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小ウソつき子さんに、なりました。(パニック障害と毒母の猛威を隠すためについた数々のウソ)その1

 たとえば他の症状だったら、どうだったのだろう。呼吸が苦しくなったり、めまいがしたり。それはそれで、本当に辛いことだと思うし、比べることなんてできないのだけれど。
 私の場合「下」に関することなので恥ずかしい気持ちと(失禁をしてしまうかもという恐怖)、命に関わることではないので、笑われるのでは? と言う恐れがあって、友達にも言いにくかった。
 一番パニックになりやすかったのは電車で、私の頭の中では失禁して車両の床にとてつもなく大きな水たまり(乗車直前にトイレに行っているのだから、それはありえないのに)を作り、友達は困惑、周囲の乗客は、
「大人のくせに、お漏らし・・・」
 というような冷たい視線で私を見ている光景がものすごくリアルに浮かんでいた。
 でも、なぜか座ると発作が収まったので、座れた日は比較的楽だった。発作が起こってどうにもできない時、それでも私は本当のことを言えなかった。
 今でも言ったら、当時の友達がどういう反応をしたのか、わからない。思いきり引かれてしまったかもしれないし、全く気にせずつきあってくれたかもしれない。でも、私はその賭けに出ることは、できなかった。
 どうしたかと言うと。
 小ウソつき子さんになったのだ。
 発作が始まりどうにもならなくなると、途中下車をしなくてはならない。
「あ!」
 今思い出したような感じで声をあげ、主要駅なら、
「買い物があったんだ!」 
 とかなんとか。小さな駅なら、
「この時間に電話する約束があったの忘れてた! 今思い出した。この時間しか連絡つかないらしいから,降りて電話するね」
 とか。
 たぶんすごくわざとらしかったと思う。
 今だったら、スマホを小道具に使い、
「今メール来て、スーパー寄ってから帰れって、お母さんが」 
 とか、かかってきてもいないのに小声で、
「今電車だから、次の駅で降りてかけ直すね」
 と演技する方法もあっただろうけれど、スマホ登場はまだまだ先のこと。


 色々な駅のトイレがどこにあるか、知りつくしていた。その当時のトイレは、汚いのが当たり前。入るのも、ゆううつになる。基本、トイレットペーパーも設置されていない。発作が出てしまい、ただでさえ落ちこんでいるのに、薄暗く臭気漂うトイレに入るのは、悲しくやるせなかった。
 しかも、これは精神的な不安が呼び寄せた状況で、用を足してみると、馬鹿馬鹿しいほどの少量しか出ない。それも、そのはず。電車に乗る前にトイレに行ってきているのだから。
「さっき行って来たから大丈夫」
 と思うそばから、
「わかんないよ、さっき飲んだアイスティーがものすごい勢いで膀胱に溜まって、もう今満タンかもしれないじゃない」
 と即座に打ち消すもう一つの声が聞こえる。こちらの声の方が、強い。マイナスのエネルギーにプラスのそれが敗北する瞬間。
 小ウソつき子になるしかないのだ。
 この繰り返し。疲れるったら、ない。大学受験も控えていて、そういう意味でも相当に不安定になっていたと思われる。


 まだ夏だというのに心配事は、入学試験中トイレに行きたくなったら、どうしようということ。わからない問題、難しい問題が出たらどうしよう、ではない。途中退席は、きっと失格だから、もしそうなったらば不合格。だったら、今勉強する意味あるのかな?
 気持ちは、どんどん負のスパイラルに落ちこんでいく。夏休みには、予備校に通っていたのだけれど、家の近い友達と2人で行っていたから、帰りの電車は道中ほぼ一緒。
 これは、地獄だ。
 パニック障害の発症は、その年の6月だったから、もしかしたら予備校の夏期講習の申し込みは、もう少し前、5月くらいだったのかもしれない。
 だとしたら、夏休みも友達と毎日一緒にいられる、とその時はワクワク喜んだだろうに、それが、苦痛のひとときになってしまうとは。
 それでも、どうしても電車に乗る前にはトイレに行かないわけにはいかなかったので、毎日駅の改札をくぐったあたりで、
「あ、トイレ行っていい?」
「念のためトイレ行っとく」
「先長いからトイレ行かせて」
 とさもさも思い出したかのように、言葉を発する。階段をちょっと上ったあたりのトイレに向かった。
 彼女が、私と同じように毎回用を足していたかどうかは、もう忘れてしまった。けれどもある日、彼女の方が改札を先に抜け、私が声をかけるタイミングを逸しているうちに、どんどん先に行って、まだ何にも言っていないのにトイレに入って行くのを見た時は、なんだかすごく悲しかった。
 もちろんルーティーンとしてここでトイレに行くから今日も、と思ってくれたのはありがたいけれど、なんとなく気まずくて、そしてなんとなく屈辱に似た気持ちも味わいつつ、個室に入ったのを覚えている。憐れまれているような感じにも思えたのかもしれない。自己肯定感のない状態で、コレはきつい。友達に迷惑をかけているような申し訳ない気持ちにもなってしまうからだ。




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