後、ベンチに戻った俺に待っていたのは、監督の鋭い視線と、仲間たちの無言の空気だった。みんなが黙っているのが、逆に俺を追い詰めた。
それからというもの、俺は完全に投げることを恐れるようになった。練習では簡単なゴロさえも怖くなり、送球ができなくなるたびに、次のプレーに向かう自信を失っていった。どれだけ体を動かしても、恐怖心は消えなかった。やりたくない、失敗したくない。でも、それでもやらなければならない。なぜなら、野球は俺の全てだからだ。
そんなある日、中学3年の秋、監督に言われた言葉が俺の心を突き刺した。「お前はセカンドでは無理だ。お前の足の速さを生かして外野手として生きていけ」。その瞬間、俺は愕然とした。セカンドとしての自信を失っただけではなく、外野という新たな場所に移ることを強制されることになったからだ。
だが、その時、心のどこかで「逃げているだけだ」とも感じていた。外野という新しいポジションに転向することで、セカンドのエラーを忘れることができると思った。外野に転向した俺は、当初は足の速さを生かして、追いかけて捕るだけの簡単な仕事だと思っていた。しかし、外野でも、スローイングイップスは治らなかった。むしろ、距離が伸びたことで、ますます送球が怖くなった。
送球が怖い。投げる度に体が硬直し、ボールがうまく飛ばない。俺は、外野の仕事をこなしていく中で、どんどん自分に対する不安を抱えていった。そんな日々の中で、高校野球に進学することが決まった。強豪校での野球が待っている。そこで何かが変わると思っていたが、変わることなく、俺のイップスはさらに悪化した。外野からの返球すらも不安で、怖くて、試合が近づくたびに吐き気がしていた。
だが、運命の転機が訪れた。甲子園の地方予選。俺は外野手としてレギュラーを掴んでいたが、イップスは依然として続いていた。大会直前、監督に呼ばれた。「お前、怖がっていては野球はできないぞ」と言われたとき、俺は初めて心を決めた。俺は恐怖に向き合わなければならない。そして、その瞬間から俺の戦いが始まった。
練習は地獄のようだった。投げる恐怖を克服するために、俺は毎日、送球の練習に没頭した。最初はグラウンドの隅でキャッチボールをするところから始めた。少しずつ、少しずつ、投げることに慣れていった。俺は、自分の手にボールを握りしめるその瞬間から、全力で投げることを決意した。途中で怖くなることもあったが、心の中で常に「俺はできる」と叫びながら、何度も何度も投げ続けた。
そして、甲子園の地方予選。緊張の中で試合に臨んだ。送球の恐怖心は完全に消えたわけではなかったが、俺は、恐れずに投げることができた。1番センターとして全力でプレーし、俺のチームは見事、甲子園への切符を手に入れた。その瞬間、俺は涙をこらえきれなかった。自分が戦い抜いた証を手にした瞬間だった。
高校卒業後、大学で野球を続け、さらに社会人野球へと進んだ。イップスとの戦いは続いたが、毎日、毎日、投げる恐怖心を少しずつ克服していった。今、社会人野球の選手として現役で続けている俺は、あの時の自分を振り返ると、ようやく胸を張って言える。「俺は戦い抜いた」と。
ここで、今、イップスで苦しんでいるあなたに言いたいことがある。最初は怖いかもしれない。何度も失敗するかもしれない。それでも、恐れるな。失敗を恐れるな。俺は、ボールを投げるたびに心臓が止まりそうなほど怖かった。しかし、恐怖心を乗り越えた時、見える景色が変わった。そして、自分を信じることができるようになった。
イップスを克服する方法は一つではない。だが、確かなのは「続けること」「向き合うこと」だ。どんなに怖くても、逃げなければ、必ず道は開ける。君も、きっとできる。俺のように、必ず立ち上がることができる。だから、恐れずに前を見て、勇気を出して踏み出してほしい。君のその一歩が、君を変えるから。
野球を好きな気持ちを忘れずに、信じて進んでいってほしい。そして、いつかまたグラウンドで輝く君を見られることを、俺は信じている。
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