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目の前の雪山

これは冴えない大学3回生の戯言です。
自分でも引くぐらいヒーローぶって書いているかもしれませんが、どうか暖かく見ていただけるとありがたいです。


夜8時10分。駅までの帰りのバスに揺られながら思ったことは、就活のことだった。来月実家に帰ると同時に母親に怒られることはもう分かりきっているかもしれない…。

大学3回生がもう少しで終わろうとしている今、私が越冬をするのに必要なものは、教授からの進級課題とあと数日で解禁されるたくさんの雪山への挑戦状であった。昨年の自分を羨んでいる暇などないが、ちょうどカナダへ短期留学をしている最中だ。日本の北陸よりもさらに寒いあの場所が、どうしても今はちょっとだけ暖かい、オアシスのように映ってしまう。バスの曇りガラスを見ながらそんなことを考えていた。ちょうど美術館前の停留所を過ぎたところだ。

美大生になって、美術を学ぶことが好き、というよりも、美術を子供たちに教えることが好きであった私にとって、将来は美術の教師になることは当たり前のように思っていた。実際、大学に入ってからはボランティア活動を通して地域の小学校や親子参加型のイベントなどでワークショップを開いてみたりした。子供たち一人一人がまた違った素材の使い方や、絵の描き方などをしており、それを見ているだけでも華やかな気持ちになれたし楽しかった。しかし、教師になるということは公務員になるということであり、民間を経験していないそんな大人が、いつかふと先生という仕事を辞めた時、生きていける自信などなかった。母親からもそのような感じのことを言われ、なんとなくこのまま教師になるのはもしかしたら違うのかもな…と思い始めていたのも束の間、もう2回生の半ばに差し掛かっていた。
バスが地元の古びた病院の前を通り過ぎていく。

それから、特にこれといって目指したいものがなくなってしまい、ダラダラと過ごしていたと思う。大学生なんてそんなもんだ。と言われてしまえばそれまでだが、美大は他の大学よりもそれがひどい。みんな大半が夢なんて持ってなくて、今の美術制作課題とポートフォリオを作るので必死だ。プライドだけはものすごく高いから、いかに自分の作品を見せて周りの人を唸らせてやろうかと考え続けている。そんなものだ。周りの友達が就活を全然やっていないから、と言うと言い訳だが、たぶん私も雪山を知らない羊たちの群れの中だったのだ。

気づくと周りが明るくなってきた。冬になると嫌になるくらい積もる雪と、これまた嫌になるくらい光続けている駅前のライトアップがバスの窓にぼやけて映っている。市の職員は雪とライトアップの掛け合わせがベストだと思い込み過ぎているのではないか…去年の暮れからずっと光っているような気もする。バスがもうすぐ駅に着くことを運転手の低い声で知った。

幸い、教師という夢からハシゴをはずした私には、その後3DCGという趣味ができていた。大学の授業でもなんでもなく、ただ負けたくない相手がいたから勝手に始めたのだが、案外楽しくなっていたのである。ただ強く売りに出せるものではないが、私のランタンは再び灯ったように感じていた。きっと教師より安定していないし、募集人数だって少ない、けどどうしても止めることができなかった。このランタンを持って、来月から雪山に登らなければならないのだ。正直怖いかもしれない。でも、やらなきゃいけない。

気づくと数人が降り始め、私は急いでサイフから小銭を出した。
「ありがとぅ、ざいましたー」
小さく運転手にそう伝えて降りる。雪は乗った時よりも強くなっていた。
早く帰って3DCGの制作の続きをしよう。もう今月もいい加減少ない、時間はない。もう少しランタンの火を大きくしなければ、来月は乗り切れないぞ…、!
そう自分に言い聞かせ、羊文学の「光るとき」を再生、ティンバーランドの靴に雪をのせながら歩き始める。
と、その前にコンビニでZONE買ってこう。
歩道と車道を隔てる分厚い雪山を見ながらそう思った。


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